五十嵐:風格
五十嵐は当惑していた。
ギンの視線が、口調が、存在感が、全て今までの彼とは違う。
視線は厳格な様子を醸し出し、口調は今までの訛りやおどけた様子が消え去り、存在感はまさに「物を言う」状態だ。
正式に謁見するときの丹洪国王や団長と会った時に似ている。
全身の本能が肌で感じるのだ。感じて、脳に云うのだ。
彼に逆らうなと。
「…………話そう」
異界の化け物の事。
丹洪の武士団副団長が殺され、すり変わっていたこと。
その偽物に武士団を全滅されていたこと、偶々その場にいなかった玲奈と五十嵐は生き残ったが、殺されかけ、アンヌという女性に助けてもらったこと。
首都に向かうと、偽物が国の大切な石を破壊していて、異変に気付いた国王と鈴無当主が駆けつけ、当主が殺されたこと。
アンヌが首都にいた人間を全て避難させ、異界の化け物を城ごと破壊したこと。
幸いアンヌが組織に伝があったため、それを頼って戦力の援助をしてもらうことになったこと。
結果、玲奈と五十嵐はこのまま働いていること。
その全てを部屋でかいつまんで話した。
ギンは五十嵐が話し終えても黙り込み瞳を閉じたままだったが、やがて窓を開け放つ。
「…………悪ぃ。すげー苛々してた。で、色々と考えてた」
あの存在感が消える。
からりと笑ったギンは、いつもの彼だ。だが、やや陰りのある顔で笑った彼はそーだなぁ、とぼやいた。
「ユーイチが話してくれたからには、オレも話さなきゃなんねーよな」
部屋の中に風が舞い込む。ギンを中心に渦を作り、弄ぶようにギンの髪を宙に舞い上げる。
「言ってなかったけど、オレはお前の言う『力持ち』だよ。二つな」
「二つ!?」
「おっ、それって実はすげー事か?」
確かロナンが希少だと言っていた。
「かなり希少だ、と聞いた」
「そっか。もう一個はあんまり役に立たねーけど」
おどけた調子で肩を竦めたギンは、舌を出して白状する。
「声が聞こえるんだよ。ちっこいガキの声でな。それも聞こえる時と聞こえねー時がある。今は聞こえねーから、力を持ってんのかすらわかんねーけど」
「…………何の声か分かるか?」
「分かってたら苦労してねーっての。この風も切り刻むぐらいしか使い道ねー上に、外の空気が必要になるから困るしな」
それから、とギンは風を消す。一瞬輝いてからふわりと消えた風をまたぎ、ギンは窓を閉めた。
「もう一つ白状。オレを養ってくれたじっちゃんな、実は信貴の宰相」
あまりにあっさりと言うので、一度五十嵐の頭に入って、また出てきた。
「………………おおう」
「トーラも固まるな! ギン、それは本当なのか?」
「疑うなよ。ハビシャム・ビリーヴ、商人に聞いてみりゃーいい」
からからとギンは軽く笑い、ふと笑いを収めて優しい顔になった。
「本当に何から何まで、まさに骨の髄にまで知識や生活の知恵まで叩き込まれたしな。いいじっちゃんだった」
「…………今は何処に?」
「十二で首都出てから一回も帰ってねーからな。分かんねーや」
ギンは首都が怖いのだという。
「近づけねーんだ。身体全身が震えて、冷や汗が出て、嫌なことばっか考えちまう」
何度も試した。けれど怖い。
「だから会ってねー」
「……難しいな」
「手前でも分かってるっての」
苦く笑ったギンはさて、と手を叩く。ふわりと風が舞う。少しなら外の空気無しでも使えるらしい。
嫌な気が吐き出されて消えた。
「んなどうでもいいことより。商連が言ってたよな。合言葉にしたって」
「大地に云々……か」
「それだよ。何でじっちゃんが商連と関係あんのか、それが知りたい」
これも聞くことな。
そう言ってギンは元気に笑った。