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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第二章
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五十嵐:雑談から出た綻び



 場所は食堂。時間は晩御飯時。かなり込み合っている。

 五十嵐の話を聞いて、ギンはぎょっと突っ込んだ。

「カミナリ様に好かれてる人間かよ。……なんつーか、怖そうだな」


「そうか? オレはカッコいいと思ったんだが」

 そう言いながら、トーラはご飯と野菜をいっしょくたに炊いたものを口にほお張る。

 五十嵐は噂の程を確かめる為「雷に好かれている人間がいるらしい」と二人に聞いてみた。が、結果はあまり(かんば)しくない。

「まさかとは思うが……そいつが首都にいんのか?」

「首都に行けば会えるかもしれない。あくまで噂が本当ならば、だ」

 何にしろ、王に会って尋ねるしかないと五十嵐は割りきった。

「お前たちの目的は、トーラの記憶だな?」

「おう」

「それが終わったら、どうするつもりなんだ?」

 二人にも尋ねたが、本当に聞きたかった相手は、恐らく自分自身なのだろう。

(俺は、丹洪に帰って、どうする?)

 鈴無当主もいない。武士団の団員もいない。異界との戦いが終われば玲奈は国王に嫁ぐのだろう。

 なら、五十嵐は?

 彼の問いに、二人は顔を見合わせた。その様子に五十嵐は慌てて問いを撤回しようとする。

「…………済まない、今の問いは無しにして」

「いや」

 ギンがあっさりと肩を竦める。

「トーラはどうするつもりなのか知らねーけど、オレは元々行くアテとか無えし、また旅に戻るだけだ」

「こいつはそう言ってるけどな……」

 トーラはむ、と考え込んでいる。この中で最も先行きが見えないのは、彼女かもしれない。

 やがて顔を上げたトーラは、元気に宣言した。

 何人かがこっちを見た。

「あとで考える!」

「ぶっ」

「ぐっ」

 二人が飲料水を吹きかけて我慢したのに気付いているのかいないのか、彼女は拳を握って必死に言い募った。

「だって、オレ何者か分かんねえし、まだ分かんねえからこうやって旅してんだぜ? 決めるなんざ、まだ無理だ」

 彼女の熱弁に思わずときめいてしまった、食堂にいる周囲の男どもである。

「なあ、こういうのって……」

「何か良いよなあ……」

 癒しだとの声が辺りから漏れている。

 ちなみに一番近くで聞いていた五十嵐はむせかえり、ギンは苦しそうに机に突っ伏していた。

「どした? 二人とも」

「何もねえっ!」

「何も無い!」

 やけになって答えた男二人だが、五十嵐はトーラの宣言に救われる思いがした。

「後で考える、か」

「おう」

 にっと笑ったトーラはそれで、と彼の腕を掴む。

「ユーイチはひと探しが終わったら、どこで何をするんだ?」

「俺か? そうだな」

 とぼけた口調で言いながらも、目は雄弁に感情を語る。そう、五十嵐は自覚してしまっていた。

「一回、国に戻りたいな」

 郷里に待つべき人のいない寂しさ。

 ここにいてもいいのだと言ってくれた、鈴無の家に訪れたい。玲奈とともに。

 居た人間がもういない。苦しい気持ちになるだろう。

 それでも。

「国では今、戦争のようなものが起き続けている。俺達が働いていた戦闘集団は暗殺みたく皆殺された。その戦力を補うために、俺と相方が人身御供になることで、国は別の組織から人員を派遣してもらっている」

「人探しは、その、別の組織での仕事か」

 ギンの目が笑っていない。人身御供と聞かされていい思いはしないだろう。

「そうだ」

「お前の相方は今どこで、何してんだ?」

「骨折のため、病院で治療に専念している」

「骨折?」

 トーラが目を丸くする。

「戦争している相手のところに突っ込んで、捕虜を一人助け出してきた。そのときに、負傷した」

 自分が刀を奮って。

「足手纏いになったようなものだ、俺は」

 ふと、頭に手を置かれた。ギンだ。

「うん。なんつーか」

 ギンは大きい目を静かに向け、五十嵐に言う。

「お疲れさん」

 その姿が、鈴無当主と被った。

「……あ」

 五十嵐の左目から一筋だけ、涙が溢れた。



 三人でとった部屋のなか、五十嵐が無言で自身の涙の後に触れると、トーラが見上げてきた。

「泣くの、我慢してたのか」

 そうだ。玲奈が泣いたのを見て。自分まで泣いてはいけないと、悟った。

「ダメだぞ、我慢しちゃあ!」

 小さな指でぐいと頬をこすられ、思わずトーラを見ると、彼女はにっと笑った。

「そういうのはわんわん泣いて、疲れて寝るぐらいまで泣いて、中に溜まるマイナスのものを出さなきゃなんねーんだ!」

「一説に聞いたことがあるんだが」

 酒瓶を持ってきたギンが、二人に椅子を差し出し自身もそばに座る。

「泣くこと自体が、死者へのはなむけになるとも言う。どっかの外国では、葬式場で泣く『泣き女』なんて職業もあるらしいしな」

 コップに酒をつぎ、ギンはついだ酒を五十嵐に渡して笑みを浮かべた。

「一晩なら付き合うぜ」

「オレも飲む!」

「トーラは駄目だ、明らか未成年だろ」

 からかう調子のギンに、おい、と五十嵐も今更ながら思い出す。

「俺、まだ二十歳になっていない」

「奇遇だな。オレもだ」

「じゃあ酒飲むなよ!」

 トーラの怒りにギンはさて、と華麗に無視して五十嵐を見た。

「お前、年幾つだ?」

「じ、十八だが」

「二十歳まであと二歳だ、大して変わんねーよ。ちなみに信貴は十八から酒が飲めっから、そんな罪悪感とか必要ねーぞ」

 さらりと言ったギンは自分のコップにも酒をつぎ、トーラのコップに炭酸らしき液体を入れる。

「トーラはこれで我慢な」

「な、舐めるぐらいなら!」

「酒はチビの頃に飲むと、頭や体の成長を阻害するって言われてんだよ。一生チビチビ言ってほしいか?」

「ちび言うな…………」

 ふて腐れた彼女は、どうしたものかと戸惑う五十嵐に尋ねた。

「なあユーイチ、オレ幾つに見える?」

「十三歳前後だろうな」

 沈んだトーラは勢いよく顔を上げて炭酸を一気に飲み干し、炭酸の痺れに体を震わせたあと、頬を膨らませ、

「寝る!」

 ベッドに潜り込んだ。

 男二人は顔を見合せ、どちらからともなく笑いを溢した。



 翌日、ベッドに突っ伏して頭痛にうめく五十嵐と洗面所に閉じ(こも)って吐くギンの姿を見たトーラは、

「酒は悪いものだったから、オレが飲まねえようにあんなウソをついたのか!」

 とか何とか、妙に納得したのだという。


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