第68話「我々貴族は超然たるべきだ」
スラム街には不似合いな、大きく作りのしっかりした建物の中に、ハンザ中将達はいた。スラム街を制圧した彼らは、原子爆弾製造のための拠点としてこの建物を建造していたのだ。
ゼニス大尉が突入すると、そこにはハンザ中将をはじめとする王党派の旧貴族たち、彼らの率いる共和国軍の一部隊――というよりも私兵、協力関係にあるギャング団など待ち構えていた。原子爆弾を研究・製造している研究者の姿も混じっている。
「久しぶりですね、ハンザ中将。いや、確かもうそろそろ軍籍も剥奪されているはずだから、ただの市民ハンザと呼ぶべきですね」
「馬鹿な事を、このお方を誰だと思っている。ゴダール王国はおろか古代ゴダール帝国時代から続くめいも……ぐあ!」
挑発的な挨拶をしたゼニス大尉に食って掛かった取り巻きの一人が、言葉を言い終える前に悲鳴を上げて倒れた。突如飛んで来たカードが彼の喉に突き立ち、血飛沫を上げている。
「こらこらゾブリ、言わせてやっても良いじゃないか。どうせこいつらはここで終わるんだから」
「すまないけどね。今喋ってた奴が、俺達との連絡役だったんだ。部下達の仇なんで、やらせてもらったぞ」
元裏組織の首領であるゾブリであるが、人身売買やギャンブラーとしての印象が強かったため、この様な殺しの術を持っているとは、ゼニス大尉は予想していなかった。意外な特技を見せられ、ただの知能犯ではなかったのかとゼニス大尉は感心した。
血生臭い光景だったのだが。
「一応確認しておくけど、降参する気はありますか?」
「馬鹿な事を、誰が貴様の様な下賤な者の言う事など聞くものか。我々に協力する者は国中におる。お前達をここで倒してしまえば、態勢の立て直しなどいくらでもできる」
これは、一見強がりの様に聞こえるが、そうとは言い切れない。この場にいる戦闘員の数は、ゼニス大尉側が五十、ハンザ中将側が五十であり、数字上は拮抗している。しかも、部屋の入り口から突入したために固まっているゼニス大尉達に対し、ハンザ中将の配下達は部屋中に分散している。
もしも普通に撃ち合ったとしたら、軍配が上がるのはハンザ中将側であろう。
「それは不可能だ。もうこの地域は、完全に包囲されている。例え、この場を切り抜けたとしても、街の外に出る事は不可能だ」
ゼニス大尉達の後ろから現れた人物が、ハンザ中将の言葉を否定した。
「アンリ大将、ここまで来たんですか?」
「ああ、包囲作戦は指示をし終えたから、暇になったんでな。まあ、冗談はさておき、作戦の総仕上げなので、現場確認と言うやつだ」
アンリ大将は将軍でありながら、戦場でも前線に出る事が多い。かつて師団長を務めるいた時、師団の先陣をきって敵軍に突入し、決定的な勝利を収めた事すらある。
「ハンザ中将、いや、市民ハンザよ。既にお前の屋敷からトスケール帝国の貴族たちとの繋がりの証拠が見つかっている。国家反逆罪の疑いがかかっている。大人しく縛について改悛の情を示せば、死罪だけは免れるだろう」
「アンリ子爵よ。貴様、貴族としての常識が無いのか? 我々貴族は超然たるべきだ。例え国同士が争っていたとしても超然とし、高貴なる者同士で交流するべきだろう? そうでなければ、戦争に歯止めがかからんではないか。貴様、平和な世を築きたくないのか?」
「それとこれとは話が違う。お前のやっている事は和平工作ではなく、戦争を隠れ蓑にして自身の権力拡大を狙っていただけだ。しかも、その過程で市民を犠牲にするなど許されるものではない」
アンリ大将は自身の思想としては共和派であるが、旧貴族出身の血筋である。それを好機と見て取ったハンザは説得にかかったのだが、そのあまりに身勝手な理論をぴしゃりとアンリ大将は拒絶した。
もしもアンリ大将が説得されてしまったなら、完全に形勢は逆転していただろう。おそらくハンザが帝国貴族と裏工作をしていただけなら、アンリ大将も見逃していただろう。国家同士の争いとは、そういう表に出ないものや、場合によっては綺麗ごとでは済まされないものも必要であると、軍の高官である彼は知っている。
だが、ハンザは言っている事と実際にやった事の落差が激しすぎ、説得力がまるでない。
「くっ、貴様の様な者を貴族と思ったのが間違いであったわ。だが、ここにのこのことやって来たのが運の尽きだ。ここで貴様を倒してしまえば、脱出は可能であろう」
ハンザのこの発言には間違いはない。アンリ大将は部下に包囲作戦の指示を残してからやって来たので、本来なら例え戦死しても理論上この作戦に関しては問題なく遂行されるはずだ。だが、指揮官を殺害された場合、その混乱の影響は凄まじい。生じるであろう指揮の乱れに乗じれば、ハンザ達は逃亡できる可能性がある。
この辺りの感覚は、純粋な軍人であり過ぎるため、自分が死んでも部下は問題なく任務を遂行できるだろうと考えてしまっているアンリ大将に対し、謀略により生き延びてきたハンザの方が人心の掌握にある意味長けていると言えよう。
「馬鹿な事を、俺を殺せると思うならやってみるがいい」
「えっと、一応下がっててくれませんか? 万が一と言う事もありますし、これは我々の戦いなので」
例え敵が一万を超える師団規模であったとしても、臆することなく先陣を切って突撃する男の度胸はやはり違う。まるで恐れるそぶりなど無いし、自分に弾が当たるとは思ってもいない。戦場ではこういう者ほど弾丸が逸れていくものだ。
だが、偶然というものは存在する。ゼニス大尉としてはここでアンリ大将に死なれては困るし、この戦いが自分達のものであるという言葉も本心である。
この戦いは、共和国や帝国の未来を左右する重要なものであるが、この際それは関係が無い。あくまで自分達の復讐のためなのだ。




