ミニ危機
子供及び少女あらためバジルは、くしゃみで体を震わせていた。
「む……何か私についてよくないことを言われている気がする」
牢屋の外から彼女を座って眺めていた、十歳に見える少年がけらけらと笑う。
「隊長のカンってよく当たるよねー」
「隊長言うな。今は抜けた身だぞ」
「神無さんは何としても戻す気だよー」
むう、とバジルは来ては勧誘する、黒い髪の青年を思い浮かべた。少年は間延びする声で、尚も言い募る。
「主もまだあの座を空けたままにしてあるしー、オレ達も隊長が一番仕事やりやすかったしー。ねー、何でまたアンヌ・ホーストンなんて偏屈女についてったのさー?」
「五月蝿い。私はアンヌ様に惚れたんだ!」
「嘘つきー神無さん好きなくせにー」
「私があいつを!? そんなわけないだろう」
「酷い言われようだと思いますが」
不意に入ってきた声に二人で顔をそちらに向けると、話題の青年こと神無がしかめっ面で立っていた。
「わー、噂をすれば影がさすって本当なんだー」
バジルが僅かに慌てる前で、少年がのんびりと言い放つ。少年は彼らの中で一番マイペースなのだ。
「馬鹿らしい噂を立てないでください。それとレキ君、主が呼んでいます」
「本当みたいだけど、単にここから追っ払いたいだけでしょー?」
そしてもう一つ。レキこと少年は、彼らの中で唯一、呪いを攻撃手段としており、言霊などを扱っている。
レキに嘘は通じない。
それを見越してのようで、神無は動じることもなく、出口を指した。
「分かっているならさっさと出ていって下さい」
「はいはい、お邪魔ムシは退散致しますよーだっ」
レキはぴょこんと立ち上がり、出口に歩いていく。
出口の手前で彼は振り返り、にやりと笑った。
「隊長は初めてだろうし、控えめにね? 神無さんドSだから泣かせるの大好きだろうけど」
「はいはい」
神無は面倒そうに言い、レキは出ていく。バジルには訳が分からない。
「おい神無、さっきのはどういう意味だ? 私が関係しているようだが、泣かせるとは……おい!?」
神無が牢屋の鍵を開けて入ってきた。じっとバジルを見ている。
「な、なななななな」
「な、を七回ですか。冗談のつもりかもしれませんが、寒いですよ」
「違うッ!」
バジルは足の錠にあくせくしながらも後退する。
「な、何をする気だ」
「んー、子供作り? 私に惚れたら隊長に戻ってくれるかな、なんて思いまして」
「なんじゃそら」
下らない理由にバジルは後退を止めた。
「子供を作る方法は知らんが、やめとけやめとけ。子供では私は縛り付けられんぞ。それにお前に惚れるなど論外だ」
気のせいだろうか。神無の目が爛々と輝き出す。
「子供作りを知らない?」
「当たり前だ。お前らがそういう教育をしたことがあったか?」
彼の口元が、にやりと上がった。
「か、神無?」
神無は応えずにじりじりとバジルに近づいている。バジルも後退したいが、ついさっき壁に背中がついたところだ。
「ま、待て。何だその玩具を見つけたような顔は。話し合おうではないか、人間は平和になれる生き物ッ!?」
「生憎ですが」
一瞬で距離を詰めた神無が、壁に手をつきもう片方の手でバジルの髪をすく。
彼は、極上の笑みで笑った。
「私は悪魔ですので。実力行使に訴えかけることに致しましょう」
不意にアンヌが微妙な表情を浮かべる。
「バジルに危機……のようだけど、命に危険があるわけでは無いものが迫っているみたい。どういう意味かしら?」
「分からんものは仕方が無い。話を戻すぞ」
玖楼が再び地図のある地点を指す。そして側で話を聞いていた玲奈、五十嵐に顔を向けた。
「聞いたの? 二人には紅蓮と共に異界に行ってもらう。方法は先ほど言った通りじゃ。帰りは紅蓮が道を知っておる」
ちなみに紅蓮とは、アンヌのことだ。
異論は無く、二人も頷く。
ロナンが将官を呼ぶ。玖楼が病院の手配を始める。アンヌが情報工作を始める。
「作戦開始、みたいな?」
玲奈がぽつりと呟いた。
半泣きのバジルを組み敷き、服を脱がせたところだった神無は、頭の中に響く声に眉を潜めた。
「面白いところだったのに」
平常の彼女なら面白いわけがあるか! と怒鳴り返してきそうだが、現在バジルは初めての体験に固まっている。
諦めて彼女から降りた神無は、脱がせた服を回収して別の服を渡した。
「それを着て下さい。彼が現れる前に」
わたわたと言われる通り着たバジルを見つつ、側に現れたレキを睨んだ。
『邪魔してごめんねー』
「邪魔だと思うのでしたら、幻影など寄越さないで頂きたい」
宙に浮く彼は、レキが遠くから魔法で作り出している幻影だ。斬ることも触れることもできない。
彼はけらけらと笑ったのち、ひっそりと笑いを収めた。
『何かね、白虎が現れたみたいなんだよー』
「……白虎が?」
雷の使い手。その者が組織に加わってしまうと、異界はとても強力な敵を得ることになる。
『だから、そいつを不意討ちで殺せって。主からオレへのお願い』
きゃっきゃっと嬉しそうに言うレキ。
『で、神無さんは異界に居てほしいって。主、何か考えていたみたいだしねー』
「分かりました」
じゃーねと消えるレキに手を振りつつ、神無はバジルを見る。彼女も何か考えているようで、それは恐らく混乱に乗ずるためのものなんだろうなあ、と彼なりに警戒する。
「おい神無」
「どうされましたか?」
「色々と言いたいことはあるが、まずは」
バジルは神無を睨み、着ていたゴスロリを指した。
「もっとまともな服を用意しろ!」
お久し振りです。更新が遅くなって申し訳ありません。