五十嵐:奇人?狂人?変人?
終始無言だったバジルと五十嵐だが、また玖楼の部屋に入るさいには五十嵐も自分の足で歩き、顔を上げていた。
「失礼する」
バジルが扉を開けると、アンヌ、ロナン、玖楼に加えもう一人、
「やーっと来ましたカ」
金髪碧眼の不審者が一人増えていた。
男は座っていた玖楼の机から降り、五十嵐の顔を見てにやにやと笑う。
「どうやら泣いていたようだが、君が噂の死者君だネ? 安心してくださイ、アタシも死ねなかった者デス。ただし人工的に造られたものデスガ」
五十嵐が表情を引きつらせ、バジルが露骨に嫌そうな顔をする。
「……楓殿」
「おっと死者君、自己紹介がマダだったネ。アタシは楓享夜、アンヌからは享と呼ばれていマス。普段は各地を飛び回ってはいるが、気が向いたら戦闘に参加していることもあるかな。一応、ここの大将を務めていまスヨ」
妙な発音に調子が狂う。五十嵐は名乗ろうとして、
「……って大将!? 貴方が!?」
くけけ、と不気味に笑う享は袖で自分の口元を隠した。
「そーデスヨ。テキトーに入ってフラフラしてたら、いつの間にか誰にも負けなくなっていてネ。ちなみに君は五十嵐優一。元丹洪武士団所属、近衛兵だった時期もある。異界の主と交戦経験有リ。アンヌ達から聞いたが、死人。ついでに戦場で、今病室に居る鈴無玲奈から五メートル離れると死ぬ。だいたいそれぐらいかナ?」
はいと頷き、五十嵐は胸がざわつくのを抑えた。
玖楼は苦笑で、ロナンは苦い顔で享の独壇場を見ている。アンヌは五十嵐達に関心を移すこともなく、地図らしきものに眼を通している。
さて、と享は改めてバジルに向き直った。
「バジル、お疲れ様。怪我も無いようで何よりだ。早速別の場所に向かってもらいたいが、休憩は必要かナ?」
「誰が、休憩が必要だなどと下らんことを言いましたか」
バジルの声は冷ややかだ。だが、目は何故か揺れている。
「次はどこに向かえば良いのですか?」
「それは後で話そう。とりあえず今は、私が彼に頼む内容を聞いていてくれ」
おちゃらけた奇人の態度に、落ち着き払った知謀者の態度。それに合わせてころころと口調も表情も変わり、聞いている五十嵐は僅かに混乱する。雲のようにつかめない性格の人間、とでも表現すれば良いのだろうか。
享は笑みを浮かべた。アンヌからまさにヒョイと地図を取り上げる。
「アンヌ、死者君に話をするから地図を返して下さイ」
そう言ってアンヌから奪った地図を五十嵐に押し付ける。
「君には、鈴無玲奈が怪我を完治させるまでの間にやってもらいたいことがありマス。その地図は差し上げますが、念のために空で首都と各地の戦略的要所ぐらいは言えるように。字が読めないならば、図書館からアンヌ名義で借りた本を見て下さい。むしろこれから必要だから字も言葉も覚えろ。これが組織の常用語だからだ」
さっそくの容赦無い難題に五十嵐は思わず顔をしかめたが、享はさっさと話を本題に移した。
「まァ、さっきの云々は三日でやってもらうとして」
(三日!?)
五十嵐の声無き悲鳴はさておき。
「死者君は、現在組織に四神を宿す人間が何人居るか知っているネ?」
朱雀のロナンと、玄武の玖楼の二人。
「アタシはここ数年間、白虎か青龍を宿す人間を探す為に各地を転々と回ってきましタ。そして風の便りにある噂を聞きまして」
曰く、と間を置いたのを見て、メモを取り出す。
「信貴国の第一王子は、雷に好かれているのだと」
玖楼らに説明されていたことを思い出す。
白虎は王族に生まれた雷使いがなるのだと、言われている。
「君にはその噂の真偽を確かめてほしいのダヨ。アタシは別の仕事に回ることになったから、一人でやることになるがね。で、その地図が信貴国の全体だ」
不意に享が笑みを消した。
「信貴は今、周囲の国と戦争を起こしている。戦争に出くわしたら直ぐに逃げなさい。危ないと思ったら一度こちらに戻ってくると良い。世界渡りの護符デス。これに願えば組織に戻ってこれますかラ」
長方形の薄い紙を渡される。
「件の第一王子は現在国の王になっていマス。彼に謁見を申し出てみてくださイ」
改めて、と享は地図を指で弾いた。
「これは命令ではありません。君は受けなくとも構いません。私は君が暇そうにしていると聞いたから、仕事を与えてみただけです。もし君が受けなかった場合、佐官の暇人辺りに回すだけです」
五十嵐は彼の言葉を遮る。
「やります」
いえ、と頭を下げた。
「やらさせてください」
享の雰囲気が和らいだ。
「では、お願いします」
スパーン!
「!?」
いきなりの破裂音に五十嵐、バジルは勿論享まで飛び上がった。
「な、ななななな」
「アンヌ!」
「享まで驚いた?」
くすくすと笑ったアンヌは、割れた風船を手にしている。そばに耳を塞いだ玖楼とロナンが立っている。どうやら慣れているらしい。
「貴方の話はここまで。次は私の番よ」
アンヌが享を押し退けバジルを呼ぶ。
「はい!」
ぴょこんと彼女が姿勢を正した。
「貴方には別の仕事をやってもらいたいのだけれど、いいかしら?」
「是非!」
むしろ何でも申し付けてください、と言わんばかりの姿勢を見せる彼女に思わずアンヌは笑みを溢す。そしてバジルに紙を渡した。
「これは?」
「白紙の地図よ」
机にもたれたアンヌは、親指で彼女の背後にある窓、ひいては外を指差す。
「この世界の地図を完成させてほしいの」
お久しぶりです、ご無沙汰でした、蝶佐崎です。
遅くなって申し訳ありませんでした。
整理している最中なのですが、場面がころころと変わっていく可能性が出てきてしまい、それの区別を付けるために、場面の登場人物……特に主観の人物の名前をタイトルの始めに打つことにしました。
何とぞご理解をよろしくお願いします。