エピローグ
ゴダール共和国とトスケール帝国との停戦が成立してから十年の後の事である。
かつて戦火に焼かれ、村人の大半を虐殺される惨劇を受けたアスミタ村は、平穏を取り戻していた。死んだ者は生き返らないが、生き残った者達は新たな命を継いでいく事が出来る。また、帝国軍の侵攻により同じように虐殺されたペネループ村の様な近隣の村の生き残りも集まり、再建を果たしたのだ。彼らはかつて集落同士の利権争いにより死人まで出してしまった仲だが、今ではその様な様子は全く見えない。
そのアスミタ村の広場に大勢の人々が集まっていた。人々は大きく二つのグループに分けられ、片方は整然と整列し、もう片方はその様子を取り巻きながら見物してる。取り巻いているのは皆村人である。
では、もう片方の集団は何なのかと言うと、全員が同じような制服に身を包んだ集団――ゴダール共和国軍の兵士達である。
「遅い! 新着任の連隊長は、一体何をしているのか? 元帥が隊旗授与のためにずっと待っておられるのだぞ!」
「まあまあ、セリス大尉。奴にも何か事情があるのだろう。どうせ今日は村に泊まる予定だった。気長に任せて貰おう」
「しかしアンリ元帥、連隊長がこれでは、共和国軍の歴史に燦然とその名を轟かす、第1特別歩兵連隊の名が廃ります」
アンリ元帥は、中隊長を務めるセリス大尉の言葉を笑って受け流した。
(燦然とその名を轟かす、か。時代は変わったものだ)
停戦交渉の妥結後、論功行賞も兼ねて様々な戦いが検証される事になった。それによって当時軍団長であったアンリの戦功が評価され、今ではこうして共和国軍の最高位である元帥にまでなる事が出来た。
そして、アンリ元帥の他にもその戦いぶりを評価された者達がいる。
第1特別歩兵連隊第1中隊だ。
本来特別歩兵連隊は「カテゴリー5」と呼ばれる劣悪な素質の兵士の集まりであり、そこには何の期待もされていなかった。単なる数合わせであり、悪くすると弾除けに使われて死んでいくだけの存在であった。
だが、戦後に検証された第1中隊の活躍は、共和国軍のどの部隊をも圧倒する戦果をあげおり、その価値が見直されたのである。
更に特別歩兵連隊という存在について調査をしてみると、その成立の経緯からしてある思惑が絡んでいたことが発覚する。本来徴兵対象とならない市民として見られていなかった者達を、長期化する戦争で男手が払底した穴埋めに使うというのが、特別歩兵連隊の趣旨であった。そしてその発案者は、戦争末期に反逆者であったことが発覚したハンザ侯爵であった。
細部調査の結果、特別歩兵連隊の兵士の招集にあたっては恣意的に行われており、ハンザ侯爵に反抗的な者や、手に入れたい土地に住んでいる者が優先的に兵士に選ばれていたのだ。この事は、ハンザ侯爵の息のかかった者が指揮官をしていた部隊に配属された特別歩兵連隊の兵士達の、死亡率が極めて高い事との関連性も示唆している。
ハンザ侯爵達王党派とは関係の無い派閥の指揮官たちも、質の低い「カテゴリー5」の兵士などこんなものだと思い込んでいたのだが、その考えを第1中隊の戦いぶりが改めさせたのだ。
社会の底辺どころか一員ですらない「カテゴリー5」の兵士達も、適切な訓練をすれば一般の兵士と遜色のない、場合によってはその特技を活かして遥かに活躍する事が出来る。
となると、これまで市民社会から見捨てられていた者達も、きちんとした教育を受けさせる事によって、市民として社会で活躍できるのではないだろうか。
その様な考えが軍関係者に生まれたのは、当然の帰結であった。軍は人の生き死にに非常に敏感な世界である。頼りになるのならその出自を問わない雰囲気がある。特に革命後の共和国軍はそうであった。
そしてその考えは、戦後に人材不足に悩まされる共和国の社会全体に浸透していき、今ではかつて格差があった事が嘘の様である。もちろん、完全に差別が無くなった訳ではないが、それでもずっと良くなっている。
アンリ元帥やバラス大佐の様な市民への影響力の強い人物が、大きく訴えていった成果でもあった。
それにしても時代は変わったものだと、アンリ元帥は感慨深げにまだ喋り続けるセリス大尉の顔を見た。
「かつて第1特別歩兵連隊は私の兄であるロールと共に、この村を守るために命をかけて戦った勇敢な精鋭部隊だと聞いています。私はその話を聞いて軍人を志したと言いますのに……」
「まあまあ、まだ連隊長がいらっしゃらないのはともかく、この村に駐留してもらえるのは助かりますよ。近頃何かと物騒な者ですから」
演説を続けるセリス大尉に話しかけたのは、アスミタ村の村長であるボルトンだった。まだ若いのだが、寄せ集めである新生アスミタ村を取りまとめて立派に村長を務めている。
そして彼が言う物騒だというのは、帝国領からの野盗の侵入である。数年前に帝国内で大規模な貴族同士の内戦が発生し、結果的に帝国内の治安がかなり悪化したのである。そして、帝国領と接しているこのアスミタ地方にも、その影響が及んでいるのである。
その対策として、アスミタ村に第1特別歩兵連隊を駐留させる事が決定し、その記念式典が本日執り行われる事になっていたのだ。また、これに際して新たな連隊長が着任する事になっていたのである。
「そういえば、新しく来るっていう連隊長だけど、かなりのやり手だって噂だぞ」
新たに会話に入ってきたのは、第2中隊長のゾブリ大尉だ。第1中隊長のセリス大尉の同僚であり、また、かつて戦争時に第1中隊に所属していたという触れ込みなので、セリス大尉は一目置いている人物である。
まあ、色々嘘が混じっているのであるが。
「影の処刑部隊を率いていたとか、敵の元帥を一騎打ちで仕留めたとか、帝国内に潜入して裏工作をしていたとか、色々噂を聞いたぞ。今の帝国内の混乱も、この人のしわざらしい」
「本当ですかね? まだ名前すらこちらに届いていないのに?」
ゾブリ大尉もかなりのやり手で、何処からともなく必要な情報や物資を入手して来る能力があるため、セリス大尉としてはある程度信用している。だが、どこか人格的に信用しきれないものも感じるし、今日の情報は流石に信じ切る事は出来ない。
「大変です。オルレアン村の方向で狼煙が上がっています。狼煙の本数からすると、敵の数は五十人程度です!」
ゾブリ大尉の与太話により気持ちが緩んでいたセリス大尉であったが、見張り櫓からもたらされた報告に一挙に緊張が戻って来る。
アスミタ村から帝国側に少し離れた所に位置するオルレアン村には、十人ほどの兵士が常駐していたはずだ。
普通の野盗なら、この程度で十分の備えである。だが、五倍の敵を相手に勝てるとは到底思えない。
「アンリ元帥! 私はすぐに救援に向かいます! ゾブリ大尉は後から来てくれ、先に騎兵だけで向かう!」
「ああ、死ぬなよ!」
仲間と村人の危険を察知したセリス大尉は速やかに判断を下し、式典のために整列していた兵士の中から騎兵だけを選抜してオルレアン村に急行した。
その数は二十騎程度である。これではまだ野盗に対して兵力は劣勢だ。だが、かつて村人を守るために命を捨てて戦った兄や、第1中隊の名誉のためにもここで臆する訳にはいかない。
セリス大尉は命を捨てる覚悟をして馬を走らせた。
悲壮な決意のもとに村に駆けつけたセリス大尉であったが、結果的にそれは無駄となった。何故なら、セリス大尉が到着した時には既に、野盗は捕縛されて村の広場に転がされていたのである。
「これは一体?」
「セリス大尉! よく来てくれました」
呆然とするセリス大尉に、見知った顔の兵士が話しかけて来た。オルレアン村の守備に就いていた兵士である。少し負傷しているが元気そうである。一体何故、五倍もの敵の襲撃にあったのに、こうしていられるのか。
「それはですね。ほら、あの方たちが助けてくれたんですよ」
何が有ったのか問いただすセリス大尉に、兵士が広場の中央で村人達に何か指示をしている男を示した。
その男は、共和国軍の軍服を身に纏っている。偶然通りかかった友軍であろうか。だが、アスミタ地方の最前線である第1特別歩兵連隊より前方に共和国軍の部隊が前進していたという話は聞いていない。
「お? もう来たのか。随分早かったな。この速度なら、俺が来なくても村の壊滅は避けられただろう。だが、一直線に全員まとまって来たのは減点だな。多分かなりの被害が出てしまっただろう」
セリス大尉に見られている事に気付いたその男は、セリス大尉の行動を評価しながら近づいて来た。その軍服には、大佐の階級章が縫い付けられている。
「おっと、俺が到着するのが遅かったことは責めないでくれよ? 何せアンリ元帥から辞令を受け取ったのは帝国領内での事だったんだ。国境を超えるのに少し苦労したんだ」
「あなたは一体……いや、まさか?」
セリス大尉の疑問に答えるように、その男は答えた。
「俺は共和国軍陸軍大佐、ゼニス=ケニスターだ。本日付で第1特別歩兵連隊の連隊長に着任する。よろしくな」




