五十嵐:暗闇
五十嵐は暗闇にいた。宙に浮かんでいた。
「ギン? トーラ?」
返事は来ない。
あのとき言霊に縛られて剣を握ってしまい、それからずっとこの闇に浮いている。感覚もない。底も見えない、辺りも分からない謎の虚無だ。
そのとき、ふいに五十嵐の脇腹に激痛が走った。
「っ!?」
さらに肩、腕、背中へと痛みは次々に襲ってくる。
「があっ!?」
そして最後に鳩尾に鋭い一撃が加わり、五十嵐はしばらく悶絶したのち、ふっと闇が揺らいでいることに気付いた。
不意に、少年が闇から現れる。
血のように紅い髪。闇を切り取ったように黒い目。背丈は五十嵐の半分も無い。
「誰だ?」
五十嵐が呼び掛けて初めて、少年は彼をはっきりと知覚した。
「お前が、宿主か」
「宿主?」
少年は浮いている五十嵐に対して、楽々と闇を歩く。
「気が付けば、お前のなかにいた」
「どういう意味だ?」
「分からない。だが、お前が怖くなったとき、俺はお前の身体を借りて外に出ている」
俺が、怖くなったとき?
「お前自身が剣を持っている上に、周りの人間は皆各々が武器を持っているからな、自己防衛のために戦うしかなくなる」
「待て」
五十嵐は少年に手を伸ばした。少年はその手を掴み、物珍しそうに眺めた。
「俺が、剣を持っている、だと?」
「いつもそうだ」
じ、と少年は自分の手を眺める。
五十嵐は見た。
少年の手が、ただの平べったい面でしかなかったのに、徐々に五十嵐と同じ形になっていくのを。
「……!!」
今更ながら、ぞっとした。
この少年は、何だ?
「お前は……」
「いきなり金色の光を浴びて、お前の身体に縫い止められた。お前が死ぬまで解放されない。昔はもっと……なんというか、ふよふよと辺りをさ迷っていた気がする」
「人間じゃないのか?」
「違う」
「じゃあ、何だ?」
初めて、少年が表情を動かした。
「分からない」
何にせよ、この少年がバジルの言っていた「狂乱状態」に五十嵐の身体を使っていたのだと思われる。
そう気付いたとたん、五十嵐の全身に激痛が走った。
「帰る時間だ」
少年は無表情にそう言う。
「お前、名前は?」
「無い」
五十嵐は激痛を堪えながら、どこかに引っ張られるのを押さえながら聞いた。
「俺は五十嵐優一。いつもはどこにいる?」
「ここに」
「どうやれば、ここに来れる?」
「剣を持て」
そのとき、思い切り肩を掴まれて引き寄せられる感覚に、
「うあっ!?」
五十嵐はベッドから飛び起きた。
「ユーイチ!」
トーラがほっとしたような顔で笑う。
「やっとお目覚めか」
声の方を向くと、頬に絆創膏を貼ったギンが苦笑していた。
「俺、今……」
「とりあえず熱はねーな?」
ぺたぺたと額を触られる。
ギンの真剣な目と、会った。
「じゃ、早速で悪いが何があったのか話して貰おうか。オレから話した方がいいか?」
五十嵐は息を吸った。
「……俺から話す。全てだ」
遅くなってすみません。