異界の主
飛び出した先は、一面が朱の世界だった。
昔、玲奈が迷ったときと変わりもなく。
ただ、在り続ける世界。
絶句する玲奈をよそに、五十嵐は眉を潜めていた。
「まだ、部屋の中だ。それに誰か寝ている」
我に返った玲奈を引っ張り、五十嵐は歩み寄った。
ベッドに、女性が寝かされている。
いきなり現れた人間にボロクソ言われた神無は、むしゃくしゃしながらバジルの元を訪れていた。
バジルが弾かれたように彼を見る。
「組織の匂いだ……お前も戦ったのか?」
「いえ、私は異界から出ていない……」
不意に思い出したことに神無は納得し、バジルを見た。
「出ていませんが、組織の者が二人ほど異界に忍び込みました」
「えっ」
「遭遇しましたが、逃げられました」
あからさまにほっとする彼女に、少し嫉妬が燃える。ちょっと意地悪になってみた。
「二人はあなたを探しているようでしたね。ですから、彼らはここに来るでしょうね。待ち構えてやりましょう」
バジルが落ち込む様子に、悪戯は成功したと内心喜ぶ神無だった。
女性を見て、玲奈はほうと溜め息を漏らした。
「美人……」
黒い長髪がベッドに流れ、白い肌は潤いに満ち溢れている。肌を傷付けないようにと配慮してあるのか、服は絹だ。
しかし。毎秒ごとに、女性の心臓に赤い染みが浮かび、部屋の空がまた一段と朱に染まると絹の染みは消える。
幻想的な風景だが、彼女は動かない。
五十嵐が眉を寄せ、女性の口元に手をやった。
「息をしていない」
「何をしている」
鋭い声をかけられ、二人は強張る体を抑えて振り向いた。
白い長髪に翡翠の瞳。左頬の痣は消えることなく。
異界の主が、立っていた。
主は五十嵐の手を見やり、彼を睨む。
圧倒的な威圧に全身が震えた。
殺される。