アンヌ:打診
書類に埋もれる享を放置するアンヌは、バジルが土産を買うほど親しい彼を尋ねていた。
「貴方がハーモニアス君かしら?」
「そうですが…………何ですか俺食われますか」
彼こと、アルファード・ハーモニアス。通称アル。大尉を勤めているが、剣術には目を見張るものがある。アルはアンヌのことを知っているのか、かなり警戒しつつも報告書に目を通している。退院したばかりだと聞いた。
「美味しそうではあるけれど、私は悪食では無いから。バジルに頼みなさい」
「そこで黒が出てきますか! 黒になら食べてほしいですけど」
食べてほしいのかよ。
アンヌの内心の突っ込みをよそに、アルはそれよりと彼女を睨んだ。
「何の用ですか? 忙しいんです、俺」
「今年度の登用試験に」
アルの目に光が灯る。余所者がなぜ試験に介入するのだ、とでも思っているのかもしれない。
「丹洪の者が二人挑戦するわ」
「それが何か」
「貴方、武術試験の試験監督でしょう?」
武術試験では、受験者と試験監督が戦う。
何故知っているんだとばかりにアルがアンヌを怪訝に見た。
「二人を思い切り叩きのめして頂戴」
「…………何かお気に召さないことでも?」
「寧ろ逆。それで、二人が合格した暁には、貴方の隊に入れたいのよ。もちろんロナンや享とも話したわ」
アルの人徳には定評がある。年上で同じ階級の大尉……果ては左官でさえ従うこともあるぐらいだ。さらに戦場では文字通り最前線で戦う。二人を組織に慣れさせるにはうってつけの場所だ。
そんなアンヌの考えを知ってか知らずか、アルは肩を竦めて頷いた。
「分かりました。覚悟しておきます。その二人は?」
「片方は病院で足だか腰だかの骨を折って療養中。もう片方は一足早いけれど、白虎探索に向かわせているわ」
アルの手が止まる。
「…………療養っつーことは、噂の鈴無玲奈とかいう姉ちゃんじゃありませんかね?」
「有名なのかしら?」
「同僚が話してましたよ。アンヌ殿に物申した人間が病室にいるって」
物申したとは、薄給の件だろう。
アンヌはそっぽを向くことで応えた。しかしアルは全くめげない。
「で、白虎探索ですか……そいつは信用できます?」
「恐らくは」
「異界の者でしたらコトですよ」
「それは大丈夫よ」
アンヌは呟く。
「でも彼、かなり落ち込んでいるのよね」