表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第二章
59/117

バジル:野営中に回想



 そしてこちらも。

「ふむ。もうそろそろ野営にするか」

 薪を組み、野宿の用意をしていた。バジルである。

 野営もお手のもの、更に今回は折り畳み式の寝袋を用意してきたので(うるさ)い蝿の音も聞かずに済む。

 本日狩った肉を炎に投げ入れる。肉が焼き上がるまでに、バジルは小さな用紙に今日見た生き物の特徴を書き込んでいった。

 ふと、筆を止める。

「元気にしているかな、アンヌ様は」

 彼女が第一に考えるのはアンヌのことだ。それは恐らく自分が死ぬ間際でも変わらないだろう。

 何故なら、彼女だけが、あの人の苦しみを和らげてあげられるだろうから。

 バジルは異界の主に否定的感情を持っている訳ではない。一般人なら「己の願いに世界を巻き込むな」とでも言うだろうが、彼女は別にそれでもいいと思っている。

 ただ、あの人は苦しむだろう。


 ある時、バジルは異界の一室に迷い込み、紅い部屋に辿り着いた。

 部屋の中央に女性が寝かされていて、ベッドに腰かける女性は彼女に瓜二つで。

 さらに、後ろが透けて見えた。

 悲しそうに寝顔を見ていた女性は、バジルが彼女を凝視していることに気付き、

『あたしが、見えるの?』

 バジルの頬に触れた。

「自分でも不思議だが、そのようだ。貴方は?」

『あたし? そうね……』

 女性は悲しそうに笑い、部屋を訪れた主に顔を向ける。

『あいつの妻』

晶子(あきこ)!」

 主は嬉しそうに叫び、彼女に手を伸ばした。しかしその手は空を切る。

『楊志』

「触れられなかった……忘れていた。だが、考えていた通りだったぞ!」

 主はにっこりと笑う。

 バジルが始めて見る、暖かい笑いだった。

「黒狼が体のそばにいれば、魂のお前はこちらに戻って来れる」

『駄目よ、楊志(ようし)。あたしなんかの為に、手を汚しちゃ駄目』

「悲しそうな顔をするな。大丈夫、直ぐに体を治してお前の魂を身体に定着してやる。しかしそれには世界を幾つか潰さなければならない。少しだけ待ってくれ」

『違うの!』

 主に、女性の声は聞こえていなかった。

 それ故に、苦しい。

 バジルの口から女性の言葉を伝えても、彼は止めることを知らなかった。

 ただ、晶子に会いたい。生きた彼女の身体に、触れたいと言うばかりで。




 肉を狙う獣の唸り声に、バジルは我に返った。

「……夢だな」

 昔の夢だ。感傷に浸ってしまったらしい。

 主はバジルの何かを使い、女性を甦らせようとしている。それには、世界の、ひいては大勢の生き物の命が代償となる。

 彼女を泣かせたくない。

 バジルが始めて抱いたその願い。

「残念だったな」

 獣。角が生えた頭。狼の足。牙は鋭く。

 しかし、体は糸に縛られていた。

「お前も私の肉になれ」

 アンヌの「私を利用しなさい。私もあなたを利用するから」という言葉。

 享の「君がアンヌの側にいる限り、アタシは君を騙し利用し骨の髄まで使うよ」という言葉。

 全て、嘘だ。

 証拠に、二人はこんなにも優しい。

「組織がある世界なら、もし異界の者が来ても直ぐに察知し飛んで行ける……か」

 全く、いつもこれだ。

「酷いな、あのひとたちは。私の気持ちなど、これっぽっちも考えてはくれない」

 夜に、獣の悲鳴が響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ