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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第二章
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アンヌ:最後の対話



 なぜ、師匠はそのような事を言うのですか。そう叩き付けるように言うと、女性はほろ苦く笑う。

「昔ばなしを、したことがあったわね」

 女性から、たくさんたくさん、享ともう一人と一緒に話を聞いた。どれも幼い頃の記憶に根付き、息づいている。

「そのなかで世界のことを話したでしょう。覚えているかしら?」



 世界、というものは一つではないわ。それぞれが確立した場所で在るの。

 けれど、世界は一つの意思で(まと)まっている。意思は姿を見せないけれど、どこにいても何をしていても、私達を見ているわ。

 そして意思は、私達生き物の中から世界の敵を探している。敵が世界を壊す前に、世界の味方に敵を倒して貰うために。

 けれど意思は、世界の味方でも敵でもない人間を試すことだってあるのよ。どちらにつきますか、と。実際に生きた人間を使って。

 ――――ええ、アンヌ。あなたも一度体験している筈よ。あの時あなたは世界の理を犯した。その代償がそれ。でもあなたは理を犯して、一度世界に殺されて、また蘇った(・・・)。あの場所にあなたのお父様がいたからの所業ね。けれど、次はそうは行かないでしょう。あなたはまた、尋ねられるわ。

 世界の敵に回るか、回らないか。



 覚えている。何もかも。その直後に享の身に、まさに女性が言ったことが起きたからだ。では、また――――また、同じことが誰か、親しい者に起こるのか。

 アンヌの表情を見て、女性は悲しそうに微笑んだ。

「この店の主は、世界の味方でも敵でもない、中立の、世界から隔絶した立場になる。私も世界に目を付けられたときに、この店の主になることで敵も味方でもないと気付かれずに済んだ。今度はあなたの番よ」

 何故、自分が店の主になる必要があるのか、分からない。それを読んだのか、女性は表情を変えずに言い放つ。

「あなたは、祖父の代から受け継いだ世界に加え、他の神からも大量の世界を託されている」

 知っている。だから、異界の主に手を出したくとも出せないのだ。異界を手に入れてしまうと、始神こと須王の持つ世界の量と同じ、もしくは越えてしまう。

「始神が持つ世界……は、厳密にはたった一つしかない。けれどそれでは駄目だとした、始神が創った神々の数体が、彼にそっくりそのまま世界を託して『故郷』に住み処を移したのよ」

 それがどうした。

「ではアンヌ」

 女性はにっこりと笑って、アンヌの背筋が凍る一言を放った。

「貴方がもし、世界の敵に回ったら、誰があなたを倒すのかしらね?」

「わ……私が、世界の敵になるなんて!」

「有り得ない? 言ったはずよ」


 有り得ない、なんてことは有り得ない。


「もしこの状況で、バジルと言った少女が殺されたら? 空野という名前の青年や享夜が魂を異界の魂喰らいに喰われたら? 『名無し』が殺されたら? そのとき貴方は、世界を敵に回してでも彼らを助けよう、そう思わないかしら」

 想像に、本来無いはずの心臓が震えた。

 否定できない。回答を避けた。

「縁起でも無いことを、言わないで下さい」

「でも有り得る。それがこの世の中。神も世界に組み込まれた可哀想な一部(ピース)なのだから」

 常々思っていたことを、改めて突き付けられて、アンヌは唇を噛み締めた。

「神も人間を助けられない。唯一運命を回す『世界』は、人間を救わない。この世の中はどうしようもなく残酷で、どれだけ動いても、足掻いても、その時は簡単に、突然に、唐突にやってくる。たった一つ、世界の敵に回るか否か。それだけを確かめる為に」

 どうしてそのような事を言うのですか。その呟きは力なく口から吐き出された。しかし女性は軽く笑って、話を戻す。

「アンヌ、今の貴方はいつ世界の敵になってもおかしくない。そのために、誰かが殺されるかもしれない。それが嫌なら、私と戦って、死ぬ気で勝ちなさい」

 自分は、異界の主を何とかする方法を探して、この地にやってきた。なのに、何故おかしな方向に話が転がっているのか。

 今さらながら、女性が女性自身のことを言っていないことに気付いた。

師匠(せんせい)は、どうされるのですか」

「どうもしないわ」

「もし、私が店の主になったら、師匠はどうなりますか」

「さあ」

 気付く。女性は知っていて、答えをはぐらかしている。だから気付く。

 店の主を辞めた師匠に訪れるのは「死」ではないのか?

「師匠!」

「アンヌ・ホーストン。いえ……」

 女性は、アンヌが昔捨てた名前を呼ぶ。

「貴方はもう、味方を失ってはいけない。ただでさえ、あなたに会った者の運命が変わってしまうのに」

「でも、師匠が店から出るなんて」

「やりたい事があるの。でもそれは、この店に居てはできないものだから。だから、貴方に所有権を受け取ってほしい」

 そう告げた女性は会話を一方的に打ちきり、鉄扇と(かんざし)を取り出した。改めて外を見回し、客が観戦していること、自分たちの周りに結界が敷かれていることに気付いた。

 結界がまた広がる。ざわり、と空気が揺れる。もう、あの頃の思い出を偲ぶ日々は来ないのか。

 鉄粉を宙に巻く。光が飛び散り、鉄パイプが現れる。

 構えたアンヌに、女性は艶やかに笑った。

「さて。始めましょうか」




お久しぶりです。蝶佐崎です。


遅くなってすみません・・・

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