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第8話「俺、シティーボーイ(※スラム街)なんですよ」

 ゼニス大尉率いる特別歩兵連隊第1中隊が駐屯を命じられたのは、アスミタ地方にある農村のアスミタ村である。


 第1師団の主力が駐屯するベネル市がアスミタ地方の中心都市で80万の人口を誇るのに対して、アスミタ村は人口数百人の小さな村だ。


 その様な村が何故地方全体と同じ名称を持っているのかは、正確には不明であるが諸説ある。


 田舎者特有の恐れ知らずで壮大な名前を付けた。


 太古にアスミタ村こそがアスミタ地方の中心地であった。


 古代ゴダール帝国初代皇帝の片腕と呼ばれたアスクム=ミタリ将軍に因んだ名前である。


 ただの偶然である。


 などだ。ぶっちゃけ、地方の一寒村の名称の由来など、誰もまともに研究しないのでこれらの説も特に証拠があると言う訳ではない。


「アスミタ村ってどんな所なんすか?」


 村へと続く道を歩くゼニス大尉に、部下のガストン二等兵が尋ねてきた。彼は銃弾を受けてかなりの重傷であったが、今は歩くのには支障は無さそうである。とても元気そうに見える。


 部下が無事である事にゼニス大尉は改めて安堵した。


 なお、何故一介の二等兵が士官にこれだけ馴れ馴れしい口調なのかとか、何故第2小隊所属の彼が先頭を行くゼニス大尉のすぐ後ろにいるのだろうかとか、そもそも行進隊形など誰もまともにとっていないとか、まともな士官教育を受けてきたゼニス大尉には思うところがある。


 しかし、彼の率いる第1中隊は常識の通じる様な、まともな市民――というか市民扱いはされていなかったのだが――出身の者はほとんどいない。なのでとりあえず自分の指揮に従ってくれるだけで、当面の間は満足する事にしている。


「アスミタ村はベネル市から半日もかからない所にある村で、まあ田舎だな。農業主体の村で他にこれといった産業はないらしい」


「一応、鉱山が近くにあったらしいですよ。とっくに枯渇して閉山されたらしいですけど」


 第3小隊長のジェシカ少尉が会話に入って来た。彼女は高い水準の教育を受けてきた、第1中隊の頭脳とも呼べる存在だ。幼年学校から軍事教育を主に受けてきたゼニス大尉よりも、教養といった点で言えば上である。


「ひゃあ、田舎っすか。参ったっすね。俺、シティーボーイなんですよ。首都育ちなんで。そんな所に一ヶ月もいて大丈夫かな?」


 生まれも育ちもスラム街の彼が、「シティーボーイ」などと名乗るのは非常におこがましいのだが、ゼニス大尉は特につっこむ事は無かった。


 スラム街でも首都は首都であるし、もしかしたらよそ者がこういう自虐ネタに対して下手に触れるのは、良くない結果を生むかもしれない。それに「カテゴリー5」と呼ばれている彼らは生まれた時から非常に劣悪な環境で育ち、差別的な扱いを受けてきた。心に深い傷を負っていてもおかしくは無いのだ。


「シティーボーイだあ? パルス地区がシティーに入るかよ、ぼけえ!」


「うっせえベネット、おめえの住んでたキリル地区に教会があったからって調子に乗んじゃねえ。こっちは三ツ星レストランの「ルイズ」の飯を食って育ったんだ。文化的にどっちが上だと思ってんじゃこら!」


「はあ? 「ルイズ」の飯って、残飯が捨てられてただけじゃねえか」


 ……深く考えすぎた様だと、部下達の言い争いを聞いて、ゼニス大尉は思い直した。


「しかし、私達の中隊だけで、アスミタ村を一ヶ月も守り切れるのでしょうか?」


 ジェシカ少尉がゼニス大尉の横に並び、少し不安そうに疑問を述べた。


 この疑問は当然である。アスミタ地方に侵攻したトスケール帝国軍は数個軍団規模であり、このベネル市やアスミタ村がある地域に限定しても1個師団は確実にいる。


 中隊と師団では相手にならない。


 しかも、地図を見る限りアスミタの前方には平原が広がっており、第1中隊得意の隠密行動や伏撃がしにくい地形である。単独で食い止めるのはかなり難しい。それに第1中隊の兵士たちは国家や共和国軍に対する忠誠心はこれっぽちも無く、忍耐力や責任感をもって防衛するなど、まずできない。


「いや、あと二日したら聖戦祭の月が始まる。この間は戦闘行為をしないのが、軍事上の常識だ。共和国もトスケール帝国も、同じヒエロス教だからな。この戦争が始まってから何度も聖戦祭の月を迎えているが、毎回休戦協定が一ヶ月だけ結ばれている」


「じゃあ、私たちは取り敢えず追い払われただけだと?」


「そういう事だ。まあ、あまり構えて考えなくていいぞ」


 ヒエロス教は、ゴダール共和国やトスケール帝国が存在するケール大陸の西方世界において、一大勢力を誇る教団である。当然ゴダール共和国もトスケール帝国も、その国民の殆どがヒエロス教徒であるため、ヒエロス教で重視されている聖戦祭においては戦闘行為を回避するのが倣いだ。


 ハンザ中将が赴任直後に後方に撤退したのも、「聖戦祭の期間における戦闘を避けるため」という大義名分がついているからだろう。その様な、誰もが否定しにくい理由が無ければ、いかに王党派の重鎮とはいえ処罰を免れるのは困難だっただろう。


 ただ、現場で戦ってきたゼニス大尉から見れば、この行為は敢闘精神に著しく欠ける行いであり、本来ならこれまで獲得した地域を守るため、聖戦祭の間も野外に駐留するのが当然に思われた。


 もちろん、自分たちが命をかけて奪取した504高地を、あっさりと譲り渡されたとの恨みもある。


「あら? 見えてきましたよ。あれがアスミタ村ですね?」


 ジェシカ少尉が指し示す方向には、木造の家がまばらに立ち並んでいる。もう、刈り入れの時期はとっくに過ぎているので田園風景と言う訳ではないが、麦畑と思しき区画が広がっていた。


 予想通りド田舎である。


「よーし、あともう少しだ。着いたら宿泊場所を調整して、今日の所はゆっくり休むぞ」


「へ~い」


 襲撃任務から逃避行まで連続でこなしていたために、兵の表情や声には疲労が浮かんでいる。しかし、目的地が見えて多少は活力が戻ったようだ。


 取り敢えず一ヶ月の間は、ゆっくりと出来る。


 ゼニス大尉はそう考えながら、村への歩みを早めた。


 この時、ゼニス大尉も、第1中隊の兵士の誰もが、アスミタ村で運命を変える出会いがあると、思う者はいなかったのだ。

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