享:代金
こん、と、竹が傾き。
ぴちゃん、と、水音があたりに響く。
アンヌと享の二人は縁側に座って、竹を眺めながらお茶を頂いていた。
女性はふふ、と二人を嬉しそうに見る。
「本当に二人とも、大きくなったわね」
「師匠だけですよ、そんなこと言うのは」
享もおちゃらけた言葉を使う気にはならない。
「本当よ。私はもうお祖母ちゃんだわ」
黒髪を太股まで伸ばした彼女は、年齢の分からない笑みを二人に向ける。髪は無造作に縁側の廊下に流れ、曲線を作っていた。
「アンヌ」
はい、と彼女は姿勢を正す。女性は変わらない笑みのまま、アンヌに語りかけた。
「あなたの願いは分かっています」
「では……」
「代金が要るわ」
「何でも払います」
「そう」
言葉を切る。女性はすっと立ち上がり、着物のまま、紅葉に触れた。
「では、私と戦いなさい。勝って、私からこの店を奪りなさい」
アンヌが目を見開いた。
「そんな……無理です!」
「やらなければ、何も始まらず、何も終わらない。楊志と呼ばれる青年の生まれ経ちも、彼の『力』も分からないままよ」
「ですが、私では師匠に勝つことなど」
「あなたとはもう随分と戦っていないわ。いつ追い越されていても気付かない」
アンヌは女性の眼光に射抜かれて動けない。享は二人を眺めていたが、ややあって訪問者が来たことに気付いた。
「もうやってんのか」
眉目秀麗、という言葉が似合う男。黒い髪を無造作に伸ばし、三つ編みにして背中に流す。肩に背負う大剣に鞘はない。口元に笑みはあるが目は笑っておらず、瞳は全てを蔑むように見下している。江戸時代の大道芸人か、と思うようほど奇妙な色彩と形の服を着ている。青い波線に、赤い火花が散っている柄だ。
男は享の隣に腰を下ろした。
「……何で来たんだ」
「ぎゃはは、こんなおもしれーこと、見逃すわけにゃーいかねーだろ」
大剣を地面に突き刺し、彼は不気味な笑い声を立てる。
「上手く行きゃー、いや……かなりの確率で、この店の代替わりが見れる」
どこで知ったのか。しかもその対価を自分たちが女性から示されたのはついさっきだ。
「野次馬め」
「いや、一応関係あんだろ?」
主にアンヌに。
知っていながら突っかかっていた享も、諦めてアンヌ達を見るしか無い。実際そうだ、さらにそれを持ち出されては何も言えなくなる。改めて二人を見て、そういえばと男を見た。
「見事に無視されている」
「寧ろ気付いてねーな」
男はついと腕をあげ、細い指で女二人のそばを広く四角に囲う。
「先生がこう、結界を張っていやがる」
「また、なぜ」
「そりゃあ、やるからじゃねーの?」
男はまた、嘲笑った。
「屋敷が壊れるよーな、派手な戦い」