狂乱?
残酷な描写有です
瞬間、待ち構えていた異界の生き物の首と胴が離れた。手も切り刻まれている。
彼から一番離れた距離にいた玲奈とバジルは、五十嵐の腕が生き物のように動く様を目の当たりにする。
「何だ、あれは」
バジルが呆然と、表情の欠落した五十嵐を見て呟いた。
「分からん。前は手から刀を叩き落とすまで、敵味方関係なく周囲の者を殺り続けてた」
ゆらりと五十嵐は歩み寄り、レキの喉笛を狙う。レキは斬られる直前に逃げた。
五十嵐がゆらりと二人を向いたことで、気付く。
生きている者の中で一番至近距離にいるのは、二人なのだと。
玲奈が魔剣を床に置いて立ち上がる。五十嵐に斬られた異界の化け物が持っていた刀をとる。
「お、おい、何故愛剣を放置する」
「五十嵐を傷つけかねへん」
言い捨てた彼女はバジルを見やり、魔剣を指差した。
「そうそう、あたしの剣に触ったらあかんで。曰く付きやからな」
しかし、と渋るバジルを遮り、玲奈は問い掛ける。
「異界の出口、どこなんや?」
「すぐそこだ。レキが立っていた側の壁に黒い染みがあるだろう? それに触れてくれ、日本国に出てくるから」
染みを確認し、距離を確かめた。
彼女が向き直ると、五十嵐が首を傾げる。
不意に、短刀が玲奈の首目掛けて飛ぶ。玲奈はそれを鞘で払い、返す刀で五十嵐に斬りかかった。
間一髪、彼の刀から逃れたレキは、彼に宛がわれている個室で一息ついていた。
「……流石に死ぬかと思ったー」
玲奈の太刀はまだ持ちこたえられたが、もし五十嵐のまで受けていたら、この異質な肉体でも消滅を余儀なくされていただろう。
それより。
「オレにとっちゃあ、鬼門、鬼門、鬼門だねぇ」
血の臭いに、血相を変えて駆けつけてきた神無に手を振る。
神無が不意を突かれたところも、水晶玉で視ていた。彼はまだいい。気を抜いただけなのだから。
しかし、レキはもう二人と戦えない。
「神無さん。オレ、あの二人、無理」
「何故ですか? まだ死招きもやっていないようですし、やりようはあるのでは?」
神無の質問に首を振る。
「影が薄い兄ちゃん。彼、もう死んでるはずの人間。死相、変えようがない。元気ハツラツな姉ちゃん、兄ちゃんと関わりすぎたせいで死相が定まってないから、オレ、座標を下ろして殺せない」
死招きと神無が呼ぶレキの術は、寿命を縮めることで相手を殺す。その為には相手がいつどこで死ぬ筈なのかを知る必要があり、またその手段として、顔に浮かぶ死相を読むことが多い。
絶句する彼の背後に、異界の主が立った。
「死んでいるはずの人間だと?」
「ハイ。村皆殺しのはずが、何かが起きて彼だけが生き残ったみたいで」
「興味深い。さきほど適当に送らなければよかったな。誰を向かわせようか……」
そう言って考え込んだ彼は、ややあって眉を潜める。
「殺られた」
「はい?」
主は忌々しげに虚空を睨みながら、硬直した二人に告げる。
「白虎探索に向かわせていた三番、東部殲滅に向かっていた二番と四番」
「……彼らが?」
「たった今だ、三番は朱雀に、二番と四番はあの男に殺られた。そして五番があの女と相対している」
主と彼らは繋がっている。生死の確認も、容易い。
「神無」
「はい」
「五番を救出し戻って来い。何体使っても構わん」
神無は一度だけ手をこめかみにあて、敬礼のかたちをとって部屋を飛び出した。
レキは主を不安げに見つめる。
「主、隊長を連れていこうとしている二人は……」
「俺が出る」