お勉強・突き合せ
「「何でここに!」」
図書館の入り口で鉢合わせするあたり、やはり玲奈と五十嵐は基本的に腐れ縁らしい。
アンヌはこっそり笑いをかみ殺した。
前で二人がぎゃあぎゃあと騒いでいる。そして司書に本の背表紙で頭を打たれて悶絶している。
事情を聞いたらしく、玖楼がどこかやつれている。アンヌは彼の肩に手を置いてみた。
「……む」
「とりあえず、二人に席を探させておいて、私達は本を探しましょうか」
「……うむ」
もちろん、たやすく労りなどをかけるわけがない。
席を探していた二人は、一足先に着いていた国王に出会したらしい。そして、彼のお勉強から、辞書のデカさを思い知ったらしい。
ロナンがいなければ逃走するところだったという。
二人は渡された辞書に凍り付いていた。
「私達名義で貸し出してあるから、覚えるまで勉学なさい。はいこれノート、必要があるなら使って?」
「……鬼!!」
「どうとでもほざけばよろしい」
アンヌはじゃあ、と司書に監視を頼みロナンと玖楼を連れて出ていった。
彼らが図書館から出たその瞬間、玲奈はがばりと五十嵐、国王の方に体を向かせた。
「それぞれ、どんな感じやった?」
「どんな感じと言われても、だな……」
国王は本当に、必要最小限のことしか教えられなかったのだという。会議室の場所とか組織の序列とか。
「会議室の場所とか知りませんよ」
「必要無かったからなのではないかな? これからは俺が組織に出向く方が良さげだ」
疲れたように言った彼は、甘えるように玲奈の肩にもたれる。そしてそれを普通に受け入れる玲奈。
……俺、本当に何で気付かなかったんだろう?
真剣に己の気配を読む力、とやらを疑った五十嵐だった。
「で、五十嵐は?」
「食堂と訓練場に連れていってもらった。あと、玖楼殿はどうやら玄武である関係で、対異界で負傷した人間の医療を一手に引き受け、病院を建てておられるらしい。別世界にもいくつか」
もちろん、治癒まで彼が全て引き受けているわけではない。そういった力を持つ人間もいるらしく、彼らに手伝ってもらうという。
「どこかで館内地図を見たと思うが」
覚え書きだが、さらさらと館内地図をノートに書き出す。
組織の建物は少し奇妙だ。
一つの巨大な柱……「麒麟の搭」と呼ばれるそれを囲むように四つの柱が建っており。ちなみに柱はこの世界の東西南北にそろえてそれぞれ「青龍の搭」「白虎の搭」「朱雀の搭」「玄武の搭」と呼ばれている。
先ほど案内されるまでいた玖楼の部屋やロナンの部屋など五つの部屋は、この麒麟の搭にあるらしい。ちなみに食堂や図書館あたり、全員が活用するものも麒麟搭(略する)の一階にしたのだという。それ以外の四つの搭の一階はテラスとなっており、主に移動空間となっている。そして麒麟搭の周りの花畑は何故か一年中蕾らしい。
搭と搭も同じ階どうしで繋がっているため、別に移動に苦労することもないそうな。
「大体こんな感じか」
「うわー優一、相変わらず絵上手いな!」
ちなみに玲奈が描くと、館内図であろうと何であろうと、一種の芸術とも言えなくもない物体に成り果てる。
「それで、五十嵐は何を話された?」
「主にはこういった、搭の説明でしょうか」
「ハイハイハイハイ!」
玲奈が小さく手を挙げた。
「あたしそれ、されてない!」
「待て待て。今説明するから」
煩いのでとりあえず頭を叩いておく。
麒麟搭以外の搭は、ほとんどが居住スペースなのだという。朱雀搭には炎使いが、玄武搭には水使いと治癒力を持つ人間が部屋を支給されており、青龍搭に木使いが、白虎搭に雷使いが部屋を支給されるのも同じらしいが、あまりにも数が少ないので、力を持たない人間やそれ以外の属性……風使いなども二つの搭に部屋を支給しているのだという。
故に、青龍・白虎搭に部屋を持つ人間が朱雀搭に転居、ということもあるらしい。力を持っていなかった人間に炎が発現とか。
また、それぞれの青龍・白虎・朱雀・玄武と呼ばれる彼らも搭に自分の居住スペース及び執務室がある。
五十嵐はそこまで説明してから、一息ついた。
現在、青龍と白虎が組織に不在だと玖楼から聞いていた。彼らはどこで何をやっているのだろうか。
「……で?」
玲奈が目をキラキラと輝かせている。
五十嵐は説明に戻った。
「……あとは病院と、調練場、と言ったかな。武闘場だ」
玲奈のキラキラが増した。
「……病院も武闘場も、玄武搭の裏に建てられている。理由としては、そうだな」
五十嵐は言ってみた。
「無駄死にされるのも困るから、組織に入るのには登用試験が行われるらしい。それで武闘場を使うようでな、負傷者も出るらしい。それを治癒するために、武闘場も病院も、治癒使いのいる玄武搭の側に建てたんだと」
玲奈と国王の口が、ぱかりと開いた。
「……登用試験?」
「二人も受けなければいけないのか?」
「力試しとしても、是非受けてほしいと」
五十嵐は、言ったときに玖楼が浮かべた柔和な笑みを思い出す。
「まあ、ええけど……そうやって登用に制限かけてんのに給料があんまり手に入らんってのはなぁ……」
気になる言葉に、五十嵐は玲奈を見た。
「給料があまり手に入らない、だと?」
「らしいで」
今度は、玲奈が説明を始める。述べたので省略。
「まあ、あたしらが武士団で稼いでた方法を使えって言うといたけど」
「あれは儲かるからな」
国王も頷いている。
「それで、玲奈は何を聞いたのだ?」
五十嵐がいる前で名前呼びとは。アレか、会えなくなるかもしれないからこれぐらいやらせろというヤツか。
ぐわんぐわんと頭痛を感じる五十嵐に気付かない玲奈も普通に応じる。
「組織の順列とか、あと要所の説明とか」
五十嵐が反応した。
「済まないが、順列について詳しく教えてくれ」
「はいよー」
先ほど出てきた麒麟の搭。この麒麟は四神と呼ばれている青龍・白虎・朱雀・玄武のように、中央を守護する神獣なのだという。
「シンジュー?」
「神様の一種らしいで」
この麒麟も組織の四人と同じく、そう呼ばれる人間がいる。属性は土。歴史を見る限り、誰も見たことがないとも伝えられている。しかし、どうやら麒麟は四人の上、つまり彼らを纏める役割の人間として現れるらしい。
よって、麒麟>四神の四人>∥越えられない壁∥>組織のヒラ社員となる。
ちなみにヒラ社員にも順列があるそうだ。
「まずはまあ、導入やな。それでなんやけど、順列は下克上アリの、ほんまに実力主義みたいや」
二ヶ月に一度、異動が起きる。今まで上司だった人間が、気が付けば自分の副官にいる、なんてことも有り得る。異動で落とされたくない人間も、異動で上部に行きたい人間も頑張るから、軍は精強になっていく。
別に五十嵐も国王も驚かない。武士団も近衛も、それが普通だったのだから。
玲奈が苦笑を浮かべた。
「つまらなそうな顔すんなや」
ヒラ隊員なら、下から二等兵、一等兵、上等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長、兵曹長、準尉、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将と昇格ごとに上がっていく。
また、大将も中将も少将も准将も、組織で一人。この四人が四神らと話し合って戦の作戦やら班の編成やらを決める。
現在はロナンと玖楼だけで、更に玖楼は実質回復専門なので、戦闘はロナンが主に仕切ると聞いた。そして、一人では厳しいものがあるので、アンヌを頼っているのだとも。
班についてだが、大尉を隊長としておよそ三十ほどの班がある。少佐、中佐、大佐の佐官と呼ばれる彼らは数人おり、上の将官から下った作戦をそれぞれが決められた大尉に伝えるだけの役目だ。また、佐官のみ、将官のみで構成される班もある。
「なあ」
ここまで聞いて、五十嵐が手を挙げた。
「佐官が一番楽じゃないのか?」
「まあそうなんやろうな」
将官は作戦を練らなければいけない。大尉などの尉官は大勢の人間がいる班を指揮しなければいけない。それに比べれば、楽な方だろう。
佐官になってやると心に思った五十嵐である。
玲奈はまた話しに戻った。
「この班の人数やけどな。尉官はそれぞれ一人ずつやけど、伍長、軍曹、曹長、兵曹長は一つの位に二人、兵長、二等兵、一等兵、上等兵はいっぱいらしい」
兵の数は班によって違うのだという。それこそ、大尉の気性に関係してくるのだろう。
「ええ大尉のとこに行きたいなー、後方でずっと待つとか嫌やで」
「全くだ」
何度も頷く五十嵐が、不意に固まった。
「五十嵐?」
「……今まで忘れていた、気が、するんだが、だな」
カチコチと口を動かし、一言、告げる。
「……バジル、とかいうあの子供は、いつ助けるんだ?」
「……アンヌさんらも忘れてる気がする」
子供が牢屋の中でくしゃみを立てたのかは定かではない。
アンヌは玖楼、ロナンとそれぞれが得た情報を擦り合わせていた。ちなみにロナンはゼロだ。
「……だって、話しにくいんですよ、あの世界の言葉」
「あなたも図書館に残すべきだったかしら」
アンヌは苦笑している。
三人は、一つの可能性を考慮していた。
曰く、鈴無玲奈と五十嵐優一は、異界の者が化けているのではないか。
二人を組織に入れ、丹洪、ひいては国王から引き離したのもこの心配からである。
二人の過去は聞いたが、玲奈は異界に遭遇したさい殺され、その自覚が無いまま、異界の者に成り果てている可能性がある。五十嵐は少し疑いは解けたが。
ちなみに、異界の者でも力や能力は使える。死体が生前使っていた物をだ。
「……玲奈さんが青龍か白虎になってくれたら楽なのですがね」
「麒麟でも良い」
ロナンのこぼす通りだ。神獣は異界の者には憑かない。
しかし、玖楼は先ほど玲奈が異界の者ではない、との判断を強める話を五十嵐から聞いていた。
「二人とも、少しいいかのぅ?」
二人の意識を向けさせる。
「鈴無についてじゃが、五十嵐が奇妙な事を言うておったわ」
「そういえば、ですが」
そう切り出した五十嵐は、苦笑で玖楼の興味をひいた。
「丹洪や国王陛下を悪く言う奴や、愛国心が全く無い人間を、あいつに近付けないで下さいね」
「どういう意味じゃな?」
「玲奈が愛国者なんですよ。それも極度の」
そこまで聞いたアンヌが、露骨に嫌そうな顔をしている。
昔「愛国者というものは、部分の利害のほうが全体のそれよりも大事だと考えているらしい人の事を言うの。政治家に手もなくだまされるお人好しで、征服者のお先棒をかつぐ人でもあるわね」彼女がそう辛辣に切り捨てたのを聞いたことがある。
要するに、アンヌは愛国者が嫌いなのである。
「……何の根拠があるのかしら?」
その声も冷たい。
「昔、本人から国を熱烈に愛する話を聞いたことがあるらしい。今は落ち着いたが、一時期お国の為に、と無茶な特攻をかけた頃もあったらしいの」
そして、落ち着いたとはいえ、命を捨てろと言われれば、今でも躊躇いなく自刃はしてのけるだろうと。敵陣の中に突っ込んで逝くだろうと。
「馬鹿らしい」
玖楼もそう思う。国のようなものに心を傾倒させて何が嬉しいのか、理解できない。
しかしながら、であった。
「理由、なのじゃろうな」
五十嵐は話した。彼女が無茶をしないよう、それを止めるよう。上の人間に。
その決意を無駄にする必要など、どこにもない。
「鈴無は異界から出てきて、戦場におった。そこで鈴無家当主に保護されて、見たそうじゃ」
丹洪が攻める様を。丹洪が勝つさまを。
「戦に、魅せられたのじゃな」
この国にいれば、大丈夫。そう、心に言い聞かせ、日本に帰ることを諦めて。
「それに、日本に帰ることを諦めて、その理由に国を愛しているからとな。無理矢理思い込んで」
「歪んでいますね」
ロナンが言う通り、とても歪んでいる。
しかしそこまでしなければ、幼かった子供に迷子で帰れない、というのは受け入れられなかったのではないだろうか。
子供だった玲奈が、玖楼には哀れに思う。今もその思いに囚われているのだろう、彼女にも。
「恐らく、丹洪を守る班と交換と言われて彼女が直ぐに呑んだのは、これのせいじゃの」
「でも、邪魔よ」
アンヌの瞳が迷っている。
玖楼は片目だけつぶってみせた。
「なんとかなるじゃろうて」
そこに、ノックののち少将が戸惑った顔で入ってきた。
「あの……鈴無、五十嵐と名乗る男女が面会に来ていますが」
「通せ」
二人は入ってきてまず、声をそろえで言い放つ。
「バジルとかいうあの子供は、いつ救出するんでしょうか?」
アンヌの口が引きつった。
「……すっかり忘れていたわ」
長くお待たせして申し訳ありません、お久し振りです。
いつの間にかバレンタインも過ぎてしまい……
目撃したチョコの中で一番クオリティが高かったのが担任の先生が作ってきたチョコ。複雑です。




