黒狼
異界の主はうろんげに五十嵐を見つめ、そしていつの間にか移動していたバジルを見、玲奈を睨んだ。
「お前か? ひたすら神無に悪口を言ったというのは」
「いや、悪口のつもりやなかったんやけど……」
「相当、落ち込んでいたが」
主は背負っていた剣を抜き、構える。
覇気、と呼ばれる類いの気が、玲奈を激しく打ち付ける。
「それはどうでもいい」
狂った五十嵐が初めて、守りに徹した。
「優一! うあっ」
体を動かそうとするが、彼女は叩きつけられたときにどこかを折られたのか、激痛で立てない。
バジルが駆け寄ってきた。
「大丈夫か」
「大丈夫に見えたらいっそ大物や」
「済まない、心配した私が馬鹿だったな」
ばっさりと切り捨てたバジルは魔剣を押しやる。
「何とかなるかと思っていたが……力ずくでここから逃げるぞ」
「でも優一が、戦って」
「準備はできた」
バジルがこの体でどこに腕力があると言いたくなるような力で玲奈を背負い、日本に通じるという壁のそばに彼女を降ろす。
五十嵐は防戦一方。バジルはそれを確認して、主に声をかけた。
「楊志殿」
「……その名は呼ぶなと、前に告げた」
五十嵐を蹴り上げて吹き飛ばし、主はバジルに目を向ける。彼は遊ばれていたのだと気付く。
改めてつきつけられた、強さの差。
「私が貴殿に従ったことなど、あったか?」
「無かったな」
断言した主はバジルに手を差し出した。
「今までのことなど、どうでも良い。戻って来い、黒狼」
戻って来い。
バジルがぐっと口元を引き締め、拳を握る。五十嵐を見やり、首を振った。
「貴方の願いには賛同する。だが、その為に何の関係もない生き物が犠牲になるなどおかしい」
「あの女に吹き込まれたか」
「アンヌ様に聞いて、神無に聞いて、他にも様々な立場の人間に聞いた。聞いた結果、私が思ったのが、これだ!」
いきなり彼女が腕を動かす。竜巻が起き、五十嵐の体が宙に浮く。
いや、違う。彼の下に何本もの糸が絡み合い、彼を持ち上げている。
五十嵐が玲奈に向けて飛ばされる。バジルもさっと玲奈と飛んできた五十嵐を掴み、染みに触れる。
三人は異界から逃げ出した。
たまたま時間が空きました。
でも明日からざっと一週間は投稿できません…多分