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英雄は最後に笑った  作者: 蝶佐崎
第一章
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崩れた日常


 副団長は苦笑を浮かべた。

「泥に足を埋めたら、動くのに筋力が()るだろ? こういうのもいいかな、と思ってね」

 武士団の皆で、豪雨で抜かるんだ泥の間を歩いていた。玲奈などは女性なので筋力に一抹の不安があるのか、余計無駄に歩き回っている。

 武士団の宿舎を一周したころには、皆へとへとになっていた。

 宿舎で泥を(ぬぐ)った副団長はじゃあ、と皆に声をかける。

「十分後に訓練場集合! それまで各自休憩をとるように」

「副団長はどうされるんですか?」

 五十嵐が声をかけると、彼は怪我をした方の腕を指差した。

「腕を怪我しちゃったから感覚が狂っていてね、だから弓の練習。凱旋のときもフラフラだったし」

 副団長が弓を持って調練場に向かう姿を、団員は賞賛の目で見ていた。

「凄え……」

「休憩入れずに練習かよ」

「しかも弓だから力要るだろ? 怪我した方の腕、力入るのかよ?」

「だからソレ込みで練習するんだろ」

「副団長すげー」

 五十嵐はそんな声をよそに、泥を拭い自らも調練場に向かった。

 五十嵐も玲奈も、調練は人一倍してきたという自負がある。

 調練場に向かうと、やはり副団長は的に向かって矢を放っていた。しかし中心には僅かにずれている。

 そんな彼をよそに、二人で打ち合いを始める。

 それを観にわらわらと周囲に人が集まる。

 一度汗を拭いに部屋に戻り、また調練場に戻った二人は。


 団員達が血塗れで倒れている、その光景を目の当たりにした。

「……へ」

 五十嵐の隣に立つ玲奈が、事態についていけず間抜けな声をあげる。

 そのとき、中央に立つ血塗れの副団長が、こちらを向いてにこりと笑った。

「二人とも、遅刻」

 いつも通りの言葉に、五十嵐の全身に戦慄が駆け巡る。

「……副団長。これは!」

「調練だよ。内容は簡単、真剣でオレと戦いましょう、ってね」

 そう言った副団長は血がこびりついた真剣を煌めかせ、真っ直ぐ玲奈の首を狙った。

 狙い、間に割って入ったアンヌの両手で刃を受け止められていた。

「危ないわね。こっそりついてきていて、本当に良かったわ」

 のんびりとそう言った彼女は、副団長の腹に蹴りを入れる。副団長は調練場の壁に叩き付けられた。

 だが、彼はにこやかな笑みを崩さない。

「やっぱりいたんだ」

 アンヌは答えず、二人に下がるよう促す。副団長はまた、彼女に話しかけた。

「貴方だよね、ボク達の邪魔をしてくれたのは?」

 一人称が変わっている。さらに、声が異常なほど甲高い。

「正確には、私とバジルよ」

「あ、そっか。鈴無領で会ったなぁ」

 玲奈がはっと副団長を見た。

「まさか、御神木と御石を壊したのは……」

「ボク。樹がかなり抵抗したから手間取ったんだけどね」

 からからと笑った副団長は人間なのだろうが、とても人間には思えなかった。

 何か、気持ちが悪い。

「何故、そんなことを」

「団長に回復されたら困るから?」

 副団長は静かに彼を見据える女性を指差した。

「団長はこの女性みたいに人間じゃない。数百年前、丹洪に神木と龍石を置いた旅人は、団長の事だった。だから、龍石を操作して、団長を回復するようにエネルギーを変換できるかもしれない。その考えは当たっていたみたいだね」

「ご名答。その通りよ。うちの子がそれに気付いたときには遅かったようだけれど」

 溜め息をついたアンヌは、地面に触れたかと思うと、一本の棒を作り出した。

 女性は、改めてそれを構える。

「失せなさい。さもなくば、殺すわよ」

「……二人を守る為だけに?」

「情が移ったの。何か悪いかしら?」

 副団長はちぇ、と呟いてから、自分の顔に手をやった。そのまま、力をこめて、べりべりと顔の皮膚を引き剥がしていく。

 五十嵐も玲奈も、息を呑むことしかできない。

 やがて、副団長の皮を脱いだそれは、新たな顔を三人に向けて、笑った。

「じゃ、お言葉に甘えて、先に王都に行かせてもらおうかな」

 動揺からなのか。アンヌが目を見開く。

「待ちなさい!」

 彼女は副団長に手を伸ばしたが、ゆらりと立ち上がった団員らを見て、諦めたかのように棒を構えた。

「……玲奈、優一。味方に剣を奮える?」

「どういう意味ですか」

 アンヌは団員らを見据えたまま、言葉をつむいだ。

「彼らは死んだ。今動いているのは、操られているから。そして彼らは今、私達を殺すために剣を抜いた!」

 団員の一人が襲い掛かってくる。女性はそれを棒で打ち倒す。

 二人も刀で受け流していた。

「らちがあかない」

 悪態をついたアンヌは、不意に二人の腕を左手で掴む。

「逃げるわよ!」

 彼女は空いた右手を前に突きだし、炎を発した。

 団員達が焼かれる。玲奈が吐きそうな顔をしている。五十嵐も。

 アンヌは二人を掴んだまま、炎の道を()けて外に出た。

 不意に、大地が揺れる。地面にヒビが入る。ヒビの隙間から出てきたたくさんの手は、一斉に三人に襲いかかった。

「邪魔!」

 アンヌはまた炎で手を焼く。

 人間の肉が焦げる臭いに、五十嵐が口元を押さえた。

 女性は二人を解放し、馬に乗った。

「アンヌ、さん」

 自然と、二人は彼女に頼るしかなくなっていた。

「どうされる、つもりなんですか」

「副団長の皮を被っていたあれは、王都の龍石を壊しに行ったの。下手をすれば、近衛兵の命も、この国の国王の命も危ない」

 五十嵐はゆらりと馬に手をかけ、乗る。

「手伝います」

「……あなた、最悪な顔をしているわよ」

「知っています」

 玲奈が頬を叩き、馬に乗る。

「あたしも!」

 アンヌは苦笑を浮かべた。

「行きましょうか」


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