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第64話「あの時あなたは死んでいたのです」

「う~ん。覚えがないなあ。その話、本当なのか?」


 そうゼニス大尉に言ったのは、仕立ての良い軍服に身を包んだ士官であった。階級章は大佐であり、かなり高い地位にいる事を示している。そしてその士官は、その高位に似合わず若い男性であった。


 その柔和な顔立ちは、軍人と言うよりも俳優と言った方が通りが良さそうだ。加えて、その瞳に宿る知性の輝きは、学者然ともしている。


「確証はありません。しかし、状況的にその可能性を示しています。バラス殿下」


「殿下は止めてくれよ。共和国においては、僕はただの一市民だ」


 ゼニス大尉に殿下と呼びかけられた男――バラス大佐は、旧王族の血を引いている。それもかなり王位継承権の高い血筋だ。その血筋と、本人の紳士的な態度からゴダール共和国に生きる国民からの人気はかなり高い。


 彼が王党派に担がれる事を良しとしたならば、今の国民政府を転覆させて王位に就くことも可能であろうし、大統領選挙に出馬したならばまず間違いなく当選するだろう。


 だが、本人は共和制の安定のためその様な事を望まず、一介の軍人として日々職務に励んでいる。


「そもそも僕は結婚していないよ。君も分かっているだろうけど、王党派がもう少し落ち着くとかしないと、厄介な事になるからね」


「そこはほら、隠し子とか……」


「まあ確かに、誰かと恋に落ちてしまったら、子供を作らないとも限らないし、情勢が安定するまでは公にしないだろうね。僕だってそういう衝動を完全に抑えられるとは断言しないよ。でも、全く身に覚えが無いんだよ」


 村人の大半が虐殺されたアスミタ村において、ただ二人行方不明になっている子供たちがいる。彼らは高貴な血を引いており、この事件を解決する鍵になるとゼニス大尉は踏んでいる。そして彼らの父親はバラス大佐だと予想していたのだが、残念ながら返答は芳しくなかった。


 だが、だからといってすぐに引き下がる訳にもいかない。


「実は、その子供たちの母親――エリザベスさんによると父親は戦死したらしいのです」


「ほら、僕はこうして生きているじゃないか。なら絶対に別人じゃあないか」


 バラス大佐の言う通り、エリザベスの言った事が正しいのなら、生きているバラス大佐が戦死した父親のはずがない。


「バラス大佐、落ち着いてよく聞いてください。アマル平原の会戦の事は覚えてますよね?」


「もちろんだ。あの戦いで敵の元帥を討ち取ったから、僕はこうして短期間で大尉の中隊長から大佐まで昇進出来たんだからね。まあ、気絶していたから、敵陣に突撃した瞬間の事は覚えてないけどね。気付いたら君が上に被さっていて、ユーベル君がシュルツ元帥の首を抱えてたっけ」


「その、気絶と言うのは単なる気絶では無かったのです」


「え? そうなの?」


「あの時あなたは死んでいたのです」


「はあ? 本当か?」


 バラス大佐は怪訝な顔をした。無理も無い。自分が実は死んだ事があるなどと、言われる機会は普通はない。


「あの時バラス大佐は、流れ弾で一旦死んでしまったのです。その時に司令部には戦死の報告を行っていました。その後我々は破れかぶれで敵陣に突撃して、シュルツ元帥の首を獲る事に成功したのです。そして、その直後に砲弾で吹き飛ばされたのですが、そのショックで偶然にもあなたは息を吹き返したのです」


「じゃあ、そのエリザベスという女性が、夫が戦死したと言っていたのは……」


「恐らく、戦死の第一報が取り消される事なく、何らかのルートで届いたものと思われます」


 そうゼニス大尉に言われたバラス大佐は、難しい顔をして考え込んだ。


「そして、バラス大佐に妻や子がいた覚えが無い事に関してですが、ここに来る前に生き返った大佐を治療した軍医に話を聞いてきました」


 普通は、ゼニス大尉がかつてのバラス大佐の部下であろうと、勝手に診断内容を話すことはない。だが、アンリ大将の紹介状のおかげで、軍務に関する事項と言う事で聞き出すことが出来たのだ。


「一時的に脳に血液が送られなかったため、記憶に障害が出ている可能性は否定できないと言う事です。何か覚えはありませんか?」


「言われて見ると、確かに僕を尋ねて来たり、手紙の差出人の事をすぐに思い出せなかったりと、身に覚えはあるな。それに、今一つ思い出した」


「何かありましたか?」


「その、アスミタ村の事なんだが、大学の卒業論文のテーマが、アスミタ地方の祭祀と風習についてだったはずだ。うん、思い出してきたぞ。内容は、実地調査をしなければ書けない事を記述している。それなのに、今の今まで、アスミタ村と言われても全くピンとこなかったんだ」


 バラス大佐は、自らの掌を拳でぽんと打ちながら言った。まだ完全に思い出してはいない様だが、これまでのゼニス大尉の話に合点がいったらしい。


 バラス大佐は、自宅に残している日記や書簡に、何か手掛かりが無いか調査する事を約束してくれた。その調査には一日はかかるだろうと言う事で、ゼニス大尉は一旦引き下がることにした。


 そして、アンリ大将に用意された宿舎に戻って、他の調査を実施している部下達の報告を待つことにしたのだった。

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