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「うわぁぁぁ!」


 体の奥から這い出てくるような寒気を感じて俺は飛び起きた。

 顔に手をやれば汗でびっしょりだ。

 目覚めから少し遅れて、朝を知らせるアラームがスマホから等間隔で鳴り響く。


 画面に触れて音を消すと今日の日付が表示されている。


 ——6月7日。


 俺にとって16歳で迎える39回目の6月7日が始まった。


 だが、俺はそのまま脱力したようにベッドに寝転んだ。

 何もしたくない。いつもならすぐにノートに書き込むところだが、もうどうでもいい。

 むしろ記憶が薄れるのなら全ての記憶を消して欲しいと思う。


「ちょっと、月也! いつまで寝てるのよ。学校遅刻するわよ!」


 いつも通り下から響く母さんの怒鳴り声。

 俺の心にどれだけの変化があろうとも、世界は全く同じ形で6月7日を始めさせようとしている。


「ちょっと月也!」


 痺れを切らした母さんが勢いよく部屋のドアを開けると、俺の顔を見て驚きの表情を見せた。


「月也、顔が真っ青じゃない! 具合が悪いの?」


 よほどの顔をしていたのだろう。

 首を横に振ったが、母さんは近寄ってくると俺のおでこに手を当てた。


「熱はないみたいだけど、ちょっと普通じゃないわよ。病院に行きましょ?」


「……大丈夫」


 母さんは何かもの言いたげな素振りをして、手を引っ込めた。


「母さん下にいるから具合が悪くなったら言いなさいよ。学校には休むって言っておくわ」


 そう言って母さんは部屋を出ていった。


 6月7日に学校を休むのは初めてのことだ。

 いや、もうそれも……どうでもいい。

 俺の心は折れてしまったのだ。


 仰向けになり天井を見つめているだけで時間は流れていく。

 時折母さんが部屋の前まできて様子を伺うように声を掛けてきたが、俺は相槌を打つような返事をしただけだ。

 飲み物や食べ物を部屋の前に置いたようだが、俺はその場を動かなかった。

 母さんが部屋の中に入ってこないのは、何か思うところがあるのだろう。


 窓から入る光がオレンジ色になる頃、家にチャイムが鳴り響く。

 下で玄関の扉が開く音がして……会話ははっきりとは聞こえないが母さんが対応しているようだ。


 しばらくして母さんが上がってくると、部屋の前から声を掛けられた。


「月也、お友達が来てるわよ」


「……誰?」


「山平くんよ。上がってもらう?」


「……いや、体調が悪いとか言っておいて」


 ちょっとした間のあと、階段を降りていく足音が聞こえた。

 玄関では再び会話が始まり、微かに「それじゃあ、明日学校で」と山平の声が聞こえてきた。


 部屋が薄暗くなると、不意にスマホが震える。

 片手で持ち上げ画面を見ると、山平からのメッセージが表示されていた。


『体大丈夫か? また学校でな!』


 俺はゆっくりと目を閉じた。

 そうしないと涙が溢れそうだったから。


 自分のしていることが無駄だと知った時、俺は世界に必要のない人間なんだと……そう感じた。

 だけど俺を気にかけてくれている人がいる。


 昨日までの世界でも引き籠っていた俺に、母さんや父さん、山平は気にかけてくれていた。


 山平は川原を殴った件のことで後ろめたいんだろうと思い込んでいたが、こうしてリセットされた世界でも気にかけてくれている。

 あいつは俺の友達で、俺を心配してくれている。

 


 俺は嗚咽を隠すようにうつ伏せで身を縮めると、吐き出すように涙を流し、何度もベッドに拳をぶつけた。


 感情を露わにしたからか、部屋が真っ暗になる頃には心が少し落ち着いていた。

 落ち着いたからこそ、一つの考えが浮かんでくる。


 俺のループは何なのか?


 俺が青樹さんに告白して結ばれることで終わるのだろうか?

 もしかしたら青樹さんの不幸な未来を回避するために続いているんじゃないだろうか?

 俺の勝手な想像にしか過ぎないが、もしこのループを起こしている誰かがいるのならば、そう望んでいる気がした。

 7月7日以降に何があるのかは分からない。

 考えたくはないが、ループの原因は別にあり、青樹さんは川原と付き合って幸せになるのかもしれない。


 だけどループさせられてるのは俺だ。

 なら俺が都合がいいように解釈してやろうじゃないか。

 例え俺と青樹さんが結ばれなくても、青樹さんが川原に騙されなければそれでいい。

 方向転換だ。


 学校に行かなかったせいなのか、記憶はまだ薄れていない。

 心の中のドス黒く溜まったものが消え去ると、俺は電気をつけ椅子に座り新品のノートを取り出すのだった。












「月也、どう?」


 いつもの下から響く怒鳴り声ではなく、扉の外から心配そうな母さんの声が聞こえた。


「大丈夫だよ。学校に遅れるし、今、下に降りるよ」


「そう」


 俺は軽く顔を叩いてリビングに向かった。

 テーブルの上にはいつも通りのパンと目玉焼き、コップに並々と注がれた牛乳が用意されている。


「だいぶ顔色が戻ったわね」


「……うん。その、ごめんね」


 俺は何がとは言わなかった。

 だけど母さんは分かってるわよと言わんばかりの優しい笑みを浮かべていた。







 学校に着き教室に向かうと、俺の前の席で何やらこちらを伺う山平がいた。

 俺を見つけて笑顔で手を振るが、あいつにとったらたった1日友達が体調不良で休んだだけだろうに、大袈裟な反応だ。


「よっ。もういいのか?」


「あぁ、昨日はわざわざ来てくれたのに悪かったな」


「いや、いいって。体調が悪い時に押しかけた俺が悪いんだし」


 そんな会話を山平としていると、教室の後ろの扉から顔を出した青樹さんが入ってくる。

 小走りで席につき、教室の中を見渡してから鞄の中身を机に入れていく。

 見慣れた姿を見て、俺の心がチクリと痛む。

 青樹さんに記憶が無くても、俺は彼女を泣かせたのだ。


「なぁ、山平」


「んんっ? どうした?」


 俺は顔を青樹さんに向けたまま、ゆっくりと口を開いた。


「相談がある」


「分かった」


 山平はただ一言そう答えてくれた。







 昼休みになると、俺と山平はいつもの屋上へと続く階段にいた。


「聞いても笑うなよ?」


「笑わないって」


 俺にしてみると改めて宣言するのは中々に恥ずかしく、一度大きく息を吐いた。


「俺、青樹さんが好きだ。だから山平に協力して欲しい」


「くっ、くっくっく、あっーはっはっは」


 豪快に笑う山平。

 てっきり驚かれるものだと思っていたので予想外の反応だ。


「わ、笑うなって」


「はははは、ごめんごめん。だって円井に真剣な顔でそんなお願いされたら笑うだろ?」


「だから笑うなって」


 山平は笑いを堪えるように顔を抑えると、大きく頷いた。


「——っ、よし。もう大丈夫。任されたぞ。で、今から青樹を呼んでくればいいのか?」


「いや、告白したいんじゃない。その……ちょっと話を聞いてくれ」


 俺は意を決して全てを話した。

 ループのことも、前回のことも。

 チャイムが5限目を知らせたが、俺は構わず話を続けた。


「……信じられないだろうけど、本当の話だ」


 もし逆の立場なら、俺は山平の頭を疑うだろう。

 ヤバイ薬でもやってるかと逃げ出すかもしれない。

 だけど山平は違った。


「分かった。円井の話を信じるし、協力もするよ」


 茶化すことなく真剣に応えてくれた。

 むしろ俺が驚くほどに。


「ありがとう。だけど……俺が聞くのも変な話だけど、よく信じられるな?」


「ははは、普通に考えたら信じないだろうな。でも、何の根拠も無しに信じたわけじゃないぞ」


 あぁ、なるほどと俺は思った。

 本来俺が知り得ない情報を話したのだ。

 そこに何か感じるものがあったのだろう。


 俺が一人で納得していると山平は俺の顔を指差した。


「円井の顔つき」


「——へっ?」


 続いて俺も自分の顔を指差した。

 真剣な表情と言う意味だろうか?


「自分じゃ気付かないさ。円井の顔つきは一昨日とは別人だよ。だけど話を聞いて妙に納得しちまったんだ。あぁ、そうかってな」


「そんなに違うのか?」


「違うね。シェークハンドとベンホルダーぐらい違う」


「シェーク?」


 俺が理解不能の顔をすると、山平はやれやれと言った感じて首を振り、俺の肩を叩いた。


「まっ、いいさ。問題は川原先輩だな。って名前だけで表情変えるなよ」


 どうやら露骨に表情に現れていたようだ。

 俺と山平は5限目を使って情報を共有する。

 前回知ったように川原はゲスなままであり、対策を考えた。

 証拠を集めて悪事をバラす。

 弱みを握り青樹さんから手を引かせる。

 納得いかないが、別れる彼女との寄りを戻させる。


 どれも言葉にするのは簡単だが、実行しようとすればかなりのリスクを伴うことになるだろう。


「なぁ、結局のところ、青樹とはどうなんだ? そりゃ川原先輩にお灸を据えるのが一番手っ取り早い気はするけど、それはそれで青樹は傷つくだろ? 下手したら男性不審になるかもしれない。円井とくっつくのがベストだと思うんだけどな」


「それは俺にとってだろ? 青樹さんには青樹さんの好みがあるだろうし」


「一理あるけどな。でも俺の見立ててでは少なからず青樹は円井に興味を持ってると思ってるんだけど」


「はぁーーっ!?」


「知らないのか? あいつ以外とこっち見てること多いぞ」


 そんなことを言われると思わず嬉しくなってしまうが、実は見てたのは山平でしたって最悪の想像も頭をよぎる。

 いや、それで青樹さんが幸せになるならそれでいいんだけど。


「とにかく、絶対ではないにせよ円井はループを繰り返せるんだろ? 何度も繰り返して盤面をひっくり返そうぜ」


「お、おう」


 話をまとめると川原への対処も行いつつ、青樹さんと結ばれる未来も模索するといったところだ。

 山平はループ用にととっておきの秘密を俺に教えてくれた。

 もし万が一、ループした先の山平が信じない時に話せば、間違いなく恐れ慄き味方になると言う秘密をだ。


 それから俺と山平は様々なことを行った。

 川原に対しては様々アクションを起こし、青樹さんとは山平も入れて仲良くなる。


 7月6日は告白の日と定め、その時持てる最高のシチュエーションで告白していくのだった。







「うわぁぁぁ!」


 何度経験しても慣れない寒気を感じて、俺は飛び起きた。

 アラームが鳴る前のスマホを操作し、すぐさま机で新品のノートに書き込みを行う。

 膨大な量の書き込みではあるが、なんとかまとめ終えた俺は最後に96の文字をタイトルに書き込んだ。


 しかし、前々回である94回目に受けた衝撃が未だに尾を引いているな。

 まさか……山平と青樹さんがくっつくなんて。


 めちゃくちゃ複雑な気持ちだった。

 嬉しいというか、悔しいというか。

 というか、俺は90回以上フラれているのに一発で成功させるなよと言いたい。

 だが一つ分かったことは、二人がくっついてもループされたということだ。


 こうなってくると、やはり俺が青樹さんと結ばれない限りループは終わらない説が現実味を帯びてくる。


 だが、そうならば終わりは近い。

 いや、今回で終わることになるだろう。

 青樹さんと川原が仲違いする方法も知ったし、何より山平が青樹さんに告白した出来事は、かなりの重大な発見だ。


 7月2日、隣町で行われている夏祭りに俺と山平、そして青樹さんの3人で向かうと彼女連れの川原に遭遇する。

 そこで川原が喧嘩を売ってくるのだが、その場はとりあえず口喧嘩程度でおさまる。


 その後、花火大会が始まる前にトイレに行った青樹さんは川原に捕まった。

 前々回では人気のない所に引きづられる青樹さんを山平が見つけて助け出し、花火の打ち上がる光景をバックに思わず「俺、青樹のことを守りたい」といった山平とくっついた。

 ちなみに俺は何も知らずに必死に一人で青樹さんを探していたんですけどね!


 おそらく俺と山平の立ち位置が変われば、そこでループは終了する。

 前回は分かっていながら川原とダブルノックアウトとなり告白の機会を逃したが、一度経験した俺はもう大丈夫だろう。

 ノートにもちゃんと書き記してある。


 これで俺はループから抜け出すのだろう。







 96回目は順調に進んだ。

 山平と連携をとり、青樹さんと親しくなる。

 川原と二人の彼女との修羅場にも遭遇するように動き、青樹さんはゲスの本性を知った。




 そして迎えた7月2日。


 多少の劣勢はあったものの何とか川原を退けた俺は、その場に座り込んでいた。


「円井くん。大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ」


 口元を袖で拭うとこの日のために用意した新品の浴衣に血がついたが、名誉の負傷だ。


「…‥ごめんね。私のせいで」


「別に青樹さんのせいじゃないよ。悪いのは川原だって」


「……でも」


 青樹さんの目には涙が溜まっていた。

 俺が怪我したことに心を痛めたのだろう。

 どんな言葉をかけようかと思ったその時、青樹さんの顔が光で照らされる。

 その多彩な色は大きな音と共に空に広がっていた。


 今にも泣き出しそうな青樹さんは、とても綺麗で俺は見惚れてしまう。

 このシチュエーションか……、思わず山平が守ると言った気持ちが分かる。

 花火をバックにしたこの状況でこんな姿の青樹さんを見れば、勝手に口が動いてしまう。

 花火音に負けないくらい心臓の音がうるさい。

 俺は覚悟を決めて青樹さんの目から溢れた一筋の涙を、そっと人差し指で拭った。


「俺……青樹さんのことが好きだ。青樹さんの涙なんか見たくない。ずっと、ずっと守るから。一緒にいてくれないか?」


 俺の言葉に顔を上げた青樹さんと視線が絡む。


「俺と付き合って下さい」


 彼女の顔が赤いのは多分花火の光のせいではないだろう。

 青樹さんは泣き笑うと小さく頷いた。


「うん」


 96回。

 様々なことを繰り返してきた。

 辛くて押し潰されそうな時もあった。

 でもそれら全て合わせたとしても、今この瞬間で完全に報われた気がする。


 青樹さんはスッと目を閉じた。

 それが何を意味しているかが分からないほど俺は馬鹿じゃない。

 俺は青樹さんの前髪を少し指でずらし、ゆっくりと顔を近づけた。


















「うわぁぁぁ!」


 全身を襲う寒気を感じて、俺は飛び起きた。

 周りを見ればそこは見慣れた俺の部屋。


「なん……で……だよ」


 俺と青樹さんは結ばれた。

 確かに青樹さんは「うん」と答えたはずだ。

 枕元ではスマホが朝を知らせるアラームを鳴らしている。

 恐る恐る画面の覗き触れると俺は愕然とした。


 ——6日7日。


 またループしている。


 自分でも分かるくらいの荒い呼吸と早鐘を打つ心臓。

 だが混乱している場合でないのも分かっている。

 俺はよろめきながら椅子に座ると引き出しを開けた。

 原因を考えるのは後だ。

 記憶が薄まる前にノートに記さなければならない。


「嘘……だろ?」


 だが、引き出しの中は空っぽだった。

 今まで必ずそこにあったはずの新品のノートは消えていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] わー!!! これメッチャ面白い!!!!
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