女性の忠告
「話は変わるのだけれど、緑香ちゃんが持っていた結界の護符は、私達が内側から破らなければ、もしくはバジル辺りが特攻というバカを仕出かさなければ、永遠に奴らを入れないで済む」
歓声を上げかけた三人に但し、と彼女は薄く笑った。
「この家には食糧の補充があまり無い。三日も持たないでしょうけれど」
「……それってかーなりピンチだと思いますが」
「そうでもないわよ?」
女性は玄関を指した。
「須王の回復は早いから、一日寝れば全快するでしょうし。内側から結界を解いて、奴らが突入する前に移る。そうするのが一番楽で効果的かしら」
そう言い放った女性はただ、と緑香を見て済まなそうな表情を浮かべる。
「この家は今後全く使えなくなる上に、緑香ちゃん、貴方も奴らに目をつけられた可能性が高い。一緒に逃げてもらわなければいけないわ」
緑香はにっと笑った。
「それくらいいいですよ! 元々この家別荘ですし、私も家出中ですから。それに、お姉ちゃんと、もっと話したいですし。一応護身術なら習いました!」
四人は思わず黙り込む。
始めに恐る恐る発言した玲奈は、緑香の肩を掴んだ。
「……さっきの電話はどこに?」
「危なそうなので、牛乳配達と新聞配達を止めてもらったんです」
五十嵐はその、と緑香を見る。
「……それよりだ。両親とは仲良くするべきだと思うぞ?」
「嫌ですよあんなババアとジジイ」
愛すべき両親に対する暴言に、玲奈ががっくりと膝をついた。
「……何があったの?」
女性の問いに深く頷いた緑香は、玲奈を見て、怒りの声をあげる。
「玲奈お姉ちゃんのこと。自慢じゃないですけど、うち……羽栗はこの国では優遇されています。そのおかげで、玲奈お姉ちゃんの捜索はこの十四年間続けられています。それをうちの両親は、もう諦めて捜索届けを取り消そうって言い出して」
「妹としては許せないわけか」
団長が納得して何度も頷くそばで、玲奈は少し目を見開いていた。
「……まだ捜索続いてたんだ」
「うん」
玲奈は尚も何かを呟いている。
「そっかぁ……そうやんな……」
「玲奈?」
五十嵐の呼び掛けに、彼女は苦笑を浮かべた。
「いやな、そういえばあたしって、二つの家族の中に居てたんやな、と思って」
日本の家族と、丹洪の家族。
異界で引き離された家族と、異界で引き合わされた家族。玲奈は日本で、妹や家族に多大な迷惑をかけていたらしい。
そしてこれからも、かけつづけることになるのだろう。
玲奈は緑香に向き直った。
「緑香。気持ちは嬉しい。とりあえず、本人見つかったんやし捜索打ち切ろか」
「後で電話しておくね」
緑香はそう言ってから、女性に訊ねる。
「じゃあ、明日の朝、須王さん? が回復していたら出撃ですね」
「ええ。……とりあえず、昼食でも食べましょう」
女性の言葉に、緑香は首を傾げた。
「昼食ですか? もう夜ですよ?」
四人は慌てて窓を見る。確かに帳が落ちたかのように暗い。
女性がちょっと笑った。
「……これは、別世界を渡る上で注意しなきゃいけないことの一つなのよ。時差みたいなもの。私もすっかり忘れていたけれど」
「じゃあ、夕食でいいですか?」
「そうしましょう」
緑香はパタパタとキッチンに駆け込む。しばらくしてから、何かを切る音が聞こえてくる。
五十嵐が立ち上がった。そのままキッチンに向かう。
「手伝おう。何をどうすればいい?」
「あっ、ありがとうございます」
玲奈がむっとした顔になり、キッチンに駆けていく。
「優一! なーにをあんたは人の妹をたぶらかしとるんや!」
「人聞きの悪いことを言うなッ! 口が回るなら手を動かせ。それで玲奈、そこのニホンシュとやらをとってくれ」
「はいはーい」
女性も団長も立ち上がる。と、女性は団長の額を押した。
「怪我人は見学していなさい」
「皿運びぐらい手伝う」
団長はキッチンが見える小窓から顔を出し、やや顔を赤く染めながら、緑香に聞いてみる。
「その……緑香殿。貴方は一体何を作ろうとされているのですか?」
「オムレツでーす」
じゃん、と緑香は卵を外郭とした料理の写真を見せた。分かった、と頷いた団長が皿やらスプーンやらを探し始める。
それを見た玲奈と五十嵐が寝ていて下さいと叫び。
別荘は笑いに包まれていた。
遅くなって申し訳ありません。
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。