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第56話「また会いましょう」

 ベネル市の裏組織の元締めであるゴッペルの情報により、ゼニス大尉は新たな情報源を知った。


 裏社会の一員で、表向きは人材派遣会社を運営するゾブリである。彼とはかつて人身売買紛いの悪行を止めるために対決した事がある。決して良好な関係ではなかったが、知らぬ仲ではない。彼に話を聞くことが出来れば、アスミタ地方で帝国軍がどの様な策謀をしていたのか、判明するかもしれない。


 だが、まさか彼が徴兵されていようとは思いもよらなかった。


 しかし、もうすぐ終戦になる可能性が大きいこの時期に、一体なぜ徴兵したのであろうか。


 兵士を増やすことは当然戦闘に有利であるが、良い面ばかりではない。兵士が増えると部隊の行動が鈍重になり、かえって不利になる事がある。また、当たり前の事であるが増えた兵士の分金がかかる。徴兵された兵士に対する給金は雀の涙みたいなものだが、飯や服など、かなり費用がかかる。それに加えて訓練に時間や労力を要する。


 少し前までは「カテゴリー5」の者達を特別歩兵連隊として招集していたが、この場合は捨て駒として運用していたのでその様な問題は無かった。いや、それはそれで問題があるのだが、違う問題である。「カテゴリー5」の兵士達は元々市民としてカウントされていなかったため、使い捨てにするのはある意味理にかなっている。使い捨てにすれば余分な費用は掛からないし、死んでも遺族年金の必要すらないのだ。


 だが、一体この段階で兵士を増やす意味は一体何なのだろうか。


 事情が良く分からなかったのだが、兵士として徴兵されたのなら軍で情報を収集できるとゼニス大尉は判断した。本来あまり行きたくなかったのだが、師団司令部まで行って情報を集める事にする。師団長のハンザ中将は、理由は分からないがゼニス大尉達第1中隊を処刑しようとしていた。しかも、何やら裏で怪しげな動きをしている。そのハンザ中将のお膝元に行くのは危険である。


 それでも情報は欲しい。その様な思いから、ゼニス大尉は司令部のあるベネル市庁舎に向かい、最近招集された兵士について聞いて回った。


 そして、確かに新たな兵士達が招集され、部隊が新編された事を確認できた。驚くべきことに新編された部隊は、「特別歩兵連隊」であった。つまり、招集されたのは「カテゴリー5」の人間ばかりなのだ。


 考えてみれば、ゾブリは裏社会の人間である。一応は表社会でも稼業を営んでいたが、その本質はまともな生き方では無い。つまり「カテゴリー5」の人間なのである。


 だが、残念な事にゾブリに会う事は出来なかった。新たに新編された特別歩兵連隊は、ベネル市の外で訓練をしているとかで、誰に聞いても詳しい場所が分からないのである。


 自ら編成した部隊の所在を、上級の司令部が知らないなど妙な話である。この話には何か裏があるとゼニス大尉は判断した。ただ、それでは真相は何なのかまでは思いつかない。


 結局、真相に至る情報が得られないまま時が進む。負傷していた第1中隊の兵達もかなり回復し、全員が退院できるまでになった。まだ完全に復活していない者もいるが、移動する位ならなんとでもなる。


 合流すべき第2軍団の部隊は、既にベネル市を立ち去っている。そのため、第2軍団に合流するためには数時間歩いて行かなければならない。また、第2軍団長のアンリ大将は、第1師団長のハンザ中将と違って生粋の野戦指揮官だ。着任してすぐにアスミタ地方で最も発展したベネル市に引きこもったハンザ中将とは違い、何もない荒野に陣を構えている。少し前の村の長閑な生活とも、最近の都市での生活ともお別れだ。


 ベネル市を出発する第1中隊を、見知った顔達が見送りのために集まって来た。ベネル市まで避難していたアスミタ村の人々、特選遊撃隊のロール少尉達、ベネル市の裏社会を取り仕切るゴッペルだ。


「隊長さん、頼まれてた調査の結果が出たら、すぐに伝えるぜ。それまで元気でな」


 ゴッペルは、封筒を一つ差し出してきた。彼の言によると、この中には裏社会に人間に対する紹介状が封じられていると言う事だ。ゴッペル一家と友誼を結ぶ組織はかなり多く、ベネル市を離れてもその影響力を活用する事が出来る。もちろん、敵対する勢力もいるのだが、ゴッペル一家と決定的に対立しているのは正統派ではなく、それらの組織に何かを依頼すること自体が先ず無いだろうとの事である。


 この「正統派」なる意味が、実のところゼニス大尉にはいまいち理解しがたいのだが、要は麻薬や人身売買に手を出さないと言う、非道な行い手を染めない事なのだと判断した。まあ、それならカジノや娼館や暴力は良いのかという話であるが、世の中きれいごとだけで回っていないのは、流石に理解している。


「私達を守ってくれた事に感謝しております。この御恩は、子孫代々語り継いでいきます」


「それは少し大げさですが、そのお気持ちはありがたく受け取っておきます。それに、ガストン二等兵達の事をよろしくお願いいたします」


 アスミタ村の村長は、拝むくらいの勢いで感謝の念を述べた。ゼニス大尉は大げさだと言ったが、全員皆殺しに合うはずの所が逆に全員生き残ったのである。しかも、敵は一万を超える大軍だったのだ。これは、一農村だけでなく、国全体で語り継がれても良い位の快挙である。


 ゼニス大尉が教育省の役人であったなら、道徳の教科書に第1中隊の戦いについて記述し、国民の戦意高揚を図ったかもしれない。もちろん、今はその様な立場でないので、そんな事をされたら冷めた目で見るだろう。


 第1中隊の様な「カテゴリー5」の兵士を使い捨てておきながら、都合が良くなると顕彰して利用するのかと。


 それはともかく、第1中隊の兵士の中には、隊員こそできるまで回復したものの、まだ戦線に復帰するには至らない者もいる。だが、彼らの回復を待っていては合流を待っているアンリ大将に申し訳が立たない。いくらアンリ大将が合流は何時でもいいと言ってくれていても、世の中には道義と言うものがある。だが、第1中隊を処刑しようとしたハンザ中将のお膝元である、このベネル市に残置するのもためらわれた。


 だから、アスミタ村で療養する事になったのである。また、医療的な観点から言っても、ある程度回復した今となっては、アスミタ村の自然の中でリハビリするのが、より効果が高いかもしれない。


「それでは僕たちは、アスミタ村の皆さんを送り届けてきます。帝国軍は押し戻して今は活動が鈍いですが、偵察兵が入り込んでいて、道中遭遇しないとも限りませんから」


 アスミタ村へ帰る村人達の護衛は、特選遊撃隊のロール少尉達が担ってくれることになった。本来彼らは中央に帰還して、それぞれの学識を生かした職務に就く予定であった。だが、今は帝国との停戦交渉に入っているため戦況が不活発である。そのため、最後の我儘として護衛を申し出たのである。


 彼らは皆、政治、学問、経済等の各分野において、共和国の未来を担う事が約束された人材である。帝国との停戦が間近なこれからこそが、彼らの力が役に立つときであろう。


 ここでそれぞれの道を行く事になるが、平和な時代が来ればまた会う事が出来る。そうなれば、昔話に花を咲かせながら酒でも酌み交わす事が出来るだろう。そして、戦争終結はもう間近なのである。戦争が終わってもハンザ中将や、戦前からの帝国の策謀などをアンリ大将の下で調査する事になるかもしれないが、それでも大規模な戦争は終わる。


 名残惜しくはあるが、彼らと出会う機会はすぐにやってくるはずだ。まあ、アスミタ村の村長は年齢的にぽっくり行く可能性があるが、アスミタ村自体はずっと残る。


「では、また会いましょう。それまでお元気で」


 再開を願いながら、ゼニス大尉はベネル市を後にした。

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