第53話「え? 軍法会議なしで処刑?」
聖戦月の祭における戦闘の後、第1中隊はしばらくベネル市に留まっていた。たった1個中隊で連隊と師団を相手に連戦するという無茶を重ねたのだ。その被害は甚大だった。
百名の兵士の内、三十名が死亡し、生き残った者もその半数が重傷を負っていた。三人いた小隊長の一人も戦死しており、中隊としての体を成していないと言える。この被害により、ベネル市に到着してから一週間の間は全員が入院する羽目となり、それ以降も退院できない者もいる。
だが、百倍もの相手と交戦して、この程度の被害で済んだのは奇跡に近い。もちろん百倍の相手全てと同時に交戦したのではないが、それでも圧倒的戦力差であった事は間違いがない。
新兵器やゼニス大尉をはじめとする兵士達が考案した戦法のおかげでもあるが、まずはここまで戦い抜いたその意思が称賛されるべきだろう。
第1中隊の奮戦は、すでに周囲の部隊に知れ渡っている。それによって見る目が変わった。
これまでは、第1中隊の様な特別歩兵連隊は、「カテゴリー5」と呼ばれる兵士で構成されいた。彼らは社会の枠組みの外で生きてきたため、教育を受けておらず兵士としての資質が劣悪だとの烙印を押されていた。それに、国家への帰属意識がまるでないため、命をかけて戦おうと言う士気にかけているとされている。
そのため、多くの戦場では後ろから銃で脅されながら進軍し、一般の部隊のための露払いや捨て駒の様にして使い捨てられる事も多い。
だがゼニス大尉達、第1特別歩兵連隊第1中隊の戦いがその様な評価を覆した。
これまでの戦史で類を見ない様な、素晴らしい戦いぶりを見せたのだ。この様な戦いを真似出来る者など共和国軍全体を探しても、先ずいないだろう。
一般に兵士と言うものは、虚勢を張って自らを高く評価したり、逆に他を低く見積もる傾向がある。これは、戦場と言う環境で生きるためどうしても粗暴になってしまうせいもあるが、そうでもしなければ精神がもたないからでもある。そして、「カテゴリー5」の兵士達が周囲から低く評価されていたのも、この影響が大きい。
自分達は「カテゴリー5」の兵士などより優れている。
劣った「カテゴリー5」の兵士は死んでも仕方がない。
例え「カテゴリー5」の兵士が死んでも自分達は死なない。
こんな風に思わねば、理不尽な死が襲い来る戦場では、精神が壊れてしまう者も多いだろう。常に弱い者を探して叩くことにより自分の弱さを覆い隠す、社会の縮図がここにある。
だが、兵士というものは生き残る事に敏感であり、それは強い味方は認めるという事でもある。
たった百人程度に過ぎない中隊が、師団を相手取って獅子奮迅の活躍をしたのだ。それも「カテゴリー5」の部隊がだ。と言う事は、今まで頼りにならないと使い捨ててきた「カテゴリー5」の部隊であるが、彼らとまともに連携して戦う事で今まで以上の戦果を上げ、これまで以上に生き残る事が出来るかもしれない。
そう考える者が大いに増えた。
大変自分勝手な話だと、ゼニス大尉は思う。
入院中や退院してベネル市を歩いている時、ゼニス大尉が噂の第1中隊の指揮官であることに気付いた者達が、その戦いぶりを称賛し、どの様に戦ったのかを尋ねて来る事も多い。この、見事な掌返しに対してゼニス大尉は怒鳴りつけたい感情にかられてしまう。アスミタ村に敵が侵攻した報告がベネル市に届いた時、彼らベネル市に駐留する部隊がすぐに出撃していれば、第1中隊の兵士達の大半は死ぬことが無かった。いや、アスミタ村まで出撃しなかったどころか、ベネル市の目と鼻の先で交戦している時ですら、彼らは助けに来なかったのだ。
一体、どれだけの物を棚に上げて親しげに話しかけてきているのだ。
だが、理性では彼らの状況も分かる。軍隊は命令が絶対だ。彼らの上官たる第1師団長ハンザ中将が出撃を命じなかったのであるから、勝手に第1中隊を助けに行くわけにはいかない。それが兵士としては当然の事だ。ゼニス大尉達第1中隊が帝国軍と交戦したのも、アスミタ村で独立的に行動していたため、自主裁量の余地があったからだ。仮にベネル市に駐留していたなら、村人達を助けに出撃するなど考えもよらなかっただろう。
その様な事情を理解しているため、ゼニス大尉は感情を殺して丁寧に対応を重ねて行った。これは、部下達への風当たりが少しでも良くなることを願っての行動でもある。
そして、他の部隊の兵士達にあの日の戦いの話をしていくと、逆に向こうからも様々な情報が入って来る。これは、アスミタ村で孤立状態だったため、情報が得られなかったゼニス大尉とって、喉から手が出るほど欲しいものである。
そうして得られた情報の中には、非常に興味を引くものがあった。
「え? 軍法会議なしで処刑?」
「噂ですけどね。師団司令部で勤務している同期が、そう言ってたんですよ。ハンザ師団長が、そう主張していたって」
これは妙な話である。確かに第1中隊はアスミタ村から後退して来たが、元々アスミタ村を死守せよとの命令は受けていない。ならば、戦況を判断して撤退する事は何の問題も無いはずだ。しかも、村人達を守りながら戦ったのである。処刑されるいわれはない。
「ま、単なる噂ですから、あまり気にしないで下さい」
この情報をくれた若い騎兵士官は、考え込んだゼニス大尉を見て気分を悪くさせてしまったと思ったのだろう。ばつが悪くなってすぐに退散した。
騎兵士官がいなくなった後も、ゼニス大尉は一人思案した。ハンザ中将は政治的な力で将軍まで登りつめた男で、軍事的な常識に疎い所がある。だが、いくら何でも第1中隊を処刑するのは無理筋に過ぎる。ここまで荒唐無稽な話が自然に湧くとは思えない。何か噂の元となる様な発言があったのは間違い無いだろう。
では、一体どういうことなのだろう。この様な無理を通しては、政敵に後々追及される隙を作る事になる。政治的な駆け引きで登りつめたハンザ中将が、その様な愚を犯すとは思い難い。
いくら考えても名案を思い付かなったゼニス大尉は、まだベネル市に留まっているアンリ大将の所に行って話を聞いてみることにした。




