バジル:空野の鬼疑惑
バジルは呆然と目の前の光景を見つめた。
彼女の前で、空野がパンパンと手についた砂を払っている。
「よし、行きましょうか」
「はい……ですが、この岩は?」
先ほど、洞窟を歩く二人の前を塞いだ岩。しかし空野が蹴り上げて砕いた。そこら辺に残骸が散らばっている。砕いた残骸にコメントを言うでもなく通過しようとする所は、流石アンヌの部下だとしか言い様がない。
「さあ。ですが今悩むのはそれでは無いでしょう?」
彼の声を遮り、地響きが鳴る。
「何が――――」
否、何かが此方に近づいている。
「大層なバケモノのようですね」
あっさりと言う空野だが、糸目が僅かに開き、紅く鋭い目が光っている。
「――――――――――――岩を砕いたことが、目覚ましになったようだな」
うわ空野さんが戦闘態勢に入った、と内心思いながら、バジルはナイフを構える。ついでに彼の射程範囲に入らないようにじりじりと下がった。
この空野想馬、バジルが会ってから年をとったところなど見たことが無い。彼も彼女の不老を不審に思っていたと同じく、彼女も彼の不老……ついでに不死を不思議に思っていた。
土埃が舞う。
ちっ、と空野の舌打ちが聞こえたかと思うと、突風で辺りの土埃が吹き飛んだ。
バジルはしばらく目を腕で隠して目を守っていたが景色が晴れて見えると、彼は口元を引き結び、岩の隙間から伸びる巨大な手と組み合っている。
「バジル! これの正体は!?」
「恐らくはゴーレムです!」
「対処法、もしくは撃退法!」
「ありません!」
「はァ!?」
空野に凄い形相で睨まれた。後ろに般若が見えた。
「お前ありませんで済むと思ってんのか! よく見ろ現状を、お前が何か打開策を見つけない限り俺はここで死ぬ!」
いつもの敬語が吹き飛んだドスの効いた低い声。この人が先生だったら、本当に怖いだろうなと思った。彼の生徒に同情。
「考えろ! 俺は初見だ、名前以外何も知らん!」
そんな同情はさておき、バジルはゴーレムについて、神無から習った情報を必死に掘り返した。
「ゴーレムゴーレムゴーレムゴーレムゴーレムゴーレム……あ! 空野殿、ゴーレムは水に弱い上に、特定の場所から動けません!」
ゴーレムは術者が作る。ゴーレムを作る目的は、大抵が何かを守る為だ。だからゴーレムは、何かへの通り道になる入り口からは動けない。
バジルの声に、空野がつり上がった目を光らせた。
よし、と彼が呟くとともにバジルは空野に抱えられて洞窟を出ている。ゴーレムは岩で出来た手を伸ばして追いかけるが、手は洞窟の穴より外へは出ないようだ。
ほっとしたのもつかの間、入り口の穴はそのゴーレムの手で覆われてしまい、侵入不可能になってしまった。
「命あっての物種ですから。まあ仕方ない。報告だけしておきましょう」
空野は見事に切り替えている。元に戻った糸目がその証拠だ。バジルも頷いて地図を取り出したが、ある一点に気付き、目を丸くした。
「空野殿」
「何か?」
「ゴーレムは、術者が何かを守る為に作るのです」
空野が眉を潜める。
「それでは、我々より昔にここを訪れた人間がいる、ということになりますね?」