ギン:忌まわしい、されど大切な記憶
スラム街の地面に座り、曇天を見上げる。空はあの日から変わらず、一度も日の光を溢さない。
ぼろ布を身に纏い、寒さに凍える。側で同じくらいの年齢の子供達が餓死者に群がり、衣服や食料を取り合っている。黴が生えていても構わない。
自分だってその一人だ。薄汚れた布は父から奪ったもの。母からは靴を奪った。
何者だったかなど、今の自分には関係無い。今の自分に関係があるのは、時折来る黒服の男達に連れていかれないよう、物陰に潜むことだけだ。
……知っている。男達が連れていった子供は、二度と町に姿を現さない。食われたと言う人も居れば、生活保護を受けていると言う人も居る。
自分は、男達に連れて行かれるなんてまっぴらだ。
そう思って、男の一人に捕まりかけて、逃げ出した。
逃げ出した先で、彼に会った。
「おや」
彼は笑って、俺を受け入れてくれた。
「名前が無いのかい? ならばそうだね……今から君の名前はギン。ギン・クラウンだ」
「ギン?」
トーラの呼び掛けで、我に返った。
「……悪い」
「何を謝ってんだよ?」
トーラが首を傾げて、店主を見る。店主は紙を寄越した。
「貴方が考え事をしている間に調べましたが、そこに値段が記されています」
牙の値段は、高価だった。
「あの獣……グガと言いましたか。あれは牙で戦います。ですから戦闘で冒険者は皆真っ先に牙を折るのです」
だから高価だと。
しかし自分の一ヶ月分の給料より高いってどうだ。ちくしょう。
先に紙を見ていた五十嵐が尋ねてくる。
「俺はこれでもいいが……どうだ、もう少しならぼったくれるぞ?」
「ぼったくるってお前な……」
改めて紙に記載された金額を見る。
……これなら一ヶ月は遊んで暮らせる値段じゃね?
「むしろこれ以上要らねーよ。支払いは小切手か?」
「ああ、小分けにしてもらう」
五十嵐は相変わらず落ち着き払ったままだ。よほど慣れているらしい。
彼の決定に店主は奥に消え、トーラが緊張を解いて床に座った。
「ユーイチすげー……」
「そうか?」
「これ、戦闘集団で学んだだろ? 何度もやってるみたいだった」
「まあな」
五十嵐が舌を出す。
「上司の一人が『国からの支給? 何それウマイの?』って言う人でな」
「じゃあ国からの援助無しで、ずっとこの方法で?」
「ああ。あと、他の国の大会に出て賞金を貰ったり」
五十嵐すげえ。
「……オレが必死こいて集めた金、意味無かったな……」
「ははは」
少し笑った彼は立ち上がり、店の洗面所に消える。
「少し、行ってくる」
五十嵐を見て、トーラは首を傾げた。
「ユーイチ、泣きそうだったな?」
「泣くだろ」
仲間は死んだ。そう、平然とは言うが内心穏やかではない。
昨夜、彼の左目から一筋だけ涙が流れたのを見て、少しだけ五十嵐の背負っているものが分かった気がした。
談話をしていた今も、彼は焦っていたのかも知れない。
もしこの間に、祖国で知り合いが死んでいたら。
ギンにもその気持ちは分かる。だからこそ、それと真っ正面から向き合うことのできる彼が羨ましい。
自分は逃げているだけなのだから。
蝶佐崎です。
このたびは自分の小説を読んでいただき、ありがとうございます。
いつの間にかお気に入り登録の方が増えておられて……ありがとうございます。(スライディング土下座)
これからも精進いたします、気楽にお読みくださいませ。