須王団長:名も無き感情
緑香と過ごして三日経つ。
団長は早くも彼女の扱いに困っていた。
例えば、今である。
緑香を抱えて走っていた。
「言った筈だ! 植物であろうと何であろうと、俺に確認をとってから触れろと!」
「すみませんー!」
自分たちの後ろに憑くのは巨大な口を開けた植物のような物体だ。例えるならハエトリグサが巨大化したような。緑香がそれをつついて、食われかけた。彼女を助けると、そいつは自分ごと食おうと起き上がり追いかけてきたのだ。
彼女は良くも悪くも好奇心旺盛だった。そして現在、緑香を一言で表すならと聞かれたならば、自分は『トラブルメーカー』と断言できる。
それより、今だ。
本気で走れば余裕で振り切ることができる。しかしそれをすると、力を発動するため異界に自分たちの居場所が割れる。よって人間の姿で、足に強化を施さずに走るしかない。しかし、もう足は悲鳴をあげている。
ハエトリグサに食われて世界が消滅。……………………笑えない。
息を短く吸い、緑香に問いかけた。
「受け身はとれるな?」
「はい!」
肯定と共に投げる。彼女が地面に激突する前に剣を抜き、植物を断ち切っていた。
「またつまらないモノを斬ってしまった」
前に副団長が見ていた劇の台詞を真似してみる。
「わー、真っ二つですね」
緑香に無視されて、少し落ち込んだ。
「須王さん?」
しかもわざとではないところが、むしろ酷い。
「……何もない。それより緑香殿」
玲奈を叱るように、頭に拳を落とす。
「もう、やらないな?」
「……………………はい。多分」
「多分、だと?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
彼女の頭を腕で固めて拳でぐりぐりとこする。五十嵐いわく結構痛いらしい。
解放すると緑香はじっとこちらを見上げてきた。
その口を尖らせた表情に、上目遣いに。
くらりと、心が揺れる。
ああ、彼女が側にいてよかったと。
残酷なことを考えてしまう。
まだ、この感情に名前はついていない。