帰郷
二人はアンヌに連れられて、林に立っていた。もちろん虫の息の団長もいる。
玲奈は、息を呑んだ。
「ここは……」
「日本。あなたが住んでいた家のそば」
さあ、と女性は玲奈を促す。
「あなたは龍石を見たはずよ。場所を教えて頂戴」
玲奈は昔川原で見た鞠のような玉がアンヌには龍石だと分かったのか、それに頭がついていけなかった。しかし、それは本当なのだろうと、ぼんやりと気付く。
何故なら、川原にまたあの化け物がいたのだから。
五十嵐は抜刀した。
また、副団長に化けていたあの化け物が、立っていた。
「早かったね」
しかし遅かったのか、化け物が龍石を手に持っている。それを握り潰そうとして。
「……あら」
女性が何かに気付いた。気付いて、二人の手を掴む。
「玲奈、優一、ダッシュ! 玲奈の家まで、全速力で!」
「うわっ!?」
「奪取?」
言うが早く、駆け出した。二人も走るしかない。
化け物は訳が分からない、と首を傾げてから龍石を潰そうとしたのだが。
龍石はぐにゃんと曲がった。
「……これって、鞠?」
五十嵐は走りながら女性に聞いた。
「アンヌさん、何で龍石から逃げ……」
「あれは龍石ではないの! 玲奈が探していたはずの鞠よ。そして玲奈の妹は、別のものを鞠として、ついでに貴方が消えた原因として大切に保管しているでしょうね」
聞いた玲奈が、まさか、と声に出してぐんと速度を上げる。羽栗という表札の家に辿り着いた三人はインターホンを連打した。
「……はい?」
出たのは、若い女の声。
玲奈は躊躇いなく怒鳴った。
「緑香! あたしのこと覚えてる!?」
しばらく無言が続いたのち、返答がきた。
「玲奈……お姉ちゃん?」
「その通り! オレオレ詐欺やないからちょっと開けてほしい! で、鞠を見せてほしい!」
玲奈の要望に、恐る恐ると少女が顔を覗かせた。団長がうわ、と声を漏らした。
玲奈の妹は、美少女だった。
「……玲奈の妹?」
「……突然変異万歳」
「ソコの男二人、何を言っとんのや」
睨みを利かせた玲奈は、緑香に向き直った。照れる。
「えーと……久し振り?」
緑香は目を見て、しばらく表情を動かさなかった。
「お姉ちゃん、だよね?」
「うん」
「幽霊じゃないよね?」
「足ついとるぞー」
冗談交じりに玲奈が返すと、不意に、緑香の目じりに涙が浮かんだ。玲奈は内心で焦るが、それを表には出さない。
だって、久しぶりに会った妹に情けない所見せたくないし。
「……いなくなって、すごく怖かった」
「ごめんな」
「すぐに警察に連絡したのに、ぜんぜん見つからなくて」
そら異世界におったらな。
「元気だよね?」
「うん」
「なら、良かった」
緑香はそれだけ言って、無理に微笑んだ。それを見て、玲奈は彼女に心配させていたのだと改めて実感する。
「ありがとう」
玲奈が礼を言った瞬間、いきなり手が伸びてくる。
「きゃあ!?」
緑香を無視して躊躇いなく切り捨てた玲奈は、彼女に向き直った。
「鞠を見せてほしい。奴らが追ってんのは、あたしらやから。すぐに出ていくし」
「これ?」
ひょい、と差し出されたものを見て、首を傾げる。
どう見ても古ぼけた鞠にしか見えない。
「アンヌさん?」
「当たりよ。須王」
「はい」
団長は呼ばれて龍石らしきものに手を伸ばし、掴んだ。
光が団長を包む。
光が止んだのち、団長は疲れはてたかのように座り込んだ。
「ありがとう……お陰で何とかなりました」
視界の端に移った手を、指一振りで消し去ってしまう。
女性が団長の包帯を解くと、傷一つ無い、清潔な肌が姿を現した。
「え、怪我は!?」
「さっきので、治った」
一息ついた団長だが、貧血はまだ回復していないらしい。よろよろと女性に歩み寄り、その肩に腕を回す。
「……何をしてほしいの?」
「奴と戦いに行く。浮草の仇を取る」
女性は深く深く溜め息をついた。
「そんな体で行っても足手まといになるだけ。どこかに結界を張って身を隠しましょう」
そう言った女性に、何故か緑香が恐る恐る声をかける。
「あの……うちに泊まりませんか?」
四人はそろって間抜けな声を出した。
「へ?」
「だからっ!」
緑香が顔を真っ赤にして言い募る。そして女性に細長い、ひょろひょろとした字の書かれた紙束を差し出す。
「多分これで結界が作れるんです。何か前におばあちゃんが作ったのを見たし……それで、お姉ちゃんまた行っちゃうみたいだし、私もお姉ちゃんの邪魔になりたくないけどもっと話したいし、だから休憩所になったらいいと思って……」
女性は紙を受け取って、目を丸くした。
「緑香ちゃん、あなた、名字は?」
「は、羽栗です」
その答えに納得したらしい女性は、団長を家の中に放り込み、玲奈、五十嵐を家の中に押し込むと、紙一枚を玄関にくくりつけた。さらに扉を閉め、ドアの取っ手にも紙をくくりつける。
しばらくじっとした彼女は、やがて座り込んだ。
「ごめんなさい。じゃあ、お言葉に甘えて、彼が回復するまでの間、ここに匿ってもらうことにするわ」
「山の!」
団長が女性に詰め寄る。
「そんなことをしては、彼女まで奴らに狙われてしまうだろう!」
「それは、どういう意味ですか」
玲奈が疲れたように問うと、団長は険しい顔でゆっくりと話し出した。