玲奈:アルとバジルと空野
皆でワイワイと騒いでいた頃。
「もう治ったのか」
声に振り返り、声の主に玲奈とアルが顔を輝かせた。
「バジル!」「黒! ……と」
アルは声の主に同行している人物を見て露骨に嫌そうにする。
「空野」
苦笑するバジルと辺りを見回す空野。ちなみに二人ともなぜか風呂敷を抱えている。
空野がアルに話しかけた。
「どうも、お久し振りです」
アルは無視。しかし空野は慣れているのか鼻を鳴らし、キーリに尋ねた。
「アンヌさんの部屋か、ロナンの部屋は分かりますか? 普通に麒麟塔の朱雀部屋を訪ねてもいいんですが、途中で誰何されるのは目に見えていますから」
彼は舌を出す。
「もうすぐ学校の教職員会議が始まりそうなので、早く帰りたいんです」
キーリが案内のために、闘技場を抜けた。何故か、とたんにアルの機嫌が良くなった。
バジルはそんな彼を見てあのな、と口を開く。
「何でお前は空野殿が嫌いなんだ。確かに厳しいが、好い人だぞ」
「何で善人だって分かる?」
「私に稽古をつけてくださった。糸の操り方を一緒に話したこともあるぞ」
む、とまたアルの機嫌が急激に悪化する。何故かそれを見て、双子が忍び笑いを立てていた。
「何で、そんなことで善人だと判断するんだよ」
「それを言ったら、お前だって善人ではなくなるぞ?」
「それでもいい。あいつが善人じゃなかったらそれでいい」
アルは、空野が大嫌いなようだ。
バジルはしばらく悩んでいたが、やがて肩を竦めて刀を取り出した。
「堂々巡りになるのは目に見えているからな。ここは素直に体を動かすことにしよう。付き合え、ハーモニアス」
とたん、アルの顔が輝いた。
「ったく、仕方ねえな!」
喜んでる。確実に喜んでる。
先ほど玲奈も数回、アルと打ち合っている。彼がとても強いと、肌で実感している。
いつの間にか、闘技場で練習していた他の人達が壁際に移動して、中央を空けている。当然のように二人はそこに足を向け、構え合った。アルは居合い抜きで、バジルは刀を抱えるように、低く。
動かない。風すら吹かないと、玲奈が思った。
その、刹那。
ぞっ、
背筋を這い昇る恐怖。
明らかに二人から吹き出した殺気に、向けられているわけでもないのに、体が震える。
気が付くと、両脇に双子が立っていて、玲奈の手を握っていた。
「アル兄の本気での立ち合い。初めて見たら、誰だって怖いんだよ」「ボク達だって怖かったし。だから、ついていてあげる」
ありがとう。呟くと、二人は笑う。
バジルが地面を蹴ってアルに飛びかかった。アルは凄絶に笑って、剣を抜く。バジルは剣と刀を合わせ、鍔迫り合いに持ち込んだ。
アルが身体を沈み込ませる。重心が移動して僅かに動いた切っ先を見逃さず、バジルが刀をずらす。それを見越していたかのようにアルは後ろに跳んだ。
先程までアルが居た場所に向かって、バジルが刀を突き出している。
アルはバジルが刀を引く隙さえ与えず飛びかかり、彼女が咄嗟にやった構えに笑うと、
「せいっ」
足払いをかけてバジルを転倒させ、剣を突き出した。
「俺の勝ち」
「……負けた! くそ、前は勝ったのに」
バジルが悔しそうに口を尖らせて宣言したのを見て、アルが剣を引く。
「でもその前は俺が勝ったよな」
二人に、闘技場の観客全員が拍手で応える。バジルは肩を竦め、アルに渋い顔を向けて言い放った。
「次は勝つからな」
「楽しみにしてるぜ。それで」
アルがバジルに抱き着く。
「わっ!?」
「今度は何をくれんのかな? 黒狼さんよ」
バジルが怒ったように顔を膨らませる。
恋仲か、と玲奈が邪推していたが、あっさり双子が否定した。
「アル兄の片思いだよ」「あーやってアピールしてるんだけどさ、ほら」
彼女はアルに綺麗な甲羅を押し付けて、また風呂敷を抱え上げてどこかに行ってしまった。
「「見事に空回り」」
がっくりと肩を落としている。
「確か、一目惚れしたんじゃなかったっけ?」「そうそう。でも、アル兄の恋は良いよね、微笑ましくて爆笑したくなってくる」
「てめえら!!」
アルが噛みつくように叫んで、堪えきれず双子は爆笑を始めた。