第67話「最後は俺も行く」
「第25地区、制圧完了」
「よし、第2小隊に交代し、そのまま前進しろ」
「了解」
部下の作戦進展に報告に内心喜んでいたゼニス大尉だったが、それを表に出すことなく平静さを保ちながら指示を出した。
作戦の経過は順調だ。しかもゼニス大尉が率いる第1中隊に今のところ被害は出ていない。これも、万事ゼニス大尉の考案した作戦が上手くいったからだ。
「上手くいっているじゃねえか。隊長さんよ」
「ええ、キンゾーさん。あなたの協力もあっての事ですよ。感謝してます」
「よしてくれよ。そんな事を言われちゃあ、ケツが痒くならあ」
ゼニス大尉の傍にいるのは、兵士ではない。それどころか、普通のゴダール共和国民からはかけ離れた容貌の老人である。
白髪交じりの黒い髪、黒い瞳、低い鼻。
これらは、共和国では珍しい東方の民の特徴である。
キンゾーは、東方の大海に位置する海中国という国から流れてきた男であり、流れ着いたゴダール共和国でギャング団の親玉にまでのし上がり、他の裏組織からも一目置かれる傑物である。彼の率いるギャング団は、海中国の裏組織の風習を取り入れているため、他の組織とは一風変わっており、「ヤクザ」と専門的には分類されている。まあ、ゼニス大尉にとってはどうでも良い話なのだが。
重要な事は、キンゾー親分の最も信頼する子分であるゲオルグは、王党派の策略により徴兵されてしまい、生存率の極めて低い特別歩兵連隊に入れられてしまった事に始まっている。
普通なら捨て駒にされて死んでしまうはずのゲオルグだったが、配属された中隊の中隊長がゼニス大尉であったため、運勢の風向きが変わった。その作戦遂行能力により、数々の死地を乗り越え、こうしてゲオルグを引き連れてキンゾーのいる首都まで戻って来たのである。
諦めるしかないと腹をくくっていた子分が戻って来たのだ。そしてその恩人であるゼニス大尉は、仇敵である王党派、そしてその手先となっているマルモン団と戦うのだという。
全面協力を申し出たのは言うまでもない。
「ここまで上手く行くとは思ってなかったですよ。これも、キンゾーさんに建物の配置を詳しく教えてもらってるおかげです」
「気にすんなぁ。連中におん出されたやつら保護してっからよお。あの辺のこたあ、みんな分かんだ」
キンゾー親分から入手したスラム街の情報により、ゼニス大尉は詳細な作戦を立てる事が出来た。スラム街は、違法な建築物の無秩序な増改築によりカオスが支配する地域であり、外のからやって来た者は間違いなく迷ってしまう。
よって、普通の部隊なら普通に作戦を遂行するのは難しいだろう。ゆっくりと前進させるか、はたまた全部焼き払ってしまうかくらいしか、安全に作戦を進めるのは困難だ。
キンゾー親分の情報は、通常なら不可能な作戦を可能にする内容だったし、そもそもゼニス大尉の部下にはスラム街の出身者も多い。彼らにとっては、スラム街のカオスは横暴な官憲から守ってくれる味方である。
「それにしてもよお。あんたの部下達、いい勢いだなあ。マルモン団のクソ野郎どもも、貴族どのの兵隊も、数だきゃあ多いぜ。それなのに全然ビビッてねえし、逆に押してらあ」
「キンゾーさんがゲオルグ達と一緒にマルモン団のアジトに突入した時の話を聞きまして、それを真似してみたんですよ。ここまで上手く行くとは思ってませんでしたが」
かつてマルモン団がスラム街を制圧しようとした時、それに反発したキンゾー一家は殴り込みをかけた。キンゾー一家はその名の知られたギャング団であるが、王党派の資金援助によりならず者を集めているマルモン団の方が勢力は格段に上であり、勝ち目は無いと思われていた。
だが、結果としてキンゾー一家が勝利した。
キンゾー親分は、ゲオルグなどの腕の立つ少数の子分だけを引き連れ、隠密に襲撃を仕掛けたのだ。全面戦争を警戒していたマルモン団はキンゾー一家の攻撃に気付くのが遅れ、結果としてキンゾー親分に一気にスラム街に構築したアジトまで踏み込まれる事になった。しかも、キンゾー一家の残りの子分たちが奇襲に混乱するマルモン団に対して、各地で襲撃を繰り返し、これが混乱を更に拡大させたのだ。
このキンゾー一家の武勇伝をゲオルグ少尉から聞いたゼニス大尉は、スラム街での戦い方を思いついたのだ。
スラム街は特にそうなのだが、市街地においては道が入り組んでいたり、建物内部が部屋で分割されているため、大勢で作戦を遂行する軍隊にとって戦いにくいという特徴がある。
最低限の指揮能力を持つ少尉の小隊長でさえ、数十人の部下を率いており、これより部隊を分割するのは難しい。かと言って数十人で固まって行動する事は市街地戦では非効率的だ。そして無理やり分割した場合、判断能力のない兵士達がちりぢりになり、結果として戦力になる事はないだろう。
だが、ゼニス大尉の率いる第1中隊は違う。これまでゼニス大尉は、部下達に自己の判断で戦う事を要求し、それによって可能となった分散作戦により生き抜いてきた。これは、ゼニス大尉の訓練のおかげもあるが、第1中隊に所属する「カテゴリー5」の兵士達は自分の判断に頼って生きてきたためでもある。国家から束縛される代わりに、様々な保障を受けられる一般国民とは違うのである。
今回の作戦ではこれまでの戦法をさらに進め、4~5人の分隊を構成させ、分隊内で連携しながら目標となる建物を制圧、他の分隊はこれをサポートする様にしたのである。
これは今のところ上手く行っている。敵が警戒のために配置していた兵士やギャングたちは、人数を絞って軽快に攻撃を仕掛ける第1中隊の動きに全く対応する事が出来ない。しかも襲撃は銃撃を局限し、隠密に攻撃を仕掛けているので、恐らくほとんどの敵は自分達が襲撃を受けている事にすら気付いていないだろう。
加えて、この作戦に参加しているのは第1中隊だけではない。首都にアンリ大将は、手勢にスラム街を包囲させている。彼らは第1中隊の様に少数で奇襲をかける事は出来ないが、敵が離脱する事を防ぐ事は可能だ。また、キンゾー一家の息のかかった者達が下水道に潜伏しており、こちらの離脱経路も塞いでいる。
今回の作戦は、隠密性が非常に重要だ。アポットとアニスを人質に取られる可能性もあるし、ウランにより作成される爆弾を起爆されるかもしれない。ジェシカ少尉が語るところによる「原子爆弾」なる兵器の威力は、理論上首都全体を灰燼に帰す事が可能であるため、普通なら自らも死んでしまう事を恐れてこの状況で使用される事は無い。だが、自棄になった敵が使用しないとも限らないのだ。
「中隊長! 目標の建物まで経路を確保しました。すぐにでも攻撃可能です」
作戦開始から暫くして、ボルトン少尉が興奮気味に報告をした。もうすぐ、アスミタ村虐殺事件の首謀者たちに復讐する事が出来るのだ。気持ちが前のめりになるのは、ゼニス大尉とて同じだった。
「分かった。最後は俺も行く。決着をつけるぞ」
ゼニス大尉はサーベルを引き抜くと、ハンザ中将のいる建物に向かって走り出した。




