青い髪と黒い彼・1
突如パン、と大きな音が鳴り、国王、玲奈、五十嵐はもちろんロナンと玖楼も飛び上がった。
手のひらを思い切り合わせて音を立てた張本人のアンヌは、薄い笑みを浮かべる。
「交渉成立、でいいわね」
「はい」「ああ」
二人の首肯を確認した彼女はじゃあ、と床を指した。
「早速戦ってみましょうか。一つ下の階に侵入者、もう少し細かく言うなら墓泥棒よ」
玲奈の口元から感情が消える。
彼女は玖楼の執務室の窓を開けて飛び降りた。
「!?」
アンヌらが呆然となる側で、五十嵐と国王が溜め息と共に呟く。
「即決判断はあいつの良いところだが……」
「うむ。あれは何度見ても胃が縮むな」
それで、と国王は暢気に尋ねた。
「正規の道はどこにあるのだ?」
玲奈は窓から飛び降り、一階下の部屋の窓ガラスを足で蹴り割って中に押し入る。
着地した彼女は、廊下の惨状に眼を見張った。
床が血で赤い。しかし死体が、一体も落ちていない。
突き当たりの扉を刀で切って開けると、二人立っていた。
「あー。まだ残ってたんだ」
そう言って腰に手をやった青年。髪が碧く、眼が黄色に輝いている。玲奈は爬虫類を連想した。首元にスカーフを巻いている。
その隣の大柄な男性。髪も眼も服も黒い。
男性が腰を低くしたのを見て、青年がこらと彼の頭を叩いた。
「死体にキズ一つ付けないように、って主に言われたでしょ? レティが暴れちゃ駄目なの」
青年の言葉で玲奈が反応した単語は二つ。
死体と、主。
「……あんたら、異界の者か」
「大当たり」
青年がへらへらと笑う。
「色合いはともかく、隠すとこ隠したら人間に見えるでしょ? だから主に死体持ってこいって頼まれてさ。ここなら能力者もいっぱいいるし?」
玲奈の首の真横を、ナイフが通り抜けていく。硬直した彼女を他所に、青年は短刀を構えて笑みを浮かべた。
「雑談、長すぎたね。新入りさん?」
明確な殺意を浴びて、玲奈は少し嘲笑う。
ナイフを投げつつ、青年が飛びかかってくる。しかし。
「遅い」
玲奈は必要最小限、彼女の体に当たるものだけを弾いて、青年と剣を合わせた。
もちろん、愛用の魔剣でだ。
青年は玲奈を面白そうに眺めた。
「ここに入ったのは新入りだけど、戦には慣れてます的な人だったんだ」
副団長に、矢で何本も射てもらったこともある。団長に、稽古で投げ飛ばされたことも、剣を合わせたこともある。
玲奈はにっと笑った。
「侮ったらあかんで」
青年は眉を潜めたが、魔剣が巨大化したのを見て、ぎょっと彼女から離れた。
玲奈は叫ぶ。
「伏龍封雛!」
叫んで、振り下ろす。竜巻が二人を切り裂いた。
しかし二人は、動じなかった。
「ひゃー怖い」
青年が竜巻で千切れた左手を眺めながら言う。
まさか、痛みを感じないのか。
そして男性は裂けた肩を回し、眉を潜める。口は一度も開いたことがない。
そしてその二人を、今度は炎で出来た鎌鼬が襲った。
玲奈が振り返ると、ロナンが鉄扇を広げている。扇の端から火の粉がはらはらと舞い落ちる姿は、どこか妖艶さを身に纏っていた。
「ご無事ですネ?」
その後ろから国王が火の玉を飛ばし、二人に勝手な動きをさせないよう牽制している。
ロナンは青年を睨んだ。
「遺体を返しなさイ」
「ヤだね」
舌を出した青年と男性の周りを、黒い渦が包む。
渦が消えたとき、二人は跡形もなく逃げ去ったあとだった。
玲奈が顔を歪める。
持ち去られた遺体のなかに、鈴無当主の遺体があるのだ。
五十嵐を引き連れたアンヌは、突如現れた黒い渦を容赦なく炎で炙った。地獄の眺めかと思いながらも、五十嵐は眼を離すことができない。
渦が消え、咳をする二人の男が現れた。若い方がアンヌを見て、表情を強張らせる。
「やべ」
アンヌが柔和に笑う。しかし五十嵐には彼らに対する死刑宣告の笑みに見えた。
「考えなんて読めるのよ。童どもが」
青年が身動ぎして、スカーフを落とした。首元に生えた爬虫類の鱗が、鈍く光る。
目を丸くした五十嵐をよそに、アンヌは大きい方の男の鳩尾を蹴り上げた。
「が……あ!」
男の悲鳴と共に、口から光輝く何かが出てくる。アンヌはそれを自分の手のひらに集めて、瓶に流し込んだ。
「あと数体の遺体が出てこないわね……切り刻んでみようかしら」
怖い。五十嵐は異界の二人よりアンヌの方に恐怖を感じた。殺意に晒された二人は真っ青になって、両手を突き出す。
ぼん、という何かがはぜる音と共に二人は逃げ出した。
「逃げたか。優一、帰るわよ」
五十嵐はガタガタと何度も頷いた。