第69話「大局を見る目はもちろん持っています」
「ところで最後に一つ聞いておきますが、攫ったアポットとアニスは何処にいる? これまで制圧してきた地区にはいなかったし、ここにもいない様だが?」
アポットとアニスがバラス殿下の隠し子である事は、裏付けがとれている。バラス殿下の記憶はまだ戻っていないが、家の書簡をあたってみたところ、アポット達の母親であるエリザベスとのやり取りが大量に残っていた。
間違いなくアポット達はバラス殿下の子ども達であるし、世が世ならゴダール王国の継承者であった。そして、ハンザ侯爵達はそれを成し遂げ傀儡にする事で、自分達に都合の良い社会を再度作ろうとしているのだ。
「なんだ貴様ら。そこまで気付いておったのか。さ~て、どこかな~? その辺りを探してみたらどうだ?」
「そうか、ここにはいない様だな。どうせ、帝国辺りで捕獲しているのだろう?」
「な、何故それを?」
「ヴァストーク伯爵にでも聞いてみたらどうだ? 地獄でな」
以前アスミタ村に攻め寄せた、帝国軍の連隊長であるヴァストーク伯爵は、「高貴なる血筋の者」が「統一帝国」を築くと言っていた。その時は何のことだか分からなかったが、今にしてみればその意味が理解出来る。
アポット達を捕らえて、帝国貴族主導で傀儡政権を築こうとしていたのだ。
バラス殿下の調査により判明したのは、アポット達が彼の子どもであるという事だけでは無かった。バラス殿下の大学における卒業論文のテーマは「アスミタ地方の祭祀と風習」に関する事であった。それによると、その昔救世主ヒエロスは魔王を討伐して人々を導いた後、何処へともなく立ち去っていったと神話には記述されているのだが、余生を過ごしたのが実はアスミタ村だったというのである。
そのため、アスミタ村は一農村でありながら、アスミタ地方という広大な地域の語源となったのである。その事は、アスミタ地方に数年前に存在したネルベ村のクリストフという名士と協力し、古代の文献や遺跡を調査する事により判明した。
そして、その調査をしている最中にヒエロスの直系の子孫にあたる人物を発見し、恋に落ちたのである。それがアポット達の母親であるエリザベスだったのだ。
この調査結果は世の中を震撼させる内容であったが、結局発表は見送られる事になった。ヒエロス教は世界中に大きな影響を持っており、その宗教における救世主の子孫が居たと言う事は、大きな衝撃を社会に与える。救世主の血を引く者として崇められたり、逆に危険が及ぶかもしれない。
しかも、バラス殿下が調査を終える頃には、既にエリザベス中には新しい生命が宿っていた。ゴダールとトスケールの両国に跨る大帝国の創始者と、救世主の血を引く運命の子の誕生だ。時流に乗れば、統一帝国どころか世界帝国すら築き、その頂点に立つ事すら夢ではない。
だが、それを望まぬバラス殿下とエリザベスは、その事を隠して分かれて暮らしていたのだ。当時、その様な事情があった事は、バラス殿下の大学時代の指導教授からも確認する事が出来ている。
何らかの手段によりこの事を知った、ハンザ侯爵やヴァストーク伯爵といった、ゴダールやトスケールの貴族たちは、自分達の野望の道具にしようと思ったのであろう。そして、一応は協力関係にあるのだが、主導権争いを繰り広げたために、色々複雑な事になってしまったのだ。
「そこまで知っているのなら話は早い。どうだ、我らに協力せんか? これまで戦い抜いたお前らの戦力は、一応評価しているのだ。今までの無礼は許そう」
実に手前勝手な言い草だが、ハンザは自分が寛大な為政者だと信じ切った表情をしている。
「トム少尉は、その父親がアポット達の出生の秘密を知っていたため、村同士の対立を煽られてヴァストーク伯爵に殺させ、自分も俺達や村人達を守るために死んでいった」
ゼニス大尉はハンザに向かって歩き出しながら言った。
「な、何だ? 何のことを言ってるんだ? トムなど知らんぞ」
「ゲオルグ少尉は、お前たちが下らない計画のためにスラム街を制圧しようとし、それに反抗したために徴兵され、一緒に兵士になった仲間たちを失った」
また一歩、歩みを進める。
「ゲオルグなど知らんぞ? それにスラムなどどうでも良いではないか。どうせ、いつかは清掃しなければならんだろう」
「アスミタ村の人々は、お前達の下らない野望のために犠牲となった。それで、よく為政者になるつもりだな?」
また一歩、歩みを進める。
「戦いには犠牲がつきものだ。お前だって戦場で何人も命を奪って来ただろうに」
「ロール少尉達は、この国の未来のために必要な人材だった。お前達などよりずっとな」
また一歩、歩みを進める。
「ロール少尉? ああ、知っておるぞ。ルグラン家の跡取りだろう。彼らには残念な事をした。我々の帝国で役に立ってもらうはずだったのに。おい! それ以上近づくな! 蜂の巣にされたいか!」
あと十数歩で切り込める所までゼニス大尉が近寄った所で、ハンザは警告の声を発した。彼に軍事的な指揮能力は無いはずだが、日頃から命令をする事になれているのだろう。中々に堂にいった恫喝だ。
「そして、ジェシカ少尉は……ん?」
ゼニス大尉は歩みを止めて何やら悩み始めた。
「ジェ、ジェシカ少尉は……んん?」
止まったのがハンザの警告のためなのか、それとも単に言葉に困って進めなくなったのか、傍から見ていると判別不可能な悩みっぷりだ。
部屋の空気が、一瞬だけそれまでの緊張が途切れる。その瞬間にゼニス大尉は大声で言った。
「ジェシカ少尉! 何か事情あったっけ!」
その瞬間、ハンザ達の後方の壁が爆音とともに吹き飛んだ。それによって、倒壊した壁に潰される者、高速で飛来した破片で負傷する者が続出する。そして、ゼニス大尉達に銃を向けていた者達も、驚きのあまり視線をそちらの方に向けてしまった。
それが命取りとなる。
ハンザが率いる部隊の注意が逸れた瞬間、ゼニス大尉率いる第1中隊は戦闘を開始した。
ほんの一秒前まで不利な態勢にあったのが、建物の外部からの爆発により完全に逆転した。
一斉射撃によりハンザ達の手下は半減し、残った者も混乱状態に陥る。その隙を逃さずゼニス大尉を先頭にサーベルや銃剣をかざして突撃を敢行する。
それに加え、爆発によって形成された穴から、ジェシカ少尉が部下を率いて突入してきた。先ほどゼニス大尉がジェシカ少尉の名前を叫んだのは、元から決められていた合図だったのだ。
これにより、ハンザ達は包囲される形になる。兵力でも態勢でも、最早逆転は不可能だ。
「こうなれば、死なばもろとも! お前らだけでも道ずれにしてやる!」
「いけません! 原子爆弾としては未完成でも、濃縮されたウランが撒き散らされては健康被害がでます!」
製作中の原子爆弾による自爆を試みるハンザを見て、ジェシカ少尉が珍しい位に悲痛な声で警告を発する。日頃見ることの出来ない彼女の様子に冗談事では済まないのを察し、第1中隊の誰もが急いで止めに入ろうとする。
一番先頭に立っていたゼニス大尉は何とかハンザを止めようとサーベルを突き出すが……間に合わない。ハンザの指は起爆スイッチにかかっている。
誰もが駄目かと思った瞬間、銃声とともにハンザが血を頭から吹き出しながら倒れた。
「未完成の私の爆弾に、勝手に手を触れるんじゃない。愚か者が」
倒れたハンザのすぐ横で、吐き捨てる様に言ったのは原子爆弾開発の一番の立役者であるカルノー教授だった。
原子爆弾の様な人倫にもとる恐ろしい兵器を開発するには、ある意味狂人の域に達する研究者の力が必要であったが、その狂人を御する事が出来なかった結果である。
首魁であるハンザが倒れた以上、抵抗する者はいなくなった。スラム街の各地に配置されていた残党も投降し、アンリ大将の配下達が後始末をしている。
「さて、一応ハンザには礼をしたが、まだ事件は解決してないな」
「待て、ゼニス大尉。お前、アポット達を助けに行くつもりじゃないだろうな?」
「いけませんか?」
ゼニス大尉の独り言を聞き逃さず、アンリ大将は鋭く警告した。
「それはいかん。帝国とは今停戦交渉の真っ最中なのだ。帝国領に進入して救出作戦など、許される訳がない。自重するのだ」
ハンザと協力関係にあった帝国貴族が、聖戦祭の最中に停戦協定を破って侵攻するという事態を引き起こしたため、停戦交渉は共和国に有利に進んでいる。ここで下手な動きをした場合、停戦交渉にどの様な悪影響が出るか分かったものではない。
アポット達は停戦交渉が妥結した後に、捕虜の交換等で穏便に取り戻せば良いのだ。
だが、アポット達の血筋は社会に大きな影響を与える事が出来る。停戦が成立するまでに利用されないとも限らないのだ。
「分かってますよ。私だとて士官教育を受けた者です。大局を見る目はもちろん持っています」
「そうか、ならば安心した。今日はもうゆっくり休め」
アンリ大将に促され、第1中隊の兵士達はゼニス大尉とともにスラム街を後にし、宿舎に戻って行った。
そしてその翌日、宿舎からは第1中隊の兵士達の姿が霞の様に消えていたのだった。
トスケール帝国内で、何人かの有力な貴族が殺害されたとの噂がゴダール共和国に流れて来たのは、少し後のことである。




