神無:神について
草原にて、神無は荷物を投げた。
「やってられるか!」
「そーんなんじゃ、ぼぉくの従者なんか、つーとまらないよ?」
遥か先からのんびりとした、ひょうきんな声が返ってくる。余計に腹が立ってくる。
声の主は彼を見てケタケタと笑い声を立てた。
「青筋立ってる」
「立ちますよ。顔合わせていきなり荷物持っては無いでしょう!」
「だーって『従者』は、荷物を持つもの、なーんだよね?」
神無が嫌そうに、しかし黙り込んだのを良いことに彼は言葉を続けた。
「しぃかも、君はぼく達しか入れない村に入りたいと、言ーってきたね?」
彼の口が三日月に歪む。
「ぼぉく達、神しか入れない村に」
「……会いたい方がいるんです」
神無は彼と同行する数日、寝坊した自分を呪い続けていた。何だってこんなけったいな奴について行かなければいけない。
しかも、殺すと言っていた、神の一人に会ってほしい、だと?
「そういえば、君も神様ですよね?」
「そーうだよ。何を今さら」
せっかくなので、聞いてみようと思った。
「神って、何なのですか?」
彼が面白そうに唇の端をつり上げる。
「奇妙な質問だね。君はどんな答えを期待しているのかな?」
口調が切り替わる。これは神無も何度か体験しているが、彼の切り替わりの法則は掴めている。
興味のあることを聞かれた時だ。
「……期待はしていません。ですが、神様神様と呼ばれ崇められる貴方達が何者なのかと思って」
「何者なのかって? 君も知っているだろう。今は須王と名乗る始神……ぼく達の父さんが始まりだ」
くつくつと笑う様子は、どこか神無を試しているように見える。
「始神は何故生まれて」
「そこが間違い」
ざわ、と木がざわめく。今さら、神無は彼の名前を知らないと思う。
否、名など無いと。そう、言ったのだ。彼は。
「始めから、何かが居た。それ自身もいつ頃から居たのか分からない。でも、そこに在ったんだ。何もない虚無に」
彼は笑みを浮かべる。心底楽しそうに。
「それに意思は無かった。だが、何かの拍子に、別のモノ……それと相反するものが出来た。モノが出来て、それに意志が生まれた。命が生まれた」
「モノ、ですか」
「生きているわけじゃない。死んでもいない。思考も持たない。でも、居る。それの昔の姿、でもチカラさえも持たない……いや」
ひっそりと笑った彼は神無に指を向けた。
「力さえも、モノの前では存在出来ない」
空が、冥い。
暗闇の中で、彼の姿だけが薄く光輝いている。
「それはモノが居ることを感じて、同じように何かを作ろうとした。それで出来たのが、原型。でも初めての試みで、それは注ぎ込む力の量を間違えた。そして原型を作るには充分過ぎる量が溢れて、ぼく達一代目が出来た」
神無は背筋が総毛立っていることに気付く。前に立つ彼が、今まで同行していたのと同じ者には思えない。
声が出ない、否、出せない。
「ぼく達は初めから感情を持っていた。だから、他にも同じ様な世界を作ろうとした。でも初めてだから、それと同じように配分を間違えて、沢山の二代目が出来た」
「でもそれで神が増えていったのならば、今も増えているのでは」
「まさか」
神無の漏れた声に彼は鼻で笑い飛ばす。
「三代目は世界を作るほどの力を持っていなかった。だから、三代目で終わり」
生暖かい風が神無を撫でた。
「でも、結局力を辿ればそれに行き着く。だから、それが消えれば、世界は異界をのぞいて全て消える」
それは、異界の主からも聞いていた。
「……それが、始神」
「始神と言う『名前』も人間がつけたもの。名前など、神には無い」
だから、彼には無いのだ。
「つまり、神とは、始神と呼ばれるものから生まれた生き物、ですか。……どこの宗教が聞いても拒絶されそうな内容ですね」
彼は丘の向こうに視線をやる。
「そうやって生まれたわけじゃないのもいるけど」
突然、景色が切り替わった。
一面に降る桜吹雪。そばに桜の木が一本も無いのに。
「ここは……」
彼は神無に笑いかけた。
「よぉうこそ、ぼーく達の村に」




