玲奈:学習
玲奈は、玖楼に包帯をほどいてもらいながら、口から這い上がり飛び出そうとするそれを必死に押さえていた。
そんな彼女をよそに、玖楼は玲奈の足と腰を診て、にっこりと微笑んだ。
「数日リハビリをすれば、完治するじゃろうのぅ」
「ぃやったーっ!」
拳を天井に突き上げて喜んだ彼女は、玖楼の不振な様子に幸福感を無視して尋ねる。
「あたし回復、早いですよね?」
「うむ。大方、紅蓮が連れてきたあの老人が何かしたのじゃろう」
あっさりそれで片付けた玖楼はさて、と立ち上がった。
「リハビリは自分でやってもらうしかないのぅ。今は闘技場が自由に使える。そこを使えば良い」
「ありがとうございます!」
闘技場の場所を教えてもらい、包帯を外して細くなった足をそろそろと床につける。立ったときの幸福感と達成感は半端なかった。数日歩くのを止めて、玲奈にはかなりのストレスが溜まっている。
さて。誰かに会いたいが、五十嵐とバジルはどこかに行っている。アンヌはどこにいるか、むしろ組織のなかに居るかすら不明だ。アルと名乗った彼もどこにいるのか分からない。団長と緑香は出ていった。享に関してはむしろ会いたくない。空野も組織には居ないだろう。丹洪国王にも方法を知らないので会いに行けない。
結局、一人で寂しく闘技場に行くことにした。病室で数日間考えていたことを、改めて思い起こす。バジルとアンヌがいる間に、参考になりそうな本を図書室から借りてきてもらったのだ。
まず、異界の者について。
アンヌ、ロナン、玖楼はかなり曖昧に説明していたらしく、異界の化け物には三つの型があるのだと読んで理解した。
玲奈と五十嵐、ひいては丹洪が襲われた、手だらけのもの。あれは全て死体からもげた一部で、魂が入っておらず、異界の主が一部を集めて操っている。
そっくりな型として、人間の体の一部が腐敗して、ぐずぐずになったものを無理矢理混ぜ合わせたようなものがある。これは上記のようなはっきりとした形は持っておらず、色は黒、形状は水銀が一番近い。元になった人間はもちろん殺されており、その怨霊が固まっているせいか、遭遇すると叫び声が聞こえるらしい(会いたくないが)。
最後の一つが、人間の死体に別の魂を入れているもの。プレイフルなどが良い例だ。これは外見では普通の人間との区別ができない。だが、一部に鱗が入っていたりなど、少し妙なものを持っていることが多く、また、名前に人格や力、体格などを表す単語がよく入っている。またプレイフルが例だが、このプレイフルとは「陽気な」という意味合いらしい。彼の相方のレティサンスは「無口」で、確かにその通りだと納得する。
大方、異界についてはこれで仕舞いだ。
異界の主についての記述も、少ないながらも発見した。
異界の主には、ぶっちゃけ誰でもなれるらしい。しかし条件があり、前任の主を倒す、又は主の体の一部が欠けていることが必要事項なのだという。髪は色の抜けた白に、瞳は翠に変わる。また、異界の主になる際、望みをひとつだけ、無条件に叶えることができるのだという。それが異界にできない場合、方法を教えるのだとか。
今の主が願うとしたら、あの美人さんが関係してくるかなー、などと予測を立てつつ、遭遇した彼を思い出した。
髪と瞳が浮世離れしているなか、左頬にくっきりと浮き出ていた痣は妙に生々しい痕として残っていた。服装は――――――思い起こして仰天する。確かカッターシャツにジーンズの格好だった。そんな服装なら、組織にもザラに居る。
意外と普通の人だったんや、などと思いつつも、彼が背中に背負っていた剣を思い出し眉を潜める。
あの剣は、ちらりと見えた鞘の形から見て、かなり昔からあったはずだ。それでも剣は全く錆びていなくて、むしろ研がれたように鋭くて……五十嵐を襲った太刀筋が脳裏に蘇り、背筋がゾッとした。
かなり強い。五十嵐よりも早い、もしくは強いバジルが逃げを打った程の相手だ。アンヌと戦うところは見たことが無い。しかし、苦戦を強いられるのではないか、と予想していた。
そのとき。
「鈴無?」
いきなり名前を呼ばれて振り返ると、アルが笑顔で手を振っていた。
「でっかい剣背負ってんな! 今から闘技場に行くつもりか?」
「はい。アルさんは……サボり?」
「失礼な。俺もリハビリの一環で、闘技場行くんだよ! あとから部下も来る」
彼がリハビリ。
「まさか、怪我でもしてはったとか?」
「怪我っつーか、呪い? まあ普通に腕刺されて入院もしてたんだけどな」
からからと笑ってはぐらかされてしまう。
後ろから、また声が聞こえてきた。
「アル殿」
「さっそくオンナノコ引っかけてますね」
「やらしいよねー」「女たらしだねー」
部下らしき人達の酷い言われようにぐらりときたアルだが、ややあって持ち直す。
「失礼な! 何で俺を見てそんな失礼な事が言え……」
「心当たりが無いなら、怒る必要も無いでしょうに」
病室でキーリと呼ばれていた青年が、折り畳み式の大鎌を背負って溜め息をつく。ぐっとよろめいたアルを見て、始めにボロクソ言った少年二人がくすくすと笑った。
「絶対、キーリさんには頭が上がらないもんねー」「アル兄は結婚したら、尻に敷かれるタイプだよねー」
「おいコラ双子!」
ぎゃーと叫んで、彼が少年達を追いかけに走った。よく見るとアルも腰に剣を帯びている。
キーリが話しかけてきた。
「こんにちは。ええと……」
「玲奈です。鈴無玲奈」
「覚えましたよ。僕はキーリ・ウィシュベル。アルファード・ハーモニアスの部下をやっています」
「名前覚えるん下手なんで、しばらく名前を何度も聞くと思います」
「お構い無く」
にこにこと笑った彼は眼鏡を押し上げ首を傾げた。身長はかなり低い。せいぜい百六十あるかないか。同時にかなり若い。
そういえば、と、アルが追いかけ回している双子の少年を見るが、彼らも若い。それを見てケラケラと笑っている他の人達も若い。
「すいません、組織って皆こんなに若いんですか?」
「この班が特殊なんだと思いますよ」
あっさり否定したキーリはほら、と着いた闘技場の景色を指差す。
「僕達ぐらいでしょう? 二十歳切っているかいないかの年齢は」
その通りだった。
闘技場には怒号が響き渡っている。その声を出している者は皆、おっさんおばさんばかりだ。
それに目をまるくした玲奈に、キーリは事も無げに、しかしよく見ると自慢そうに話した。
「アル殿が超好戦的なせいで、いつも最前線を任されるんです。ここに新しく来た人材を放り込めば叩き上げることができるし、実践能力も分かりますから」
育成所のような役割を果たしているのか。納得しつつ、超がつく好戦的な彼を見る。
「おりゃー!」
「うひゃ!」「わひゃ!」
さっそく捕まえた双子を、元気よく投げ飛ばしていた。双子の周りに風が満ちて、壁に衝突することなく降り立つ。アルは早速追撃を仕掛けに飛びかかった。
キーリは僅かに笑う。
「あの双子は魔法使いなんです。……それはさておき玲奈さん、僕たちも参加しませんか?」
「いいですね」
二人も騒ぎに乱入した。