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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第二章
56/117

享:勧誘


 くぴゃー、と、隣の(しかばね)に腰かける享が間抜(まぬ)けな声を出した。

「こりゃあれですネ。お爺サン、狙われてマスネ」

 アンヌと享、今しがた殺した異界の者達を眺めながらの会話である。

「お爺ちゃんだもの。彼が狙わないわけがない」

 二人がやっていることは、厳密には組織の仕事ではない。

 屍を放置して歩き出した二人は、程なくして、巨人ぐらいなら易々と収まるだろう巨大な頭蓋骨にたどり着く。

 彼は年がら年中、ここで頭蓋骨を削っている。飲食や睡眠を入れている様子も無い。元々彼には必要の無いものだからだ。

 口から頭蓋骨を潜ると、案の定、異界の主に仕える者の一人が彼の説得を試みていた。

「げぇっ」

「奇遇ね」

「今日は客が多いのー」

 のんびりと言った彼はさっさと作業に戻る。流石のマイペースと言うべきなその様子に、もしレキが説得に当たっていたら彼は異界になびいていたかもしれないと、今さらながら主の判断ミスに安堵する。

 アンヌはその異界の者に笑顔を向けた。

「どうする? 戦う?」

 後ろでは楽しそうに享がステッキ……否、仕込み刀を回している。

 異界の者はムリムリ、と首を振ったのち、異界へと消えた。

「主は、あんたも来るだろうが組織には(なび)かないだろうから問題ないと言っていてね」

 悔しいが、図星だ。

 その証拠に、彼は楽しそうに頭蓋骨を掘りその欠片を見て何やら鼻で歌っている。

「……お爺ちゃん」

「何じゃ何じゃ? 久し振りに来たと思えば剣呑な気配を漂わせおって」

 彼女や主の思惑を感知せずに首を傾げる様は、太古から生き永らえる妖怪にはとても見えない。

 土産の酒を渡した後、アンヌは真っ直ぐ本題に切り込んだ。

「今さらだけれど、怪我人を診ない?」

「先ほど来た奴も、そう言うとったのー」

 暢気に言うということは、やはり組織に来る気は無いということ。

「……お爺ちゃん、医者でしょう? どうしてその技量を生き物に使ってあげないの?」

「生憎、この時代には手を貸してやろうと思える奴がおらんのじゃよ。お前さんらには、怪我を治すぐらいなら助けてやろうと思うがのー、嬢はすぐ治る、王子はいくら怪我をしても意味が無いからのぅ」

 それに、と細い身体で反り返り頭蓋骨を見上げて目を細める。

「お前さんの祖父は、頭蓋骨なら好きに検分しても良いと言ったからのー。祖父貴の骨は様々な薬に変わる。こっちを看てる方がずっと楽しいわい」

 そう言った途端、彼はふいと享の後ろに目をやった。

「ほれ王子よ、ドッペルゲンガーが来たぞ」

 視線の先には、彼の言う通りもう一人の享が頭蓋骨をくぐって立っている。

「……お爺は絶対、私に気付きますよね。何か秘訣でも?」

「同じ気配が立ってみろ。かなり気味が悪いじゃろーが」

 溜め息をついたドッペルゲンガーは、先に着いていた享に玲奈の魔剣を差し出した。

「どーぞ。仕事はしましたヨ、もう一人のアタシ」

「ありがとう、もう一人の私」

 ドッペルゲンガーは享の声を受けて、ゆらりと消えてしまう。

 彼はそれに興味を示すことなく、

「王子よ。その刀はお前のもんか?」

 魔剣に視線を移した。口調ががらりと変わる。

「また物騒なもんを使いやがって……嬢の打った刀で充分だ」

「アタシだってアンヌの刀が一番大好きですヨ。こんなもの誰が使いますか」

 二人がボロクソに言う剣は、持ち主から離れた今もその禍々しい気を放ち続けている。

「ふん。じゃあ何でお前がこいつを持っている?」

「アンヌの知り合いで、もうすぐアタシの知り合いにもなりそうな子が使っているんデス。少し錆がついていますから、診てもらおうかなと」

 彼が医者として診るものは生き物に止まらない。刀や剣は勿論、気が向けば陶器なども診てくれる。

 彼は魔剣を受け取り、懐かしいと溢した。

「俺が医者やる前に打った剣だ」

「昔刀鍛冶だったと、言っていたわね」

「ほとんど錆びてねえぞ。さすがは俺」

「でも錆びたわね」

「うるさいわい」

 言った彼はいそいそと研ぎ石を持ち出す。黙々と研ぎ始めた彼に、アンヌと享は黙って視線を交わした。

 頭蓋骨に、研ぐ音が響く。

「で」

 しばらくして、彼が口を開いた。

「こいつの今の持ち主は何だ? 神様か? 化け物か? それとも悪魔か?」

「人間よ」

 研ぐ音が、消えた。

 彼は口を開いたまま、動かない。

「人間、だァ?」

「人間。女。二十歳に届くか届かないか」

 アンヌはただ、と眉を潜める。

「異界の者なのかもしれないけれど……」

「死人だろうが生きてようが人間は人間だ。異界なんざ関係ないわい。あの世界で魂入れられたからこの剣持てるようになった、とかあり得んじゃろーが。俺の剣なめんな。どんだけ妖力込めたと思ってんだ」

「ああ、そう」

 僅かにほっとするアンヌをよそに、享がじっと剣を見ている。

「そんなに危険デスか、この剣は?」

「まー最高位に入るな。人間が持ったら間違いなく狂う。唯一例外があるとすれば、その人間が力持ちで、しかも予知者か、不思議を消す者か、人間の内面を探る者だった場合のみじゃな。もしくは何かが憑いているか」

 確か、鈴無当主はそういった能力を持っていたはずだ。

 では、玲奈は?

「他に例外は?」

「無い」

 断言した彼は、笑わない目で二人を観る。

「その女、今はどうしてんだ?」

「怪我で入院中よ」

「何で俺んとこに持ってこんのじゃ!?」

 怒られても困る。

 正直、ここまで上手く運べるか分からなかったのだから。

 彼はよっ、と研ぎ終えた魔剣を享に押し付け立ち上がる。

「俺が診てやる。嬢、連れて行け!」

「はいはい」

 アンヌは彼を背負い、歩き出した。


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