鈴無玲奈と五十嵐優一という者
舞台は地球とはまた違う場所。
国の名は丹洪。大陸の隅にあるため海にも面している。天気や四季によれば、北に行けば雪が見られ、南に行けば熱帯雨林が見られる。また、丹洪は軍事国家で、隣国との戦が絶えない。
町の名は久野。丹洪の首都、唐橋に近い。国のほぼ中心部に位置し、紅葉が綺麗なことで有名だ。
その久野には、丹洪が有する武士団のようなものが駐在していた。
疾風迅雷で知られ、丹洪屈指の最強軍団とされる。団員も快活で明るい者が多く、あまり悪い話は聞かない。
しかし、一つだけ。その武士団の話をする際、眉と声を潜めなければいけないことがあった。否、潜めなければいけない者がいた。
武士団には、極めつけの曲者がいた。
名前は鈴無玲奈。筆頭名門家で知られる鈴無一族の長男の次女。次期当主爵位継承は第二位。
文だけを読めば、お高くとまったお嬢様の印象を持たれがちだが、本人にそれを悟られて、生きて帰ってきたものはいない。
彼女の性格はむしろ良い。曲がったことは大嫌いで、明るく、冗談も言い、皆の盛り上げ役をよく買って出る。
ただ、苛烈だった。気性はかなり激しく、好戦的で功名心は高い。プライドも高い。
そして彼女は、馬術や槍術剣術拳法は勿論、武術を全て網羅していた。今、彼女に勝てるのは、団長と玲奈の相棒だけだとの噂もある。
つまり、味方にするには心強く、敵に回すには最も悪い相手だ。そして、彼女は時折鈴無一族の仕事もこなすので、そこは名門の悲しさかな、黒い話や情報が舞い込んでくることも多い。
そして、その内容が玲奈の気に食わなかったらどうなるか。
即刻、首が飛んだ。毎年最低一人の首が飛ぶ羽目になっている。分かりやすく言えば、悪いことができないのだ。
だから、後ろ暗い連中が玲奈の話をするときは大抵、声を潜めて話すのだった。
そして今、玲奈は久野の自室で仮眠の最中だった。
大の字になって爆睡する玲奈の表情は、かなり笑いを誘う。いたずら好きの者なら、喜んでその顔をカメラで撮影するだろう。
しかし、彼女の部屋に無断で入ってくる不届者は、三人を除いてもうこの世にはいない。
そしてその三人が一人、相棒が玲奈の部屋の扉を叩いた。
「おい、玲奈……玲奈!」
「んあ? 優一?」
「入るぞ」
返事を待たずに入ってきた相棒の名は、五十嵐優一。相方の暴走を抑えることのできる唯一の人物だ。
山のようにどっしりとした体に、大きい図体、刈り込んだ栗色の髪に茶色の瞳はよく映える。
見た目は軍人というより、一種の傭兵にしか見えない。
少年の頃から天才少年剣士と呼ばれ、剣術は彼の右に出る者はいないと言われていたが、武士団に入って、世界は広いと痛感したという。
それでも時折五十嵐と玲奈が模擬稽古として刀を交えると、どちらも見るもの全てを虜にするほどの鮮やかな手並みなのだ。
その五十嵐は、彼女の顔を容赦なく踏んづけた。
「……痛い」
「当たり前だ。さっさと目を覚ませ。今日のうちに国境まで向かう話を聞いていなかったのか?」
「聞いた。せやから今仮眠とって……」
そこまでごにゃごにゃと呟いていた彼女は、しばらくしてから勢いよく起き上がった。
「もうそんな時間なんか!?」
「そんな時間になってもお前が姿を現さないから、ペアの俺がお前を呼びに来たんだ」
「うわ、やば!」
飛び起きた彼女は、ばたばたと用意を始める。短い黒髪がえげつない方向に伸びていることに気付いていない。
五十嵐は額を押さえた。
毎度毎度、相棒のこんな姿を見るとは夢にも思わなかった。
「先に戻るぞ」
「あ、ちょい待ってや! せめてこれだけは持っていって!」
投げつけられた袋に溜め息をつきながら、五十嵐は部屋を出て扉を閉めた。