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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第一章
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戦線状況


 異界の主に五番と呼ばれる彼は、神社の社にて、アンヌ・ホーストンの炎を真正面から浴びて消滅するところだった。

「ちくしょう……罠か!」

 アンヌは彼の憎悪を浴びてもまだ、飄々(ひょうひょう)と眺めている。

「罠、ではないのだけれど。そう思ってくれても構わないわ」

「……へえ?」

 彼が主から頼まれていた仕事は、各地に遍在する神々の特定。

 最も多く世界の所有権を持つのは始神と呼ばれる彼やこのアンヌだが、始神は他にも数名の神を(つく)り、彼らにも世界を創らせたのだという。他にも彼らから派生した神々もいるようだが、それはどうでもいい。

 つまり、その創られた神を倒せば世界の幾つかは消滅するということ。

 五番は戦闘には不向きである。むしろ居場所の探索や座標の特定が得意であり、今回も神々に「錨」を降ろしておけばいつでも仲間を彼らの元に飛ばし、手にかけることが可能だ。

 それを見越してアンヌは女郎蜘蛛(じょろうぐも)と呼ばれた神を避難させ、彼が元々居座っていた場所に座り込んでいたのだ。

 ご丁寧に、偽装までやって。

 アンヌは五番のあからさまな時間稼ぎに笑い、(そば)に神無が潜んでいることも承知で付き合ってやった。

「ええ。なーちゃんには少し前から寝床が人間臭いと相談されていて。ウロチョロと人間が側を歩き回っているようだと。まさかと思って避難してもらったのだけれど、当たるとは思ってもいなかったわ」

 くすくす。ふふふ。

 五番の焼けたはずの背筋に、戦慄が走る。

「化け物」

「あなたも化け物でしょう。私よりも質の悪い」

「けっ、心臓が止まっても動き続けてるあんたとは比べ物にもならねーよ」

「結構な賛辞、有難う」

「どーいたしまして」

 舌を出した彼は、最後の力を振り絞ってゆらりと立ち上がり、アンヌの腕を掴む。

 五番の能力、(いかり)降ろし。

 場所を探知、その座標に自分を移動させることが可能、さらに。

 自分の魂の座標、否、居場所に錨を降ろした相手を連れてくることも可能!

 錨を降ろそうとした彼は。

「全く」

 錨ごと、炎と風に四肢を切り刻まれ、焼き尽くされていた。

「この私が、貴方如きの道連れに大人しく従うとでも?」

 骨まで灰となり消え失せた彼を踏みやれやれと首を振ったアンヌは、ようやく出てきた神無に笑みを向ける。

「あなた。彼を助けるつもりでは無かったのかしら?」

「そのつもりだったのですが……」

 神無は苦い表情で、女郎蜘蛛が張り巡らせていた糸の一本を睨む。

「……偽装されたピアノ線の中を歩いていけるほど、私は豪胆な者でもありませんから」

「それは残念」

 糸の中に紛れていた線。ピアノ線、鉄線、格子線。中にはヴァイオリンの弦まで。

 もし神無が足を踏み入れていたならば、凶器と化したそれらが容赦なく彼の四肢と命を刈っていただろう。

 くすくすと笑ったアンヌは、手を僅かに動かす。

曲弦糸(きょくげんし)、上手く操れているかしら?」

 神無の周りに、糸が取り囲むように伸びていく。彼も、身動きがとれない。

「ええ、とてもお上手ですよ」

 神無のこめかみに、汗が流れる。

 彼の賛辞にアンヌはにっこりと微笑んだ。

「良かった。数日前、須王を保護して暇だった時に教えてもらったばかりなの。勿論バジルに。……そういえば、私の師匠はバジルで、バジルの師匠は貴方なのよね?」

 彼女は化け物だ。

 神無は悪魔の身でありながら、今更の結論に辿り着く。

 ここは態勢を建て直し主に報告を――!

「神無君」

 ぞわ、と彼の産毛が逆立つ。

 アンヌは底の見えない笑みと共に、指揮者のようについと両手を上げた。

「あなたはバジルが悲しむから殺さないわ。だから、お休みなさい」

 白い糸が神無に巻き付いていく。

 消えゆく意識の中で、アンヌが狙っていたのは五番ではなく自分であり、同じ刻に戦闘系の者達が交戦、ことごとく敗北したのは、

「彼女と、あの、二人のため、ですか……」

 三人がこれ以上不利に陥らないように。

 彼女がもう泣かないように。

 力を失った神無は眼を閉じた。


 アンヌは糸と線でぐるぐる巻きにして四肢の自由を奪った神無を見て、鼻を鳴らした。

 全く、何故バジルはこんなヘタレが好きなのだろうか。アレか、顔に惹かれたか。しかしそれだけではないように見える。

「……まさか情緒教育!? もしくは洗脳!?」

「人聞きの悪いことを言うておるの、紅よ」

 観戦していた女郎蜘蛛が人形になって出てきた。

「悪魔とて、一つや二つ良いところがあるのじゃろう。しかし、お前さんは何と言ったか……くぉーたー、だったか? 人間と言うのもくくりに入るが、どちらかと言えば我ら寄りで、いや、アレだったか? お前さんの中にある……」

「なーちゃん。それこそ酷くないかしら?」

 ベシッと蜘蛛の頭を叩いたアンヌは、気絶した神無を俵担ぎの要領で背負い、社をあとにする。

「また酒でも酌み交わそうぞ。次は妾が奢ってやろうではないか」

「ええ」

 社を出ると、わさわさと蜘蛛が集まって空に糸で橋を造る。これは触れてもくっついたりしないのだから、凄いではないか。

「ありがとう」

 アンヌが彼らに頭を下げると、蜘蛛は慌ててどこかに退散して行った。彼女は橋を渡り、あばら屋に辿り着く。

 アンヌが戸を開けると、彼女の予想通り、先客が居た。

「遅かったデスネェ」

 さらりと言った男性は、縦縞模様の帽子に、着崩れた着物、さらにはステッキを持っている。着物の間から見えるのは、致命傷になったはずの、胸を真っ直ぐ一閃させた太い太刀傷。さらに、髪は金色、瞳は青。

 アンヌもこの軽口に神無を投げつけることで応える。

「彼と会話しているのに夢中になったの。あなたより口が達者かもしれないわね、(きょう)?」

「酷いなァ」

 からからと笑った彼は畳に下ろした神無をしげしげと見つめ、額をつついてみた。

「これが噂の悪魔君かイ? 随分可愛らしい寝顔を晒しているようだが……」

「バジルはそれに惚れたのかしら?」

「……一体君は何を突き止めるつもりで?」

「何故あの子が彼に惚れたのか!」

 宣言するアンヌに湯飲みを突き付け、男性は喉を鳴らして笑う。

「しかも何故か悪魔君、惚れたと言う度に表情を動かすんデスネ? 寝ているはずなのに?」

 何故か、寝ているはずの神無の頬が引きつった。

 アンヌはお茶を飲み干し、事も無げに言い放つ。

「起きているもの。ね、神無君?」

 男性とアンヌのいたずらっ子の視線に負けた神無は、狸寝入りを止めてそろそろと目を開けた。

 聞きたいことはいっぱいあった。

 が、何よりも聞きたいことがあった。

「……本当に、彼女は私に惚れているのでしょうか?」

「そこから聞くんだ!?」

 男性が突っ込み、アンヌが畳を殴打して体を震わせている。

「本当に、揃いも揃ってヘタレばっかり……!!」

「君もだろう?」

 男性の顔面に湯飲みが飛ぶ。幸い空だったので熱湯は免れたが、痛い。

 自身を落ち着かせたアンヌは、真面目そうな表情で、神無の前に胡座をかいて座る。

「……私にはそう見えるわ」

 ぱあっと彼の顔が輝き、男性が肩を震わせて忍び笑いを立てる。何よこの初々しい恋は、と口には出さない。

「恋愛相談、しましょうか?」

「是非!」

 糸やら線やらの中でもぞもぞと姿勢を正した神無が微笑ましく思えた。

「……彼、本当に敵デスヨネ?」

「いいじゃない、今ぐらい」

 三人が窮地に立たされていることは知っている。しかし、アンヌがもし向かったとして、何が起こるか分からないのだ。

 番狂わせ、と称された体質に。

 嫌な想像を振り払った彼女は、目を輝かせる青年の悩みを聞く態勢に入った。



外野にて。

次の話は遅くなります。済みません。

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