ギン:悪夢
「じっちゃん」が教えてくれた地図に、丹洪という名は無かった。新しく出来た国か、とも考えるが五十嵐の話を聞く限り、それも有り得ない。
ギンは結論付け、隣で酒屋の店主を睨む五十嵐を観る。
「ユーイチ」
「どこから来た、だろう?」
「……………………分かってんじゃねーか」
「異世界だ。…………気持ちは分かるが頼むからイタイ目で見るな」
五十嵐が頼むから、と悲しそうな目で見てくる。トーラはそんな彼をじっとは見ているものの、かなり冷静なようで、全く驚いていない。
「証拠は?」
「あまり無いが……とりあえず荷物でも見ればいい」
騒ぎが一段落したあとで宿の部屋に戻り、五十嵐は机にサックの中身をぶちまける。
サックの中で一番嵩をとっていたのは紙の束で、表に信貴国の言葉が、裏に別の国の言葉が書かれている。単語帳らしい。
あと、ごみ袋のなかに、水筒と携帯食料の残りカスが入っている。
トーラが、荷物の一つを手にとった。
「ユーイチ、何だよこれ?」
円盤の上に、細長い菱形の板が浮いている。板はトーラが円盤を回しても同じ向きを指しており、旅に使うものではとギンは予想した。
「方位磁針と言って、東西南北を調べるためにある道具だ」
「「ほー」」
言ったあとで、ギンも単語帳とは別に挟まれていた紙を見つける。表にしか字は書いておらず、見比べる限り単語帳に書かれていた字とも信貴国の字とも違う。
そしてギンは、全ての国の字を覚えていると自負している。しかし、単語帳の字も挟まれていた紙の字もその全てと合致しない。
「こっちは何だよ?」
「護符……お守りのようなものらしい。俺が死にかけたらこれで組織に逃げてこいと」
「組織の人っていいじゃねーか」
トーラが感心したようにそう呟いた。ギンも同感だ。
さて、と五十嵐は期待している顔でギン達を見つめた。
「異世界から来た、証明になったか?」
「いや、オレはもともとそう思ってたし」
トーラが手を振りながら、あっさりそう言った。
「何でだよ?」
「だってよ、あんな何もない森の中で迷うんだぜ? それに一番近い村はオレ達が出会ったところ街だ。あんなに小さい村ですれ違ってなかったらむしろおかしい」
むう、とギンの口から声が漏れる。五十嵐の嬉しそうな顔が眩しい。
「……ま、磁針といい単語帳の字といい、この世界にゃ存在しねーもんを見せられたら、納得するしかねーな」
五十嵐がありがとう、と拳を握る。
「タンコーに反応したのは、そこがお前の母国だからかよ?」
「ああ。国の内情も店主が言っていた通りで、間違いはない」
それは気になる。
商連の店主は異世界の事も知っている。
「異世界にも、支店があるんじゃねーの?」
それから、もうひとつ。
あの時囁かれた言葉。
『灰色の大地に白銀の稲穂が生い茂るには、貴方はどうすればいいのでしょうか?』
今まで通り、旅に逃げていたい。賞金首の輩を捕まえたり店で働いたりで金を稼ぎ、シギの色んな場所を回っていたい。
だが、トーラが外国……ひいては首都に関係があった場合、首都に行かなければならない。そして首都に行ってしまえば、恐らく、ギンの平穏な日々は崩れ去るだろう。
店主はそれを見越して問うたのだろうか。
ギンは、ぐっと拳を握った。
「……警羅のおっさん達、捕まえた報償に強盗の馬をくれるって言ってたよな。で、明日、干物屋で買ってから出発するって決めたよな。少しだけ……待ってくれねーか?」
少しでも情報が欲しい。
知り合いにも頼るが、頼る人間は多い方が良い。商連はまさにうってつけだ。
「良いが……理由を聞いても良いか?」
「国の情勢を聞いておきてーんだ。商連ならそういう情報屋も紹介してくれるかもしれねーだろ?」
「それはいいな。俺も知りたいことがある」
トーラがお手洗いに出ていく。
五十嵐がふと溢した。
「ギンが知っているかもしれないが、今のシギ国国王陛下の家族構成はどうなっているんだ?」
「……現国王陛下か? 両親は死んでいる。弟も居たはずなんだが、全然出て来ねーな。あと、風の便りに聞いた話なんだが、外国から奥さんをめとったらしい」
「妃か?」
「おう、正妻な。今はどうなってんのか知らねーけど。だから、それも商連に尋ねりゃいいだろ」
五十嵐は何やら考え込んでいるため、ギンの顔を見ていない。ギンはさりげなくタオルを掴み、顔にかけて、ベッドに身を投げ出した。
信貴国の話はギンには鬼門だ。手がじっとりと汗をかいている。心臓が激しく波打ち、呼吸は荒い。
また、自分は悪夢を視るのだろう。それを自覚して、ギンは僅かに笑みを浮かべた。




