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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第二章
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緑香:誰か



 そういえば、と緑香は金髪の彼に尋ねてみた。

「私達はどこに向かっているんですか?」

 今さらの質問だ。彼の視線が痛い。

「……言っていなかったかな」

 彼は溜め息をついて、困ったように空を睨む。

 最近気付いたが、彼の本名は「須王」では無い。いやむしろ、彼に名前は存在しない。そんな気さえする。

 緑香と玲奈の家、羽栗は陰陽師の家系だと祖母から聞いた。陰陽師の血は、神はもちろん悪魔や獣、とにかく人間以外の生き物からすれば美味なのだという。

 玲奈はそのせいで良くないモノを惹き付けてしまい、連れ去られたのだとも教えられてきた。

 緑香までもが連れ去られないようにと、祖母は廃れていた陰陽師の術を少しだけ教えてくれた。その一つに言霊がある。

 言葉には言霊が宿る。名前ならば、本名にだけ言霊がつくはず。

 しかし、彼の須王という名前に言霊は宿っていない。

「それから、本名を教えてもらえないでしょうか? 須王という名前は、偽名でしょう」

 彼が目を丸くしてこちらを見る。

「……俺に名前は無い。須王というのは昔、知り合いにつけてもらった名だ」

「うーん……」

 名は体を現すという。

 須王は「なるべくしてなった王」という意味を持つ。彼にはそぐわない気がするのだ。だが、知り合いにつけてもらった名前ならば、消すのは勿体無い。

「お名前は?」

「無い」

「つけてもいいですか?」

「は?」

 彼がぎょっと緑香を見た。

「何のメリットが」

「貴方のことを須王と呼びたくないんです。偽名ほど気分の悪いものは無くて」

 偽名、と言われて落ち込んでいる。

「貴方にぴったりな名前、考えますから」

 とたんに彼はぴたりと体の動きを止め、つぶらな瞳でこちらを見上げてきた。

「本当か?」

 無性に可愛い。長生きしているジジイが何をと思うかもしれないが、自分はそんなことを抜きにして可愛いと思った。

 彼は長生きしているくせに、素直だ。そして純粋で、強かで。

「どんな名前にしてくれる?」

「いい意味合いの漢字入れたいですねー」

 年上の男性に失礼だが、愛らしい。嬉しそうに緑香の言葉を待っている。

「良いですか、名付けても?」

「緑香殿に名付けてもらいたい」

 それはとても嬉しいお言葉だ。信用してくれていると、少しは自惚れてもいいのだろうか。

 彼を凝視する。陰陽師の性だろうか、不意に音が頭に響いた。

「――――ジュン。そうか、ユイ」

「ジュン? ユイ? それが俺の名前か?」

 純粋・純朴の純。潤沢の潤。唯一の唯。

「ちょっと待ってくださいね」

 ざわざわと、音が()っている。

 ジュンは駄目。

 あの子に残しておかないと。

(あの子?)

 脳裏に浮かぶ。金髪、金眼。の、少女。

(彼女、は?)

 最初で最後の、覇者。

(彼女は、)

 私達にとっての、何?



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