苦戦
国王は悪態をついていた。少女は呆れたように彼を見上げている。
「もてもて、だな」
「なんと嬉しくないモテ期だ」
二人は手やら化け物やらに囲まれていた。
化け物の形はそれぞれ。だが、彼らに共通しているのは、元が人間であった、ということ。人間の体の一部が変形、または別の動物の一部が無理やり合わせられている。
虎の頭をした化け物が、国王に飛びかかり、首をはねられる。国王は何も動いていない。少女は剣を持たず、手袋を着た手を動かしていた。
二人の周りに張り巡らせてあるのは、ワイヤー。その先は少女に繋がっている。
少女は低く笑った。
「これ以上近付いてみろ。首が飛ぶぞ」
その言葉に化け物はジリジリと下がる。
それを見て国王は呆れ顔で少女に言ってみた。
「お前の職業は何だ?」
「今は護衛だが、昔は暗殺だったな」
「……その過程であの女性と出会ったか」
「然り」
質問だが、と国王は言いながら器用に火の玉をワイヤーの間から化け物に向かって飛ばす。
「何故奴らは俺を狙う? そしてお前が義父上……鈴無当主を背負う理由は何だ?」
そう、少女は事切れた玲奈の義父を、背負って移動していた。
少女は国王の問いに苦笑する。
「異界の話はしただろう。異界の主は死体を自らの手足として操る。無論、死体に命を創り吹き込むことなど造作でもない。そしてお前は火の玉を扱える。この男は心が読めるのだろう」
「つまり、俺を死体にして操ろうと」
国王は額に手をやり、がっくりと肩を落とした。
「……民が無事なのかが心配だ」
「安心しろ。恐らく、アンヌ様が結界を張られた。奴らは、王都から外へは出られないようになっている」
少女は人差し指で手を指す。
「だから、城の者はお前以外全滅したのだがな」
国王は苦しそうに俯いた。それを無視した少女はさて、と考え込むように呟く。
「アンヌ様は王都ごと奴らを滅するつもりだ。しかしあの方はあの童共と金色を連れて、逃げられたからな。然って増援はまずない」
「……絶体絶命なのではないのか?」
「だから考えている。ふむ」
少女は国王の腕をわきで挟んだ。
「やはり、一度組織に逃げるか」
「何を……おおっ!?」
少女が手元のワイヤーを千切った為、統制の崩れたワイヤーが暴走を始め、最前列にいた化け物達を刈る。
さっさと別世界に移転するか、と考えた少女だが、気付いてしまった。
「……リョク、と言ったか? 丹洪国王よ」
「そうだ」
国王に、当主の亡骸を押し付けた。
「これを持って、先に行け。バジルの使いだと言えば、待たせてくれる」
「何を……」
国王の周りに黒い渦が現れ、国王を飲み込む。少女の方法で国王を別世界に送った彼女は、息を整えた。
剣を抜く。
この圧倒的な威圧感。化け物が動かない理由。
奴が来る。
悪寒が走り抜けたその瞬間、少女は吹き飛び、気を失った。
不意に、完成したオムレツを口に運ぶ女性が口元を押さえた。
「アンヌさん?」
女性の顔は青い。
「……バジルが異界の主に捕まったわ」
衝撃のなか、一番始めに口を開いたのは団長だった。
「……他の人間は?」
「王都にはもう、生きた人間はいない」
玲奈がまさか、と悲鳴をあげる。
「陛下は!?」
「彼なら、あの子が私の居候場所に転送したから大丈夫」
女性はただ、と眉を潜めた。
「バジル。彼女が舌を噛みきって自害しそうだから怖いのよ」
「……自殺?」
「そう、自殺。彼にあの子は殺せないだろうから」
女性は手早くオムレツを食べ、団長に向き直る。
「ごめんなさい、須王。あなたをここで休ませる時間はないわ。食べたらすぐに、私が居候している場所に向かうわよ」
「承知した」
団長も食べ終える。久々の団らんとばかりにゆっくりと食べていた三人は、慌ててかき込んだ。
その光景に、また女性は笑う。
噂の本人は、まさに今舌を噛みきろうか思案しているところだった。
そこに、食膳を運んできた青年が現れ、呆れた表情を浮かべる。
「……その妙に堅苦しい考え方は、相変わらずのようですね」
「たかが十年ごときで変わる訳がなかろう」
牢に閉じ込められ、手足に鎖が巻き付いている状態でも、少女は冷静さを失わない。青年は彼女を見て、軽く舌打ちを立てた。
「もう少し柔軟な考えでしたら、こちらに戻ってもらえるかと思っていたのですが」
「もしも、の話だろう。下らん」
切り捨てた少女は、食膳をつつき、青年をにらむ。
「毒薬など、入れていないだろうな?」
「貴方には効かないでしょう。そんな下らないこと、しかも利益が何もないことを、私がするとお思いですか?」
皮肉たっぷりの言葉をさっくりと無視した彼女は、食膳に手をつけた。うまそうに食べる少女を見て、青年の目元が伏せられる。
「……図々しいとは承知の上で聞きます。本当に、こちら側に戻っては来ませんか?」
「断る」
簡潔明瞭に拒絶した少女は食膳を食べ終え、ごろりと牢に寝転んで目を閉じた。
「……マイペースなところも変わっていませんね」
青年はそれだけ言って、姿を消す。
少女はうっすらと目を開け、苦しそうに口を引き結んだ。
青年は無理だと分かっていても、勧誘を止めない。
昔、面と向かって言われた。異界にも私にも貴女が必要だと。離反を起こした時、最も傷付いた顔をしていたのも彼だった。
それを首を振って、頭から追い払う。
まだ自殺は早い。異界の主は自分を扱いかねている。脱するには、それを上手く利用するしかない。決して、また勧誘に来るだろう青年に会いたいからではない。
しかし。
少女は自分の手を見て、その手を染めた誰かの赤を思い出す。
もう、自分の意に沿わない殺しはしない。
食べ終えた三人を確認した女性は、彼らと団長を玄関に立たせ、勢いよく扉を開いた。結界が破られ、手が伸びてくる。
女性は右手の人差し指を軽く揺らした。
「行くわよ」
四人の周りに風が舞う。
最後に玲奈が見たのは、女性が焼き払った手の残骸だった。
五人は風に包まれる。
久々の二話連続投稿でした。
…前の話があまりに短かったからですが何か。