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第66話「ウランの濃縮は間もなく完了します」

 ゴダール共和国陸軍中将たるハンザ侯爵は、数人の白衣を着た男達が熱心に話しているのを、興味が無さそうに聞いていた。


 白衣の男達は、今ハンザ侯爵が目にしている物について詳しく説明している。だが、ハンザ侯爵にとって技術的な事はどうでも良い。彼の関心は、目の前の物体が自分の望む力を発揮してくれるかだけである。


 目の前の物体は、大人の倍近くはあろうかという金属の塊だった。その形状は砲弾に似ているが、もちろんこれだけ大きな砲弾を射出可能な大砲は、現在のところ存在していない。


「それでニコル伯爵、これは後どれだけあれば完成するのかね?」


「ウランの濃縮は間もなく完了します。私の考案した熱拡散法の理論や技術はすでに完成の域にありますので。本当は、遠心分離法や電磁濃縮法などを試してみたいのですが、ここはあまり設備や電力を得られませんのでして、残念ながら挑戦できません。この実験が成功しましたら、是非新しい方法を試してみたいものです」


 ハンザ侯爵の問いに答えたのは、ニコル伯爵と呼ばれた男ではなかった。話しに割り込まれた様な気がして、ハンザ侯爵は少しだけ眉を顰める。問いに答えたカルノーという男は大学の教授であり、白衣の男達の中で最も学術的な知見が高い。だが、カルノー教授は平民であるため、ハンザ侯爵としては直接話などしたくなかったのだ。本来ならこの様な無礼者は縛り首にしてやりたいのだが、ハンザ侯爵が進める計画の成功のためには、カルノー教授の協力が不可欠だ。


 これまで生きてきた中での最大級の努力により、何とかその怒りを抑え込んだ。


(計画が成功すれば平民共は分をわきまえ、この様な無礼者が存在しない正しい世の中になる)


 その様な事をハンザ侯爵は思った。


 実に手前勝手な思想であるが、彼が旗振り役である王党派の旧貴族たちは、殆どが同じような思想を持っている。中には、革命後に出来た共和国政府の無策、迷走ぶりに失望し、貴族による寡頭制により世の中を安定させようという志の持ち主もいる。だが、そんな奇特な人物はほとんどいない。


 この、王党派を形成する旧貴族たちの有様が、何故革命が起きたのかを雄弁に語っていると言えよう。


「それで、その原子爆弾とやらは本当に街全体を破壊できるのだろうな?」


「それは計算上間違いありません、ですので、起爆の際は時限装置を使って相当遠くまで離れなければなりません。私としては、近くで起爆スイッチを押して爆破の現況を間近で観測したいのですが、それが出来ないのが残念です」


 残念だと言いながら、カルノー教授のうきうき具合を隠せないそのマッドサイエンティストぶりに、ハンザ侯爵は吐き気を覚えた。原子爆弾で首都を壊滅させるという計画は、ハンザ侯爵の発案なのであり、傍から見えれば五十歩百歩である。だがなんと、ハンザ侯爵の心の中では原子爆弾により命を落とす市民に対する同情の念が存在していた。


 共和制を支持する愚民どもとは言っても、本来はゴダール王国の臣民である。生きる世の中さえ間違っていなければ、王制を支えてくれたはずなのだ。正しい世界を取り戻すために、首都に生きる市民のほとんどが死ななければならないのは、非常に残念な事である。


 まあ、だからといって計画を中止するどころか、可能な限り被害を抑える手段を検討する気すらないのであった。


 要は、養豚場の豚がこれから屠殺されるのに対して、かわいそうだと思うのとほとんど変わらないのである。


 それにしても自分は運が良いと、ハンザ侯爵は思った。


 この計画はトスケール帝国で産出されるウランが必要なため、縁戚の帝国貴族の協力を得て行われている。だが、いくら縁戚とは言っても外国の勢力であるため、計画成功後の権益の調整が上手くいかず、結果共和国内に運び込まれたウランを隠匿されてしまう事になった。


 だが、ハンザ侯爵が師団長に任命された地域で隠されたウランが発見され、しかも上手い事に協力していた帝国貴族のヴァストーク伯爵が戦死してくれた。他にも協力者はいるのだが、直接の窓口はヴァストーク伯爵だったため、王政復古後にうるさく口出しして来る者は最小限になるだろう。


 しかも、ヴァストーク伯爵は自分達でウランを使用したいので返却してくれなどと言って来た最中の出来事であった。本来なら返したくないのだが、今後の協力関係のために承諾せざるを得なかった。だから、ヴァストーク伯爵の部隊の侵攻経路を手薄にしていたのに、まさか戦死するなど予想外の出来事である。


 十倍にもなっただろう戦力差を覆し、見事にヴァストーク伯爵を討ち取ったのは、第1特別歩兵連隊第1中隊とかいう乞食部隊であった。実のところ、この様な弱小部隊なら簡単に壊滅するはずなので、ヴァストーク伯爵の邪魔をしない事と、一応防衛をしようとしたという言い訳のための配置であった。


 それにも関わらずあのような結果になったのは、天が自分に味方しているのだろうとハンザ侯爵は納得した。


 平民のカルノー教授によって乱されていた気分は、自慰行為的な身勝手な想像により回復していた。


 実にお手軽な事である。この様に、想像だけで満足してくれたなら、王党派復活の策謀のために犠牲者が増える事は無かっただろう。


 そして、そんなハンザ侯爵の気分を再び乱す様に、慌ただしく何人かの男達が入って来た。先頭で入ってきたのは、マルモン団というギャング団の首領で、カザンという男である。金次第でどの様な卑劣な行為でもするので、裏仕事で手を汚させるのにはうってつけの人物だ。


「ハンザ閣下、大変です! 襲撃を受けています!」

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