団長の話
「奴ら……異界の生き物達は、俺に関わった人間全てを消す気でいる。副団長に化けていたあれにも言われた。武士団は皆殺されただろう。恐らく……今、近衛兵を始めとする王都が狙われているはずだ」
そして団長は、玲奈に頭を下げた。
「鈴無。お前の父親を、助けられなかった。済まない」
思い出したくなかったことを突き付けられて、玲奈の瞳が歪む。
不意に、アンヌがぎゅーっと、玲奈を抱き締めた。
「泣いてごらんなさい」
玲奈が涙を解放すると、歯止めが聞かなくなっていく。
彼女は女性にしがみつき、ただ嗚咽を漏らしていた。
玲奈が初めて人に甘えるところを見た。そう五十嵐は思い、また、それほど当主たる父が彼女にとって偉大で大切だったのか、それを思い知らされる。
五十嵐にとって父親同然の当主がいなくなってしまった。それが、彼の心にも重くのしかかる。
五十嵐も頭を垂れ、低く唸った。
二人が落ち着いたのを見計らった緑香が、四人をリビングに案内しお茶を配った。
「ありがとう」
ぐずぐずと鼻を鳴らす玲奈が、お茶をすすって目を細める。そして目をぐいとこすって、女性と団長を睨んだ。
「何があったのか、団長は何なのか。全部教えてください」
お茶を一息で飲み干した団長が、ああ、と低く声を発する。
「全ての原因は俺だ」
そう言った彼は、包帯を全て外していく。
外し終えた彼は、四人に背中を向け、金色の長髪をずらした。
「何があるか、見えるだろう?」
「これは……」
緑香が、物怖じせずに、団長のそれに触れた。
「鱗、ですか?」
「その認識で間違っていない」
金髪で隠されていた場所、首の付け根から腰にかけて、背中が金色の鱗でびっしりと埋め尽くされていた。
彼が異常であると認識したところで、女性は団長を指す。
「彼、須王は知られないことで、その力を高めていた。この須王という名前も、丹洪ででっち上げたのでしょう」
「浮草につけてもらった。そして、俺の事を知っている者のほとんどは、俺を始神と呼んだ」
五十嵐が首を傾げる。
「シシン、ですか?」
「そう。始まりの神と書いて、始神」
女性はうっすらと笑った。
「全世界を始めに創った神だものね」
うわぁ、と緑香が声をあげる。
「うちで言う、創竜神なんでしょうか!?」
「そうとも呼ばれていた」
面倒そうに答えた団長はさて、と話を元に戻した。
「まず世界とは何か、定義を立てるとするか。世界とは、ビー玉だ。ビー玉の中に宇宙があり、銀河があり、太陽系があり、地球があり、俺達がいる。そういうものが、他にもごまんと存在している」
団長は偶々そばにあったビー玉を手にとり、宙でもてあそぶ。
「そして神が世界を創ると、何かしら神はその創った世界の所有権を得ることになってしまう。世界は所有されることで安定して、存在できる」
「しかしその神が倒れたとき、世界は不安定になって、消滅してしまうの。そして世界が消滅するとき、側にある世界に大量のエネルギーを撒き散らす。そのエネルギーを、異界の主は欲しているのよ」
女性の説明に、聞いていた玲奈が恐る恐る手をあげる。
「すみません。でも団長が全世界を創ったんでしょう? 団長がその……倒れたら、異界を含めて全部消えて亡くなるんやないですか?」
「そこに、異界が異なる世界である所以が隠されているんだな」
玲奈の質問に団長は溜め息をついて、コインを手にした。
「異界はよく、コインの裏に例えられる」
「裏ですか? じゃあ表は?」
「世界だ」
簡潔な答えに、玲奈、五十嵐、緑香の三人で顔を見合わせる。
それを見越した団長は、さて、とコインとビー玉を掲げた。
「よくゲームで反転世界、とやらがあるだろう。それと考えていい。表である世界から、何らかのきっかけがあって、裏の異界に迷い込む。そして世界は繋がっていないが、異界は繋がっている」
「玲奈が良い例ね」
女性に言われて、やっと納得した。
「あの紅い世界ですか!」
女性はくすりと笑う。
「そう。あれが、異界。玲奈の場合、異界の化け物に悪戯半分で手を掴まれて、川に落ちちゃったでしょう? それが、きっかけ。そして異界を歩いたことで世界を渡って、丹洪に出てきた」
五十嵐がはっと背筋を伸ばした。
「では、その中で異質だった白髪の男性、彼が」
団長が重く頷く。
「異界の主。手や副団長に化けたあれなど、全てを操る異能者。そして異界の所有権を持つ者」
「須王、話が逸れているわ」
「済まない」
団長はふいと頷き、指を立てた。
「このように、異界は裏を担当するように思える。しかし……ここが異界と他の世界が一線を駕するところだな。もし、異界以外の全世界がなくなったら」
団長はコインを割り、ビー玉を指で弾く。
「異界は異界の世界の一部を、表に出すことができる。それで、異界は消えなくとも済む。さらに、異界の所有権は俺には無い。だから、俺が死のうが死なないが、異界の存続に関係はない。まあ、所有権は俺以外にも持っている奴がいるがな」
話し終えて、沈黙が辺りを支配した。
「……えーと」
玲奈がぼそりと呟く。
「異界ってかなり厄介なんですね」
「そうよ。だから攻めあぐねているの」
「それに、異界に入る方法が限られていて、それらは全て異界の主が握っている。だから迷い込む他、異界に忍び込む方法が無い」
余計、異界ってやつが危ない者の城に思えてきた五十嵐である。
ならば、異界の主をどうにかすれば良い。
「……その、異界の主と和解する手立ては無いのですか?」
「面と向かって死ねと言われたな」
「せめて交渉に持っていって、……汚いですが、会談の際に不意打ちで殺すとか」
「主は何て言ったかしら……まあいいわ。あだ名がつくぐらい強いの。それに用心深くて、誘いにも一切乗ってこない」
玲奈は苛立ったように声をあらげた。
「だから八方塞がりですか」
「そう」
女性はさて、と言うと庭を指す。