表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/71

第55話「あいつは兵隊にとられちまったよ」

 第2軍団に配属変更を命ぜられた第1中隊であったが、まだ戦傷により退院できていない者も多い。アンリ大将には準備が出来てからで良いと言われているため、ゼニス大尉はその言葉に甘えてまだベネル市に待機することにした。


 そして、そうとなると非常に暇になる。


 部下達がまだ復帰していないため、訓練をする事も出来ない。それに、休戦期間はもう終わったのだが、敵は休戦協定を破って奇襲を仕掛け、見事失敗してしまったのだ。この失態を取り繕うため、様々な国際的な工作に追われている事だろう。数多くの国で篤く信仰されているヒエロス教の重要な祝祭日に攻撃を仕掛けてきたのだ。外交的な孤立は誰の目にも明らかだ。これを解消する前に攻勢に出る事は不可能に近い。そして、ゴダール共和国はこの隙を逃さずに有利な条件で停戦交渉を開始するだろう。


 つまり、両軍とも戦闘を開始する状況に無いのだ。


 加えて本来は多くの補給品を請求しなければならない。食料などは定期的にせねばならないし、つい先日の激戦で武器弾薬を使い果たし、軍服もボロボロなのだ。この様な点に気を配るのは、中隊長の役目である。特に、第1中隊は第1師団の中でも孤立気味であり、上手く交渉せねば物資の交付は後回しにされてしまうのだ。


 だが、第2軍団に配属される事になったため、これも解決している。アンリ大将から配属の話があったその日、第2軍団の兵站担当が、大量の物資を置いていった。これには食料や軍服の様な必需品もあるし、タバコや酒といった嗜好品も含まれている。アンリ大将の心遣いに感謝した。


 そんな訳であるため、ゼニス大尉としては特にやる事も無くなった。なのでベネル市の歓楽街に足を運んでいるのであった。


 何も、酒場でどんちゃん騒ぎをしたり、女性のいる店に行って宿泊しようなどというのではない。ゼニス大尉は別に禁欲的な性格と言う訳ではないため、その様な楽しみを否定するものではない。だが、大勢の部下が亡くなって間もない現段階で、そこまで羽目を外すつもりはない。


 ではどこに向かっているのかと言うと、知り合いの所である。


「アドニス山地産の小麦粉はあるかい?」


 とある雑貨屋に入ったゼニス大尉は、店主にそう尋ねた。すると、店主は店の奥にある扉を開けてゼニス大尉を中に入るように促した。その扉の奥には地下に続く階段があり、行く手には闇カジノが運営されているのであった。


「おや? 隊長さんじゃないか。久しぶり……と言っても、まだ一月も経ってないか。よく来たな。どうした? ポーカーでもやってくか?」


「ゴッペルさん、御無沙汰です。今日はギャンブルする気はありませんよ」


 カジノの中に入ったゼニス大尉に、恰幅の良い中年男性が親し気に話しかけてきた。彼はゴッペルと言い、こおカジノのオーナーにして、ベネル市最大の裏組織のボスである。


「そいつは残念だ。あん時の勝負は、今でも客達の間で語り草になってるぞ。まさかあんな勝ち方をするなんて、誰も予想してなかったからな。ま、誰も真似なんかしやしねえがな」


「それはそうでしょう。死ぬほど痛いですからね」


 ゼニス大尉はかつて裏社会の人間と、ここのカジノでポーカーにより勝負をした。本来カードゲームの技量では絶対敵わないはずのゼニス大尉だったが、相手がイカサマをしていると言いがかりをつけて強引に指をへし折る戦法を敢行した。当然イカサマだと証明できないため、ペナルティとして倍の指をへし折られたのだが、それを意に介すことなくへし折り続け、最終的に相手の意思を挫くことで勝利したのだ。なお、一回もポーカーそのもので勝負する事は無く戦いは終了した。


「色々と聞きたいことがありまして。お時間よろしいですか?」


「良いぜ。ワシはあんたの根性を気に入ってるからな。それに、この辺り一帯の事は、ワシの耳に入って来る。あんたの部隊がアスミタ村で活躍した事も聞いとるよ」


「それは良かった。先ずは、この町にいる第1師団長のハンザ中将の事を聞きたいのですが」


 アスミタ村の戦いの件といい、第1中隊を無理筋な理由で処刑しようとしたり、ハンザ中将には不審な点が多い。アンリ大将も軍の中央と連携して調査している様だが、ゼニス大尉としても別のルートで調べておきたいのだ。何しろ、今回の一連の戦いで部下を多数失ったのだ。これにハンザ中将が関わっているとしたら、見逃すことは出来ない。


「う~ん。ハンザ中将ねえ。軍の事情はあまり情報が入って来ないんだが、少し時間をくれ。カジノや他のワシが経営している店に、軍の連中もかなり遊びに来るから、色々上手く聞き出してみよう」


 裏社会の情報網は恐るべきものがあるが、それでも得手不得手がある。このゴッペルの答えは予想の範囲内だった。ゼニス大尉は聞きたい内容についてゴッペルに示し、次の質問に移る事にする。


「アスミタ村の裏山に、昔鉱山があったのを知ってますか?」


「ああ、知っとるよ。一応「エミヤ鉱山開発」とかいう企業が採掘していたことになっていたが、それは実在しない事もな。そもそも、あの山で鉱石は採れんらしいしな。それで、実際にあの山に行っていたのは、トスケール帝国のヴァストーク伯爵だよ」


「ヴァストーク伯爵? それは本当ですか?」


 ヴァストーク伯爵と言えば、先程の戦いで最初に侵攻して来た連隊の指揮官である。意外な名前を聞いてゼニス大尉は驚いた。


「ああ、本当だ。鉱山を掘るっていうから、鉱夫を派遣したりして儲けられないかと検討していたから、色々調べたんだ」


「ヴァストーク伯爵は、アスミタ村や周辺の村で争いがあった時も、一枚噛んでいたようです」


「ああ、あったな。そんな争いが。確かネルベ村がその争いで壊滅してしまったんだ。もっとも、ワシはその件にヴァストーク伯爵が絡んでいた事は知らなかったが」


 これらの話を総合すると、ヴァストーク伯爵は昔からアスミタ村一体で策謀を巡らせていたようだ。ならば、アスミタ村の裏山のウランの事も当然知っているのだろう。


 先程の戦いで、帝国軍が侵攻して来た目的の一つが、アスミタ村の裏山のウランであった。一連の動きにヴァストーク伯爵が関わっていた事は間違いが無いだろう。


「どうした? 何なら帝国にいる同業者に頼んで、ヴァストーク伯爵を探ってもらうか?」


「この前の戦いで、ヴァストーク伯爵は木端微塵に爆殺してしまいました」


「おう……」


 裏社会の人間といえど、常に殺し合いをしているのではない。あっさりと「奴は死んだ」と言われてしまうと、流石に引き気味である。


「ん? そう言えば、鉱山に何かを運び込むのに、ゾブリの奴が関わってたな」


「ゾブリっていうと、あのゾブリですか?」


「そう。隊長さんがポーカーで勝負したゾブリだよ」


 ゾブリは裏社会の人間であるが、表社会では人材派遣会社を経営している。裏と表の力によりヴァストーク伯爵の依頼で何か仕事をしたのだろう。


「少し話を聞きたいですね。どこに行けば会えますか?」


「残念だったな。あいつは兵隊にとられちまったよ。一昨日の事だ。あいつの組織丸ごとな」


 予想外の回答に、ゼニス大尉は衝撃を受けた。終戦が見えているこのタイミングで、何故わざわざ徴兵したのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ