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アイ

作者: 司(ツカサ)

アイM:朝目覚めた時あなたはいつも何を考えるだろう

アイM:今日もまた憂鬱だなとか、今日もまた頑張ろうとかそんな思いを持つんだろうか

アイM:それは決められた日常があって、ある程度やることが分かるからそう感じるんじゃないだろうか

アイM:私には何もわからなかった。だから恐怖しか感じなかった。どうすればいいのかもわからなかった

アイM:ただ、、私を外に送り出した声は、とても優しくて懐かしい感じがしたのを覚えている

風見M:俺はこの世界を憎んでいた

風見M:そして俺自身の力のなさにもずっと悩んでいる

風見M:ただ、太陽自体に罪はないと思っているから俺はいつかまた光を浴びたいと思っていた


風見は部屋に光が指す前に、自宅のアパートに戻ってきた


風見:おい、何してる?

アイ:おー、風見おかえりー

風見:だから、ベランダの縁に腰かけて何をしてるんだって俺は聞いてるんだ

アイ:何って、見てわからない?

アイ:朝を、待ってるの

風見:落ちたら危ないぞ。あと俺はそろそろ寝るよ。仕事で疲れてるんだ

風見M:コンビニの菓子パンを頬張りテレビをつける。糖分が体全体に染み渡る

風見M:テレビには事務的な口調で淡々と原稿を読み上げている人間が映っていた

TVキャスター:日下致死症候群にっかちししょうこうぐんが観測されてから5年が経過しようとしています

TVキャスター:現在多くの研究が行われていますが、根本的な解決には至っておりません

TVキャスター:私たち人類に許されている時間は夜のみ、例外はありません

TVキャスター:この5年間で日本の総人口は約500万人まで減少を確認しています

TVキャスター:現政府はこの状況を踏まえ国民に対して更なる配給の規制を……

風見M:テレビを消した。本当に見るだけで憂鬱になる

風見M:この国はもう5年も前から崩壊を始めている。今はもう末期の状態だ

アイ:風見は、もう寝るの?

風見:あぁ、疲れてるしな

アイ:最近、仕事の帰り遅いね。お仕事大変なの?

風見:あぁ、まあな。今の世の中じゃどこも人手不足だし

風見:ブラックだかホワイトだか行ってた時代が懐かしいよ

アイ:何それ?チョコレート?

風見:チョコレート、ね。そういや最近チョコ味の菓子パン食ってねぇな

アイ:菓子パンの話じゃないでしょ

風見:っはは。そりゃそうなんだけど何となくさ。菓子パンだったら平和だなって

アイ:そうやってすぐに有耶無耶うやむやにしようとする。風見の悪い癖だよ

風見:何言ってんだよ。お前が俺の何を知ってるって?

アイ:私はさ、その……夜はうかつに外も出れないし、時間はあるから風見の部屋でずっと考えるわけだよ

アイ:風見は今までどういう風に生きてきたのかなぁって

風見:お前、、まさか部屋の中を色々物色したわけじゃないだろうなぁ?

アイ:しっ、しっっ、してないって! 少しだけ棚の裏を見てみたりとか、ベッドの下を覗いたりとかその程度だよ

風見:よりにもよって一番見られたくない所を……

アイ:まぁまぁいいじゃない減るもんじゃないし、私もいい勉強になったよ

風見:はぁーー。まぁいいけどさ、、なんか余計に疲れたわ。そろそろ俺は行くぞ

アイ:ねぇ、風見。一つ聞きたいことがあるんだけどさ

風見:なんだよ

アイ:私は……これからどうすべきだと思う?

風見:無茶して死なないなら何をしたっていいだろ別に。そもそもそんな事他人に聞くなよ

アイ:冷たいんだね

風見:変な事は言ってないだろ。俺は悩んでいるだけもったいないと思うけどな

アイ:たしかにそうかもね

風見:で、お前はどうしたいんだよ。これから

アイ:……私は……今はまだわからない

風見:そう、か

風見M:アイはずっと外を見ながら俺と話を続けていた

風見M:時刻はもう午前3時。もうあまり猶予はない

風見:それじゃあ、寝室に行くから。カーテンにシャッター絶対に忘れるなよ

アイ:わかってるよ

風見:それとちゃんと飯も食え、お前細すぎるから


風見は袋から菓子パンを取り出して、机の上に置き部屋を去る


アイ:私さ。菓子パン、、嫌いなんだよね



今から一カ月前、それは小さな公園から始まった


森田:いいか、くまなく探せ。夜が明けたらタイムリミットだ

森田:ここぞというときにこそ、成果を出せ。そうしなければ雇っている意味がない


数人の大人が公園を散り散りに駆けていく

そんな絶望的な状況の中で少女は一人震えていた


アイM:どうして気づかれたの! あの抜け道なら大丈夫だってそう聞いたと思ったのに

アイM:この状況かなりマズい。このままじゃあもう二度と外を見る事は出来ない


彼女がいたのはマンホールの中。公園を駆ける足音だけがかすかに聞こえておりアイには状況がわからない

そしてこのままでは見つかるという恐怖心からか、そっとマンホールの蓋を外してしまう


アイ:!?

風見:あ?

アイM:今人の足が目の前に! どうしようどうしようどうしよう!!

風見:おーい、大丈夫かー?

風見がコツコツとマンホールのフタを叩く

アイM:こうなったら刺し違えてでも!

風見:お前、もしかしてピンチだったりする?

アイ:え?

風見:だってそうだろ、ここは俺の憩いの場である公演だってのに……今日は最悪だよ

風見:仕事終わりに一杯やろうと思って来てみたら、黒い服の大人が揃いもそろってかけっこかよ

風見:まったくアホらしい。そんな事する暇があったらもっと世間の役に立つ事をしろっての

風見:ただでさえ、人手なんて足りないんだから

アイ:…………

風見:何も言わないって事は肯定と受け取っていいんだな

風見:俺の方に来てるんだよ強面のおっさんが。ありゃあ本気で向き合ないとやられそうだ

風見:人助けなんて正直柄じゃないって自分でも分かるけどさ、自分のテリトリーは守りたいもんだよな


それからどのくらい時間が経ったのか、アイは外の音が止むのをじっと待った

そしてマンホールのフタが再度叩かれる


風見:とりあえず何とかなった。もうこの公園にやばそうなやつはいない

風見:下手したら殺される所だったよ。物騒になっちまったよなぁここも

アイ:……どうして?

風見:ん?

アイ:……どうして、私を助けたの? 明らかに関わらない方がいいと思うんだけど

風見:なんだ、そんな事かよ。そんなの簡単だよ

風見:あんた俺が見た中じゃ一番の美人だ。これだけの暗がりでもはっきりわかる

アイ:は?

風見:実はな、あんたがマンホールに逃げ込むまでの一部始終を見てた

風見:外出向けの服じゃないし靴も履いてない。そしてマンホールを見つけてひらめいたように中に入っていく。そんなの明らかに追われてますと言っているようなもんだろ

風見:まぁ面倒くさい事は嫌は嫌なんだが、こんな世の中じゃ美人は貴重だ。俺も男なんでね。チャンスは逃せないだろ

アイM:なんだこの人……下手したら追っ手よりヤバい人に捕まったんじゃ

風見:行くとこ無いんだろ? とりあえず家に来い

アイ:いや、それは……いきなりそんな

風見:どうした?

アイ:あなたに感謝はする。でも……行けない。私にはやらなければならないことがあるから

アイ:それに、あなたも正直まだ信用できない

風見:ふん

風見:いいかお嬢さん。今はあんたの言い分を聞いてる余裕はないんだ

アイ:ちょっと!? いきなり腕をつかまないで!離して!

風見:もうすぐ日が昇る…………分かるだろ?

アイ:それは……

アイM:正直私はすぐにでも反論したかった。でもここでの喧嘩は私だけの問題じゃないんだ

アイM:この人を殺してはならない。その思いがどうしても引っ掛かり気が付けば手を引かれ連れられていた



アイ:おはよー。風見

風見:あぁ

風見:今何時だ?

アイ:6時くらいかな。あぁ18時ね

風見:そうか、最近日が短くなってよかった

風見M:監視カメラで外を見ると太陽はすっかり姿を隠していた

風見M:あれから一カ月間、俺はアイをこの自室に匿っている

風見M:最初はどうなる事かと思ったが、アイは思った以上に大人しくしてくれている

風見M:そうするに至った経緯はまぁ色々とあるのだが……

アイ:そういえば風見、寝てる時すごいうなされてたよ。こっちに声が漏れるくらいうるさかった

アイ:大丈夫かと思って見に行ったら、汗かいてたからとりあえずそれだけ拭いておいたけど

風見:そうか、ありがとな

アイ:ふふふ

風見:あぁ、どうした?

アイ:そういえばあの時、私の秘密を知った日の夜もすごいうなされてたっけ。何か持病でもあるの?

風見:お前の秘密を知ったら誰だってショックを受けるさ

風見:俺の場合はそれが寝てる時に現れただけだろ

アイ:ふーん。なんかバレた時のリアクションが薄かったから違和感あったんだけど

アイ:寝てる時は無防備だもんね。正直私でも殺せそう

風見:お前に殺されるようじゃ今の世の中生きていけねぇよ

アイ:いっかい試しにさ、襲ってみてもいい?

風見:話聞いてたか? 寝込みを襲うならせめて別の目的にしてくれ

アイ:はいはい、最初からそんな気もないくせに

風見M:アイは頬を膨らませてそっぽを向いた後、昨日の残りの菓子パンを頬張った

風見M:アイは俺の知っている限り唯一太陽の下を出歩いても生き残る事が出来る人類だ

風見M:それが何を意味しているのか、それは今の人類が喉から手が出る程欲しい特異体質

風見M:だからこそ、彼女の運命は残酷で波乱に満ちている

アイ:私ね、そろそろここを出ようかなって思うの

風見:急にどうした

アイ:別に変なことを言うつもりはないよ。風見は思ったより良い人だったしこうして平和に暮らせるなんて思ってもみなかった

アイ:でも私には私の目的があるの。それはここで平和に暮らすことじゃない

風見:そう、か

アイ:風見には感謝してる。だからちょっと長居し過ぎたかなって。まぁ今更かもしれないけど

風見M:アイはただ淡々とした口調で話を進めていて、いつものようなノリの軽い表情もしていなかった

風見:少なくても今はやめとけ、この街はまだお前が考えているほど安全じゃない

アイ:そんな事はわかってるよ。でもねもう待ってはいられない。私は幸せになるより優先しないといけないことがあるんだよ

アイ:それで私が死んだとしても構わない

アイ:ねぇ、風見?

風見:なんだ?

アイ:実はうなされてるのは私も同じなんだよね。でも私の場合は寝てる時じゃないの

アイ:何かを食べているときも、風見と喋っている時も、テレビを見ている時もずっとうなされてる

アイ:お前は何をやってるんだって

風見:…………何か……思い出したのか

アイ:わからない。わからないけどでも、このまま何も知らないままはやっぱり嫌なの

アイ:それで記憶が戻るかわからないけど

風見:やっぱり記憶を取り戻したいと思うか

アイ:うん、そうだね。私は知りたい

風見:わかった……ならあと一晩だけ待ってくれ。俺も準備をしてくる

アイ:風見はダメだよ! これ以上巻き込めない!!

風見:別に死ぬつもりはないよ。ただせっかく助けてやったのに、みすみす送り出すのは目覚めが悪い

アイ:目覚めなんていつも悪いくせに

風見:そんな事はいいから、とりあえずアイの目的と計画を話して。話はそれからだ

風見M:そしてアイは語りだした。無謀ともいえるその大きな計画を



アイの作戦前夜から一週間前

とある研究施設内の一室に男が二人


森田:状況を報告しろ

風見:実験体AIアイの健康状態に問題なし、特に逃げる様子もなく体調も安定している

森田:それは何よりだ

森田:アイ君の保護は最優先任務であり、国務でもある。やつに自殺でもされたら国ないしは世界に大きな影響がある

森田:お前はそれをちゃんと認識しているな

風見:あぁ、もちろん。おやっさん、あんたこそ俺をちゃんと監視してなくて大丈夫なのか

風見:アイと一緒に逃げ出す可能性だってある。なんせアイツは昼間は無敵だ。やりようは色々ある

森田:それは、愚問だな風見

森田:私はむしろ、お前にあの時アイ君が発見されたのは幸運だと思っている

森田:精神状態の安定、健康状態の管理、来るべき時に使えない身体では私たちも困る

森田:しかしアイ君には身寄りがない。そんな状況で長期間保護をしていても舌を嚙み切られてしまいかねん

森田:まぁ色々と手は考えていたつもりではいたが、それ以上にこの機関では一番優秀なお前が頼りになるのは間違いない

風見:俺がそんなあんたに信用されてるなんて、思ってもみなかった

森田:ふん

森田:それは皮肉か、風見。お前には絶対にこの任務を達成しなければいけない理由があるはずだが

風見M:おやっさんはニヤリと笑って引き出しからウイスキーを一本とりだした

風見M:なみなみと注がれたその酒を一気に飲み干す

森田:お前もどうだ。風見

風見:悪いが酒は止めたんだ。すまないなおやっさん

森田:そうか、まぁいい

森田:風見お前は、本当にこの病気が彼女によってなくなると思うか

風見:なんだよ急に、仮定の話は嫌いだろあんた

森田:単なる与太話として聞いてくれればいい。お前はどう思う

風見:そりゃあ今の生活に慣れたとはいっても不便な事ばかりだし、もっと時間に縛られずに行動できればと思う

風見:だけど最近思うんだ。人間は色々とわがままを言い過ぎたんじゃないかって

風見:他の動物と違って人間は欲深く進化を繰り返した。だからバチが当たったんじゃないかって

風見:今だってまた人によって都合のいい世界を取り戻そうとしている

風見:それによって新しい不幸を生むんじゃないかと正直思う。だから本心はまだ迷いがある

森田:そうか。なぁ森田……こんな言葉を知ってるか

森田:もし飛べないなら走ればいい。走れないのなら歩けばいい。歩けないのであれば、這っていけばいい。何があっても前に進み続けなければならない

森田:これはとある牧師の言葉だ。パッと聞いただけでは、諦めない意思のような物を感じるだろう

森田:しかしこの言葉の意味は真逆だと私は思う。前への進み方というのは別にどのようなやり方でもいい

森田:自分が満足できるやり方で、人間は生きているに過ぎない。それは生というしがらみをいかに幸福に過ごすかという事が透けて見えるんだよ

風見:おやっさん、あんた何が言いたいんだ

森田:所詮誰が何を言ったところで、個々人考えなど変わることがないという事だ

森田:だからこそお前の働きに期待している

風見:あぁ、そうかい

森田:では残り短い期間だがよろしく頼む

風見M:そう言って森田のおやっさんは、またグラスに注いだウイスキーを一気に飲み干した



風見とアイの作戦決行の日

研究施設内には二人の姿があった


風見:なんとかここまで来たか

アイ:侵入経路についてはある程度リサーチしてたけど、研究員に見つからなかったのはよかったね


目の前の扉には実験室と書かれた文字

アイは大きく息を吞む


アイ:風見はもう十分。ここまでくれば私が後はすべて終わらせる

アイ:だからもう帰って

風見:何言ってんだ。ここまで来たら最後まで付き合う

アイ:風見にそこまでする理由はないはずでしょ。ここからは邪魔なのお願いだから

アイ:邪魔だから帰ってよ!

風見M:アイは言い方こそキツかったが、不安で身体が少し震えていたのが遠目でもわかった

アイ:ねぇ聞いてるの!早くしないと人が――

風見:――扉を開けて右奥の戸棚を押せ、そうすれば隠し通路が出てくる

アイ:え、どうしてそんな事

風見:いいから早くするんだ。ここからの道案内は俺がやる

風見M:アイは俺の落ち着いた物言いに明らかに動揺していた様子だったが、黙って言うことを聞かせた

そして二人はその部屋にたどり着く

アイ:何、これ、そんな……嘘

風見M:アイは部屋に入り明かりを付けたとたん腰が抜けたように崩れおちた

アイ:同じ私が、どうしてこんなに

アイ:ワタシ、は………あああああああああああああああああああ!

風見M:目の前にカプセルに収納されているアイが何人も存在していた

風見M:同じ体形に同じ髪色、ただ違うのは彼女たちがまだ目を覚ましていないだけ

風見M:それがあまりに残酷で、あまりに日常からかけ離れている。アイは本当に何も知らなかったみたいだ。。

森田:お嬢さん。君にはさすがにこの光景は刺激が強すぎたかな

アイ:誰!?

風見M:アイは錯乱し振り返った勢いで、持ってきたナイフを落としてしまった。それを慌てて拾い直して森田と向き合う

森田:アイ君だったね。君が見ていた子達はなんだと思う

アイ:何って……それ、は

森田:失敗作だよ

アイ:え?

森田:我々が国家予算規模の資金をかけて作り出した。しかしそのほとんどが目を覚ますことはない

森田:馬鹿らしいと思わないか。そんな意味のない人形を何度も何度も作り出して

森田:だから、アイ君。君の好きなようにするといい。煮るなり焼くなり自由だ。私は黙って見ていよう

森田:そのためにここに来たんだろう?

風見M:その瞬間森田がニヤリと口角を上げた。その光景があまりに気持ち悪くて少し吐き気がする

風見M:アイはうなだれたまま何も口にはしなかった。その表情はこちらからはよく見えなかった

風見:おやっさん、もうやめてくれ

風見:あんたの目的はこれで叶ったはずだ。もうそれ以上アイに何も言わないくれ

風見M:俺はもう早く終わらせたかった。もう何も見たくも聞きたくもなかった

森田:風見研究員長今回はご苦労だった。もう下がっていいぞ

アイ:研究員長……

森田:おや、紹介を受けていなかったのかい

森田:彼はこの研究所ではNo2といってもいい。とても優秀な研究員だ

森田:アイ君。君をずっと研究していた男だ

風見:やめてくれ

風見:そこまでする必要は、あんたにはないはずだ

アイ:風見……本当なの。風見は最初から私を……

風見:アイ……俺はお前には言い訳できない

風見:全部本当だ

アイ:そんな!

アイ:どうして私とあんなにも長い間っ、だって風見は研究なんてやってる風には

風見:全部命令だった。いや正確にはアイとあの場所で出会ったのはたまたまだったんだ

風見:最初からアイの事は知っていた。だからお前の事はすぐに分かった……あの時はどうしても放っておけなかったんだ

風見M:アイの瞳から涙が伝っているのが見てわかった

アイ:私をここに連れてくることが目的なら、あの時風見となんて会うんじゃなかった

風見:アイ……

アイ:私の事を気安く呼ばないで! もういい。もういいよ全部

風見M:何もかもあきらめた生気のないアイを俺は直視する事が出来なった。そして残酷な現実が突きつけられる

森田:それじゃあ、お話は落ち着いたかな

風見M:研究員の足音がこちらにいくつも向かって来るのがわかった

風見M:俺はただ静かに目を閉じていた



その後アイは一人研究所の一室に閉じ込められていた


アイM:あれからどのくらい経ったんだろう

アイM:私はこれからどうなるんだろう

アイM:時間がたったおかげか今は少し落ち着いて考える事が出来てる

アイM:でも悪いことばかり考えてしまう。どうしてもあの光景が頭から離れてくれない

アイ:私と同じ見た目の人があんなにも沢山いた。そしてあの人はそれを失敗作だと言っていた

アイ:何のためにあんなにも沢山……

アイM:考えれば考えるほど、悪い方へ想像してしまう

アイ:……私は、やっぱり殺されちゃうのかな

アイ:はぁ、せっかく新しい日常が始まるって思ってたんだけどな

アイ:そんなに上手くはいかない、か

ドクター:…ーい……おーい、そこに誰かいるのかな

アイ:え?

ドクター:おそらく聞こえてはいると思うんだが、ふーんまだ設計としては不十分かな

アイM:私がちょうどもたれ掛かっていた壁の向こうから、小さいが確かに声が聞こえた

アイM:男性の声のように聞こえる。落ち着ついた声だ

アイ:あなたは、その……誰ですか?

アイM:恐る恐るだけど微か(かすか)な希望をもって壁の先にいる人に語り掛けた

ドクター:おぉ、やはり聞こえていた。君の部屋の声は割とはっきりと聞こえるのだが、なぜか私からは声が届かないようになっていたのでね

ドクター:少し部屋の物を拝借させてもらって、声が通るような道具を作ってみたんだ

ドクター:思ったよりも時間がかかってしまったが何とか使い物になってよかったよ

アイ:誰なんですか。その……研究所の方ですか

ドクター:あぁ、すまないすまない。嬉しくてつい喋りすぎてしまった

ドクター:私は、今はここの研究員ではない。名前はまぁ『ドクター』とでも呼んでくれ

アイ:ドクター…さん

ドクター:さん付けなどいらんよ。それで、声を聞く限り君はお嬢さんかな。こんな所でどうしたんだ

アイ:それは、その…………

アイM:どうしても、初対面の人に気軽に話せるような内容に思えなくて無言が続いてしまう

ドクター:こんな場所に閉じ込められているんだ。話しづらいというのもわかる

ドクター:だがなお嬢さん。顔が見えないからこそ話しやすい事というのもあるんじゃないか

ドクター:それに一人でずっと抱えるというのは悲しいじゃないか

アイ:それは分かるよ

アイ:なんかずっと一人だと頭がおかしくなりそうだった

アイM:いままでの辛さを吐き出すように、顔も知らないドクターという人にすべてを話していた

アイM:ドクターは私の話をむやみに止めず、ただ黙って話を聞いてくれていた

ドクター:……なるほどな。それは大変だったね

ドクター:この研究施設に関わる人間は汚い大人ばかりだからね。本来君は自由であるべきなんだが

アイ:ドクター。あなたこの研究所について何か知ってるの?

アイ:知ってるなら教えて! 私はこのまま何も知らずに死にたくない

アイM:その言葉の後少し長い間があって、かすかに壁を通して聞こえるため息

ドクター:日下致死症候群にっかちししょうこうぐん

ドクター:あの病が流行ってからもう5年が経ったか

ドクター:あれは当時、太陽光によって空気中に含まれるウイルスが突然変異を起こし感染が始まったと言われていた

ドクター:私はまだ当時この研究所とは別の仕事をしていてね。あの時は恐ろしかった

ドクター:日光の下で活動するだけで次々と人が倒れていき、処置のしようもない

ドクター:悪夢を見ているようだった。そしてエスカレーター式に日本の人口が減っていった

アイ:そんなに酷かったんだ

ドクター:人が亡くなりすぎるとね。その後も大変なんだ。あの時は焼却炉も常に動いていたし人手は日に日に足りなくなっていった

ドクター:私はなんとかしてこの悪夢を止めようと必死にサンプルを採取し、調査を進めた

ドクター:そして3カ月ほど経ったときだったか。見つけてしまったんだ

アイ:……見つけたって?

ドクター:このウイルスは自然的な発祥の物ではなかった。恐らく人為的に開発散布されたものであることが確認できたんだ

アイ:噓でしょ……

ドクター:そこからがまた最悪だった

ドクター:内部情報だったそれは世間に瞬く間に拡散され。国内では暴動や過激派が夜な夜な事件を起こすようになってしまう

ドクター:1年も経てば警察組織も大義名分を失い。自身の利益のみを追求し動くようになっていた

ドクター:そして忘れもしないあの日が来てしまう

アイ:あの日?

アイM:心なしか、声が少し震えているように聞こえた。私はただじっとドクターの言葉を待った



3年前ドクターの家

家の前には数十人規模の男たちが集まっていた


ドクター:扉はしっかりと塞いで。お前たちは地下室へ向かうんだ

青年:でも、父さんは

ドクター:私の事はいいんだ。ここは逃げる事だけ考えるんだ

暴漢:おーい、ドクターさーんお留守ですか?

暴漢:お留守ならこの扉壊しちゃってもいいですよねー?

ドクター:おい、早くしろ走れ!

ドクターM:世間で妙な噂が流行った。こんな状況にしたのは誰のせいで誰がこの真実を発見したのかと

ドクターM:どうやって調べたのかは私もわからない。ただ彼らは怒りの矛先を欲していた

ドクターM:当時はそこそこの資金があり警備も怠っていなかったが、どうやら警備会社も買収されたらしい

ドクターM:家の周りには至る所に火の手が上がっていて、扉は壊され5分もしないうちに男達が押し寄せて来た

ドクターM:そして私はすぐに取り押さえられてしまった

ドクター:お前たちの目的はなんだ

ドクター:金ならいくらでもくれてやる。私はお前たちがこのまま去ってくれれば通報したりもしない

暴漢:金だぁ? おっさん笑わせてくれるなよ

暴漢:俺たちがなんのためにここまでしたと思ってる? 俺たちはあんたの人生を滅茶苦茶にして痛めつけて殺す

暴漢:あんたが真実を発見したせいで、俺たちがどれだけ酷い目にあったと思ってる

暴漢:俺たちみたいな下級国民はなぁ。日々生きるだけでも命がけなんだよ!あんたと違ってなぁ!!

ドクターM:私はこの時悟った。いままでやってきた事は何だったんだろうかと

ドクターM:こんなにも多くの人を不幸にさせて何の意味があったのだろうかと

ドクターM:だから私はこの時こんなにも理不尽な彼らに、何も言い返す事が出来なかった

ドクター:…………

ドクターM:黙ったのをいいことに彼らは私を壁に固定し一発ずつ殴ってきた

ドクターM:一発一発拳が全身に当たる。私は徐々に意識が遠のきもうあの時は早く終わられてくれと願っていた

青年:やめろ!

ドクター:!?

暴漢:なんだぁ、こいつらは?

青年:父さんが何をしたっていうんだ。父さんはただ本当の事を言っただけだ!

青年:お前らは病気なんかよりたちが悪い、悪魔だ!

ドクター:お前…達……逃……げ……ろ…………

ドクターM:どうしてこうも最悪な出来事は続くのかと私は運命を呪った

暴漢:こいつは面白いなぁ、おい!

暴漢:すぐに捕まえろ!なんなら殺してもいいぞ

ドクターM:胸が張り裂けそうな思いがした。しかし身体はもう一言も声を発してはくれなかった

ドクターM:焦点が定まらない瞳の中で、子供たちが男に捕まっているのが分かった

ドクターM:そして私は意識を失った

森田:…………い……おい! 大丈夫かドクター! 風見!!

ドクターM:目を覚ましたのはどのくらい経った後だったか私は全身が腫れあがっていたが、奇跡的に生きてはいた。だが……

森田:ドクター、話を聞くのは後だ。すぐにこの防護服を着ろ。もう日中だ

ドクター:すまない

ドクターM:防護服を着て森田に肩を貸してもらいながらすぐに子供たちを探した

ドクターM:息子は地下室で血だらけになって倒れているのを発見し、命に別状はなかった。しかし……

森田:なんて、事だ。こんな事を同じ人間がするのか!

ドクターM:娘は痛々しい姿で外に放り出されていた。もちろん防護服なんて着ていない。もう誰にも手の施しようがない状態だった

森田:おい、待て! まだかすかに息があるぞドクター

ドクター:頼む! まだ死なないでくれ

ドクター:私は、このままではこの世界を憎んでしまう。あの男達を殺してしまう。だから頼む目を開けてくれ!愛!!

愛:お……とう…さん

愛:ごめ……んね。おにい…………ちゃん……を……たの……んだよ

ドクターM:それからだ。私がこの研究所にすべてを捧げるようになったのは

ドクターM:私にはもう生きる目的は一つしかなかったから



その頃、研究所の別室では風見もまた捕らえられていた


風見:おやっさん、これはどういう事だ

風見:俺は確かにあんたたちにアイを渡した。それが交換条件だったはずだ

森田:風見。君は確かに優秀な研究員だ

森田:しかし、優秀な人物は時に危険な存在にも成り替わるんだよ

風見:それは、父さんの事を言っているのか

風見:父さんは十分に研究に協力した! それでいいじゃないか

風見:おやっさん、昔のあんたならここまで酷いことはしなかっただろ

森田:いいかい風見。人というのは使いようだ。私が使う価値があると思えば生かすし、そうでなければ捨てる

森田:優秀な人材はそう簡単に捨てたりはしない

風見:だったら!

森田:だったらドクターを解放しろと? それは違うんだよ

風見:おやっさん、あんた最初から

森田:いいや、約束通り解放はするさ。こちらにもうアイ君はいるんだ。後は事が終わりさえすればすぐに、ね

風見:おやっさん、あんた達は何をしようとしている

風見:アイをこれ以上どうする気だ

森田:……日下致死症候群にっかちししょうこうぐん……厄介な存在だよ

森田:あれのせいで、私も君の人生も滅茶苦茶だ

森田:しかし、そんな日々ももうすぐ終わる

風見:終わるだって?

森田:あぁそうさ。私たちは新しい力を得て太陽の下に帰ってくる

風見:おやっさん、あんた一体何を

森田:君は気付かなかったのか? アイ君の能力について、それでよく一カ月も一緒にいられたものだ

風見:アイの力ってそれは太陽の下でも

森田:――それだけではない。彼女の細胞は不要な栄養素を常にリサイクルし新しい細胞として生まれ変わらせている

森田:新しくなった細胞の再生力は従来の人間の比ではない。それこそ不死身といってもいい物かもしれない

風見:簡潔に言えよ。何が言いたいんだ

森田:アイ君には残念だが、死んでもらうことになるだろう

風見:!?

風見M:身体が強張こわばって繋がれていた手錠が大きく軋み手首に食い込む。でもそんな事はどうだっていい

風見:おやっさん、あんた言ったよな。アイは大切な実験体だから殺すことはないって、あれは嘘だったのか

森田:事情が変わったんだ。すべての物事が思い通りに行くことなんて有り得ないだろう風見

風見:そんなわけあるか。俺に一カ月間アイの監視に付かせた事も、最初から本来の計画を悟らせないためだろ

森田:アイ君はこの研究所の技術の結晶だ。私だって、失ってしまうのは惜しいさ

森田:でもこれは研究所全体の総意なんだよ。君とドクターを除いてね

風見:俺や父さんを拘束しておいて、よくもそんな事が言えるな

森田:すまないとは思っているよ。だが君も直にアイ君の力が手に入るんだ。そうなれば私たちに感謝するだろう

風見:おやっさん、俺はただのしがない研究員だ。研究員長なんて柄じゃないし父さんがいたからここまでやってこれたと思ってる

風見:俺は父さんもそれを支えるおやっさんも凄いと思ってた。だからこそアイが帰って来たんだって

風見:あんただって、この世界の惨状は見たろう? 結局同じ事を繰り返すのか

風見:なぁ、おやっさん!

森田:…………すまないな風見。だがもう遅い、遅すぎたんだ

森田:私がアイを手にかけなくても、時期に多くの刺客がアイ君の元へ訪れるだろう

森田:もう我々だけの彼女じゃないんだよ。残念ながら、な

風見:おやっさん!!

森田:だから風見お前は大人しくしてるんだ。全てが終わるまでな

風見M:全身に力を込める。どうやっても両手に付けられた金属の手錠はジャラジャラと音を立てるだけで外れる気配がない

風見M:おやっさんはもう振り返らず、俺の目の前を去っていった



ドクターの話を聞き終えたアイは何かを悟ったように問いかける


アイ:愛って、どういうこと

アイ:ドクターあなたってまさか


その会話を遮るように男が唐突に目の前に立ちはだかった


森田:――ドクター、楽しいお話の時間はもう終わりです

ドクター:森田か、今更なんだ?

森田:ここから出てください。もう愛しのアイ君との再開は十分果たせたでしょう?

ドクター:私はもう研究には協力しないといったはずだ。その気持ちに変わりはない

ドクター:それにもう私が出来る事は何もないはずだ

森田:ドクター……残念ながらそういうわけにはいかない。あなたにはやってもらうことがある

森田:アイ君の研究情報の核となるキーがどうしても見つからないんですよ

ドクター:何のことだ

森田:とぼけたって無駄です。あなたはこの期に及んでまだアイ君を何とかしようとしてますね

ドクター:私は何も知らない。それよりもさっさと私を殺したらどうだ?いい加減この生活も飽き飽きしてきたからな

森田:そんなわかりきった挑発に私が乗るとでも?

森田:ドクター……どうしてアイ君とあなたがコンタクトを取るのを許したと思います?

アイ:え?

ドクター:……

森田:あなたはまだアイ君に大事な事を話していない

ドクター:やめろ

森田:いいですか、アイ君あなたは太陽の下に出たあの時

ドクター:――やめろ! ……やめてくれ

森田:ドクターすみませんがちょっと黙っててください

アイ:!?

アイM:森田という男がドクターの腹部を思い切り強打する。ドクターはそのまま地面にうずくまってしまう

森田:アイ君。あなたはあの日確かに死んだはずだった

森田:でも奇跡的に助かったんですよ

アイ:え?

森田:私とドクターが発見した時、傷だらけのあなたはとてもひどい状態でした。しかしまだかすかに息があったんです

森田:その時ドクターは言ったんですよ。この子は日下致死症候群にっかちししょうこうぐんにはならない。とね

森田:私は耳を疑いました。でも確かにあなたは症状の特徴である赤い斑点が身体に出ていなかったんですよ

森田:だが非常に危険な状況でした。一刻を争う状況だ。救急で駆けつけてくれる医師など存在しない

森田:または非常に高額な値段での診断が常でした。しかし途方にくれるわけにはいかない。あなたの命がかかっているのだから

森田:だからドクターは政府関連にツテがある私にこう言ったんですよ

森田:『森田頼む。この子を今失えば国家にとって大きな損失になるんだぞ』とね

アイ:私が……生き…………ていた

森田:つまり交渉ですよ。アイ君を助ける代わりにあなたを国家の研究材料として提供してもらう

森田:まぁ妥当な判断でしょう。私だって鬼じゃない、友人の大切な娘であるあなたを出来れば救いたかった

森田:だからすぐに状況を上に報告し、ドクターとあなたたちを連れて行った後、あなたは助かりこの研究施設が生まれるんです

アイ:でも、ここにはあんなに沢山私のコピーが!

森田:アイ君の生体情報は徹底的に調べられた。あれは実験の中で生まれた君を忠実に再現した人形で間違いない。ドクターは何とか君が持っている抗体を再現しようと研究を重ねた

森田:しかしどうやっても無理だった。幸い君は目を覚ましていなかったから、私たちも危険性を考えうかつにアイ君に手は出せなかった

森田:そしてわかった事は二つ

森田:一つは、君の持っている抗体は太陽の下で生活できるだけではなく人類学史上例をみない特別な能力を持っていたこと

森田:もう一つは、君の抗体を得るためには君の命を奪う必要があるという事だ

アイ:!?

森田:なぜ、君は私の話を聞いても何も思い出せないと思う?

アイ:それは

アイM:確かに気になっていた。ここまで話されても私には思い当たる事が全然ない。それがどうしてなのかわからない

森田:君の抗体である母体は脳全体を覆ってしまっている。つまり記憶障害は君のその力が原因なんだよ

ドクター:だから……私とアイを近づけたのか

森田:脳の抗体を取り出すには正確な研究情報がかならず必要だ。そして私はその鍵がドクターとアイ君の中にあると睨んでいた

森田:ドクター。あなたアイ君の信号を自分の体内でキャッチしていますね

ドクター:…………

森田:あなたのその身体調べさせていただきますよ

アイM:そう言って森田という男は、ドクターに銃を突きつけ外へ出るように促していた



アイ:まって! ドクターじゃああなたは……そして風見は

ドクター:あいつの名前は『明人あきと』というんだ

ドクター:もう一度会うことがあったら愛、君は明人を助けてやってほしい

ドクター:あの子には、私のせいで大きな迷惑をかけてしまった

ドクター:君にも思うところはあるだろうがあの子は私、そして君のために全力を尽くしていたんだ。それだけは信じてほしい

アイ:私は……そんなに色々言われたってわからないよ

ドクター:すぐに理解してくれとは言わない。私も自分の信念を持って行動してきた

ドクター:だから、後を頼む

森田:いい加減にしてください。あなたの足の一つや二つ使い物にならなくしたって私はいいんですよ

ドクター:あぁ、悪いな森田。お前にも散々迷惑をかけた

森田:なら行きましょう

ドクター:そう、お前は行くんだ私と一緒にな

アイM:それは一瞬だった。目の前で大きな光が起きて目を覆うと次の瞬間耳が飛んでしまいそうな大きな爆発音

アイM:私には何が起こったのかわからなかった

アイM:ただ二人の姿は目の前からは居なくなっていて、私と外を遮断していた大きなガラスの壁は粉々に砕け散っていた

アイ:そんな事ってないよ。どうしていつも……こうなっちゃうのよ

アイ:私はただこの研究を止めたかっただけなのに! 私のように太陽の下を生きる辛さなんて誰にもわからない癖に!

アイ:みんな勝手だよ…………

アイ:!?

アイM:大きな警報音が鳴り響いていた。おそらくこの爆発のせいだろう

アイ:明人……か

アイM:私は、飛び散ったガラス片を身体から払い歩き出していた



風見M:研究所全体が騒がしい

風見M:恐らくさっきの爆発音が原因だろうが、一体何が起きたんだ

風見:こんな時に身動き一つとれないなんてな

風見:まったく、肝心なところで俺は結局役に立てない

風見M:あの時もそうだった。俺がそもそも男達の前に立っていなければ愛を危険な目にさらす事はなかったはずなのに

風見M:今回も結局はアイを拘束させてしまった上に、父さんも助けられない

風見:俺はこのまま一人何もしない方がいいのかもしれないな

アイ:そうやって結局最後は諦めるの?

風見M:自分の目を疑った。目の前にはアイが居て俺をまっすぐな眼差しで見つめていた

アイ:ドクターとね、会ったの。それですべて聞いた

風見:父さんと?

アイ:私は作られた存在じゃないって。本当にドクターの娘なんだって

アイ:そんな事いきなり言われたって、どうしたらいいか分かるわけないじゃない!

風見M:アイの叫びと警報とが交互に脳内に響いてくる

アイ:みんな勝手だよ。。。本当に勝手過ぎるよ

風見M:アイの言葉に俺はなんて声をかけていいかわからなかった

風見M:俺もまたアイの事は隠して勝手に行動を起こし、そして結果失敗した

風見M:そんな俺が一体何を話せる? この子に何を言えって言うんだ。。

風見:な?

風見M:俺が返す言葉も見つからずうつむいていると、ふっと身体から力が抜けた

アイ:あなたは私と生きるの

風見:アイ、どうして?

アイ:明人……兄さんなんでしょう。私には記憶はないけど、あなたはたった一人の家族だもの

アイ:兄さんなら生きて私を助けてよ

風見:アイ…………

風見M:アイはボロボロと涙を流しながら俺を見ていた

風見M:俺は一体何をやっているんだ

風見M:一人で勝手にすべて抱え込んで、勝手にすべてを諦めて、勝手に死のうとするなんて。そんなの……

風見M:家族がいる人間がする事じゃないじゃないか

風見:あぁ、わかったよ

風見:ありがとう。愛

風見M:差し出した右手にもうあまり力は入らなかったけど、愛は小さく握り返してくれた

愛:こちらこそ、改めてよろしく。明人……兄さん

風見:ごめん、ごめんな

風見M:愛は涙が伝う顔をゴシゴシと擦り強く笑って見せていた。そんな姿に俺の中でもこみ上げて来るものがある

風見M:それは本当にまぶしい太陽のような笑顔だった



研究所内で風見は愛に手を取ってもらいながら、出口を目指し先を進んでいた


風見:そうか、父さんはそんな事を

愛:うん、あの後どうなったのか私は分からない。でもあの爆発だともう……

風見:あの人が考えそうな事だな

風見:父さんはさ。昔からいつも自分で何とかしようとしていたよ

風見:俺たちを守るためなら自分はどうなってもいいって

風見:だから何とかして救いたかったけど。愛が父さんの思いを連れてきてくれたならそれでいいよ

風見M:もう後ろは振り返りたくなかった

風見M:これからどんな事があるかなんて想像したってしょうがない

風見M:どんな未来だってこれからは愛と受け入れていかないといけない。それが厳しい道だったとしても俺は決めたんだ

風見:!?

愛:明……人?

風見M:腹部に一瞬の違和感と鈍く痺れるような痛みが走る

愛:明人!!

風見M:足に力が入らず愛に向かって倒れるような形になってしまう

風見:なんだよ、これ

愛:とりあえずあの角に隠れよう。銃声がすごいけどまだ距離があるみたい

風見M:愛が俺の肩に手をかけて引きずるように奥に連れていく

風見M:壁にもたれ掛かって耳を傾けると警報音に交じってこちらに向かってくる足音

愛:明人、身体から血が! どうしようこのままじゃ

風見:大丈夫だよ。ちょっと油断したけど大した傷じゃない

風見:それよりも少し耳を貸してくれ

愛:え?

風見:――そういう段取りで頼むよ。大丈夫、愛なら出来る

愛:わかったすぐに戻るから

風見:あぁ、頼んだよ

風見M:ぼやける視界の端で愛が離れていくのが分かる

風見M:さて俺も愛に任せてばかりじゃいけないな

風見:そこにいるんだろ、おやっさん

森田:…………

風見:黙ってたって胡麻化せないよ。俺はあんたの足音なんて毎日この研究所で聞いてたんだ

森田:親子そろって、小賢しいな風見

風見:父さんの作戦は、失敗したんだな

森田:そんな事はない。お前にも見せてやりたいよ。応急処置はしたがこの傷では私も長くはないだろう

風見:ならもういいだろ。もうおやっさんも諦めようぜ

森田:ふん、アイ君がいればまだ希望はある。私は諦めてなどいない

森田:だから風見、お前にはまだ協力してもらうぞ。君もその出血では長くないだろう

風見:愛をダシに使うってわけか、あんたも欲深いねまったく

風見:しつこいおっさんは嫌われるよ

森田:お前ら親子に何が分かる。私は絶対にあきらめない

森田:生にしがみついて何が悪い。醜く生き延びて何が悪い。だからこそ私はここに存在している。何をしてでも私は生き延びる

風見:それが愛を使ってじゃなかったら美談なんだけどな

森田:くだらん戯言は終わりだ風見

風見M:予想通りおやっさんは目の前まで来てくれた。銃を構え俺を見下ろしている

森田:君はとても優秀な男だったよ。私の事を信じ付いて来たからこそ、アイ君の力を分けてあげようと思った

風見:おやっさん……俺はさ。実はそんなに太陽嫌いじゃないんだよ

森田:さぁアイ君はどこへ行ったんだ! 風見!!!!

風見:だからさ。あんたも一緒に見ようぜ

風見M:作戦通りおやっさんに向けて手を挙げると同時に通信機の電源を切る

森田:!?

風見M:瞬間おやっさんの顔から驚きとともに生気が消えた

風見M:俺はその瞬間を見逃さなかった



二人の作戦通りに事が行われた瞬間けたたましい警告音と同時に施設内の照明が消える

愛はすぐに風見の元へ走るが、施設内の様子が明らかにおかしいことに気づいた


愛M:そんな……これは

愛:明人!!

愛M:目の前には壁にもたれ掛かる明人と、その近くでうずくまっている森田がいた

森田:風見ーーー!!!!

風見:おやっさん……今までごほっ、、、ありがとうな。愛は俺のたった一人の家族なんだよ。あんたにはもう渡せない

森田:くそ、、まだだ、まだ!

風見M:おやっさんは懸命に残った力で這いつくばっている。お返しとばかりに足を撃ってやったのにタフな人だ

風見M:俺とおやっさんの身体には赤い斑点のような模様が浮かんできている。まったく……予想通りで面白くないな

風見M:見上げると研究所の屋根は綺麗に硝子に切り替わり俺の瞳には太陽が写っている

風見M:とても大きくて眩しくて綺麗な光だ

風見M:そして遠くから、大きな声で何かを叫ぶ愛が近づいて来るのがわかった

愛:どうして! どうしてよ明人!! このままじゃ明人はっ……!

風見M:また愛が泣いている。まるで子供みたいに大きな声で

風見M:そうだな。愛の言うとりだよ。

愛:私はどうなってもいいから!なんでも協力するからさ!! だから……頼むよ……明人!!

風見M:愛の顔が目の前にある。俺を抱えて見つめてくれている

風見:自由に……なってくれ…………愛

風見:この研究所さえ……なくなればお前は……きっと生き延びれる…………だから

愛:一人で生き残るなんて嫌だよ!

愛:頼むよっ! いつもみたいにほらまたアパートに帰ってさ、菓子パン食べよ。ねっ

風見M:思えば愛と過ごした一カ月間はあっという間だったな

風見M:愛と過ごした日々は絶対に忘れない。

風見M:記憶を無くしても愛は何も変わらず強いままだっただろ。だからきっと大丈夫だよ

風見:なぁ、愛

愛:うん

風見:太陽の光ってさ………凄く……綺麗だ、な

愛:うん

風見M:視界の中の愛が徐々に暗くなってくる。せっかく太陽の光が見れたのにどうして目を閉じないといけないんだろう

風見M:父さん。愛を救ってくれてありがとう。俺は色々失敗ばかりだったけどさ、こうやって愛に看取ってもらえるんなら悪い気分じゃないよ

風見M:愛はこんなすごい力があるんだ。俺だってせめてもう少し太陽の下で過ごせたらなって思っちゃうよな

風見M:俺は思うんだよ。人生なんていつ死ぬかわからない。それはこの時代だから死ぬ確率が高いだけで平和だからって変わらないと思うんだ

風見M:だからやりたい事は全力でやった方がいい。間違えたってやらないで後悔するよりはいい

風見M:俺の選択は愛にとっては酷いもんなのかもしれない。でもこれは俺にとっての全力だ。後悔はない

風見M:だから…………だからさ。ありがとう。いい人生だったよ

風見M:俺はもう一度太陽の光に照らされる愛の顔を目に焼き付けたかった



それから1週間後。研究施設を抜け出した愛はまたこの街に戻ってきた

少なからず追手の気配は感じたが、どうしても心残りがあったからだ


愛M:やっとここに来れたよ明人

愛M:相変わらず汚い場所だね。ここは

愛M:明人のアパートの部屋には埃がたまっていて、私と一緒に出たままの状態になっていた

愛M:私は外の様子を気にしながら、明人の所有物を一つ一つ確認していく

愛:あれ、これは?

愛M:明人の部屋にある引き出しを開けた時、ふと目に入った電子タブレット

愛M:私はこのタブレットを部屋に来てから見たことはなかった。タブレットは画面をタップするとすぐに起動する。生体認証も入ってないみたいだ

愛:画面にメモが貼ってある『メモ帳を見ろ』って

愛M:私はその指示の通り、メモ帳をタップする。そこには明人からのメッセージが記されていた

風見M:メモ帳を開いたって事は、愛か?それとも研究所の他の人間か? まぁいいや。愛が開いてくれたと信じてメッセージを残しておく

風見M:俺は戻ってこれなかったんだな。最初からなんとなくそうなるんじゃないかなって思ってた

風見M:まぁ俺の事はいいんだ。愛、お前に伝えたいことがある。よく聞いてくれ

風見M:父さんは3年前。愛の抗体が森田に見つかる前に、すでにその存在に気づいていた

風見M:だからお前は覚えていないだろうが、何とかそのサンプルデータだけ採取しようとずっと研究をしていたんだ。あの襲撃が行われる日まで

風見M:父さんはアイが死にそうになって、自分の近くに置いたことをとても後悔していた

風見M:だがな愛、父さんを責めないでやってくれ。お前も俺も研究には協力的だったんだ。だから父さんの家に残った

風見M:そしてここからが本題なんだが、お前には母親がいる

愛:!?

愛M:私にお母さんが……

風見M:母さんはな。父さんの判断で先に家を出されたんだ。本当は俺も出るはずだったんだけど、どうしても二人を置いて行く事は出来なかった。

風見M:このタブレットには母さんが移住先として決めていた住所情報が入っている

風見M:あくまで3年前の情報だから今はどうなってるかわからないけど、役には立つはずだ。

風見M:もし母さんに会えたらよろしく言っておいてくれ

愛何よそれ、勝手なやつ

風見M:なぁ愛、俺はお前が太陽の下で一人過ごしている事の辛さをずっと前から知っていた

風見M:誰かの憧れだったり希望だったり、自分には届かない物ってとても綺麗に見えるもんだ。でもその実本人はすごいプレッシャーや努力を強いられている事も多い。

風見M:愛は昔から気も強くて弱音を吐くようなやつじゃなかったけど、俺は愛が孤独だったことを知っている

愛:だったらなんで、先に行っちゃうんだよ。。馬鹿

風見M:だからさ、これで少しは希望が持てたろ?

風見M:世の中には絶望が溢れてて、みんながこの病気のせいだってずっと言うけどさ。俺は違うと思う

風見M:何に絶望して何に希望を持つのか、そんなの考え方次第だろ

風見M:お前は後ろなんて振り返らずに今を生きてくれよ

風見M:それじゃあ、また。

愛M:そんな、あっさりとした最後でメッセージは締めくくられていた。

愛:……希望ね。いくつも奪われて来たのにさ。残酷な事言うよね

愛:しょうがないなぁ明人はさ、兄さんの癖にだらしないんだもん……私が、なんとかしなきゃね

愛M:私はタブレットを鞄に入れて、部屋を出た

愛M:外は目に焼き付くほどの日差しが強い快晴で、眩しくて慣れるのに時間がかかる

愛M:誰もいない太陽の下の世界で、私は今日も顔を上げて歩き出した

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