緑香:誰か
そういえば、と緑香は金髪の彼に尋ねてみた。
「私達はどこに向かっているんですか?」
今さらの質問だ。彼の視線が痛い。
「……言っていなかったかな」
彼は溜め息をついて、困ったように空を睨む。
最近気付いたが、彼の本名は「須王」では無い。いやむしろ、彼に名前は存在しない。そんな気さえする。
緑香と玲奈の家、羽栗は陰陽師の家系だと祖母から聞いた。陰陽師の血は、神はもちろん悪魔や獣、とにかく人間以外の生き物からすれば美味なのだという。
玲奈はそのせいで良くないモノを惹き付けてしまい、連れ去られたのだとも教えられてきた。
緑香までもが連れ去られないようにと、祖母は廃れていた陰陽師の術を少しだけ教えてくれた。その一つに言霊がある。
言葉には言霊が宿る。名前ならば、本名にだけ言霊がつくはず。
しかし、彼の須王という名前に言霊は宿っていない。
「それから、本名を教えてもらえないでしょうか? 須王という名前は、偽名でしょう」
彼が目を丸くしてこちらを見る。
「……俺に名前は無い。須王というのは昔、知り合いにつけてもらった名だ」
「うーん……」
名は体を現すという。
須王は「なるべくしてなった王」という意味を持つ。彼にはそぐわない気がするのだ。だが、知り合いにつけてもらった名前ならば、消すのは勿体無い。
「お名前は?」
「無い」
「つけてもいいですか?」
「は?」
彼がぎょっと緑香を見た。
「何のメリットが」
「貴方のことを須王と呼びたくないんです。偽名ほど気分の悪いものは無くて」
偽名、と言われて落ち込んでいる。
「貴方にぴったりな名前、考えますから」
とたんに彼はぴたりと体の動きを止め、つぶらな瞳でこちらを見上げてきた。
「本当か?」
無性に可愛い。長生きしているジジイが何をと思うかもしれないが、自分はそんなことを抜きにして可愛いと思った。
彼は長生きしているくせに、素直だ。そして純粋で、強かで。
「どんな名前にしてくれる?」
「いい意味合いの漢字入れたいですねー」
年上の男性に失礼だが、愛らしい。嬉しそうに緑香の言葉を待っている。
「良いですか、名付けても?」
「緑香殿に名付けてもらいたい」
それはとても嬉しいお言葉だ。信用してくれていると、少しは自惚れてもいいのだろうか。
彼を凝視する。陰陽師の性だろうか、不意に音が頭に響いた。
「――――ジュン。そうか、ユイ」
「ジュン? ユイ? それが俺の名前か?」
純粋・純朴の純。潤沢の潤。唯一の唯。
「ちょっと待ってくださいね」
ざわざわと、音が云っている。
ジュンは駄目。
あの子に残しておかないと。
(あの子?)
脳裏に浮かぶ。金髪、金眼。の、少女。
(彼女、は?)
最初で最後の、覇者。
(彼女は、)
私達にとっての、何?




