第51話「全員着剣、突撃!」
第1中隊と、峠を迂回して追撃してきたトスケール帝国軍との死闘が始まった。
第1中隊側の戦力は、動ける者が八十名程度だ。総勢約百名の内、峠を封鎖するためにトム少尉含む十名が残り、合流できていない。また、これまでの戦闘で十名ほど重傷者が発生しているため、彼らも戦闘に加入するのは不可能だ。
加えて、残った八十名も全身のどこかに傷を負っており、無傷の者は存在しない。
対するトスケール帝国側は百を少し超える規模だ。今回攻め寄せている敵の規模は一万を超えるので、そこからしてみるとほんの一部だ。また、この場にいるのは騎兵ばかりだ。流石に峠を迂回して迅速にここまでたどり着けるのは、機動力を有する騎兵以外には無理だったのだろう。
数だけで見れば、防御に徹する事で第1中隊が勝利する可能性は0とは言えない様に見える。現に、本日の戦闘で第1中隊は、十倍を超える敵を退けてきた。
だが、その戦闘のため、最早体力や弾薬の限界が訪れようとしている。本来戦う事が出来ていること自体が奇跡に近いのだ。
それに敵の本隊が一万を超える大軍であると言う事は、増援が到着するかもしれない。ただでさえ限界が来ているのに、敵が増えたとしたら戦うのは非常に困難を極める。
頼みの綱は、あと数十分で完全に日が落ち、辺りが暗くなると言う事だ。本日の月齢から言って、騎兵の戦闘には歩兵よりも制限があるだろう。何より第1中隊のゼニス大尉の部下達には、夜目が効く者が多数いる。
そして、敵は様々な事情から、第1中隊だけでなく、アスミタ村の住人達も皆殺しにしようとしている。時間制限のある中でそれを達成するためには、かなり無理な攻勢をしかけなければならない。となれば当然無防備な態勢になるため、そこが弱点だと言える。
「良く狙って撃て! まだ、まだ、まだ……撃て!」
ゼニス大尉は突撃を敢行する敵との距離をよく見計らい、引き付けて射撃の号令を下した。ゼニス大尉の目算は当たっていた。適切な距離での一斉射撃を食らった敵騎兵は、たちまち十数騎が弾丸を食らって血飛沫を上げて倒れていった。
騎兵は的は大きいが、そのスピードのために狙うのは中々に難しい。特に相手がこちらに向かって突撃している時は、その圧力と恐怖により冷静に射撃する事は難しい。今の一斉射撃の成果は素晴らしいと言える。
だが、それでも敵騎兵の突撃は止まらない。次の一斉射撃が始まる前に第1中隊の隊列に向けて切り込んできた。
騎兵は銃火器の発達により、往年よりも地位が低下しているものの、その衝撃力は未だに戦場で猛威を振るっている。特にタイミングを見計らって敢行される騎兵の突撃は、歩兵を恐慌状態に陥らせ、彼らの振るう騎兵刀は死と混乱を撒き散らしていく。接近戦に弱い砲兵も、大砲の間合いよりも近くに入り込まれた場合、死を覚悟せねばならないだろう。
第1中隊の兵士達の何人かは接近する騎兵に射撃する事を諦め、独自の判断で銃剣で迎え撃った。そして何人かが馬蹄にかけられて宙を舞い。同じくらいの敵騎兵が銃剣により馬上から突き落とされた。騎兵は騎乗する兵士の持つ武器もさることながら、馬自体が歩兵に対する脅威である。馬に体当たりされたり、蹴られた者はまず間違いなく戦闘不能に陥る。その様な戦闘力を持つ騎兵に対し、銃剣程度の武器で接近戦を仕掛けるのは本来無謀である。何せ銃剣よりももっと長い間合いを持つ長槍ですら危険なのだ。だが、逆に言えばそこに隙が生じる。無謀さと紙一重の勇気による銃剣による迎撃は、ある一定の成果を残した。主を失って混乱した馬たちは、方向を見失って四方八方へ無軌道に走っていき、無傷の騎兵達の進路を妨害した。これを好機と見た第1中隊の兵士達は、二回目の一斉射撃を容赦なく放つ。
一回目よりも近距離で行われたそれは、より多くの損害を敵に生じさせた。これにより敵の突撃の勢いは止まる事になる。
「全員着剣、突撃!」
ここまでの戦闘で、敵との距離はかなり接近している。最早銃弾を再装填している暇はない。白兵戦になるだろう。今度はゼニス大尉の号令により全兵士が銃剣を構え、今だ混乱から立ち直らない騎兵の集団に突撃を敢行する。これを見た敵騎兵達は、突撃を諦めてその場で迎え撃つ覚悟を決めた様だ。騎兵刀を構えて乱戦の構えだ。
銃剣と騎兵刀同士の白兵戦であるが、これには騎兵側に利がある。騎兵刀よりも銃剣の方が純粋には間合いが長いのであるが、それでも馬上という高所を占めている有利は覆せない。しかも、油断すると馬が噛みつくなどの攻撃を仕掛けてくるのだ。人馬一体の騎兵による攻撃に対して、歩兵はあまりにも無力である。
それでも第1中隊の兵士達は、勇敢に戦った。
自分達の後ろには、戦う術を持たないアスミタ村の住人達がいる。もしもここで自分達が戦いを放棄してしまったら、村人達も死ぬことが確定してしまう。
自分達を受け入れてくれた村人達に恩義を感じ、彼らは死力を尽くして戦った。
そして、また一人、また一人と敵の刃を受けて倒れていく。
もう、これ以上持たないかもしれない。
そう考えたゼニス大尉は、ベネル市の方をちらりと見た。ベネル市はもう、目と鼻の先だ。この戦いに気付いていないはずがない。いかに迎撃に行かない判断をしたとはいえ、ここまで近くで戦闘しているとなれば、話は別である。加勢しに来てくれても良さそうなものだ。何と言っても、ここには第1中隊の兵士達だけでなく、民間人もいるのだ。
だが、ベネル市の第1師団が動く気配は無かった。
それを見たゼニス大尉は、絶望に陥りそうな心を何とか奮い立たせる。
この時点で、第1中隊で立っている兵士は既に四十を切っていた。対する敵兵はそれよりも多い。かなり大勢の部下を損耗してしまった。その中には死んだ者も多いだろう。ゼニス大尉は、その事を心の中で詫びながらも、戦況を冷徹に見積もる。
これまでの戦闘経過からして、このまま戦い続ければ、第1中隊が全滅するまでに日が完全に暮れる。そしてそれまでアスミタ村の住人達が逃げ続ければ、敵騎兵はそれを見失ってしまうだろう。
つまり、全滅するまで戦い続ける事が出来れば勝ちなのだ。
「お前ら、よくここまで戦った。もう、勝ったも同然だ!」
部下と、そして自分の心を奮い立たせるためにゼニス大尉は咆哮した。
もちろん虚勢である。だが、ある一定の真実もある。自分達の命が無くなったとしても、目的の達成を勝利と規定したならば、その通りなのだ。
ゼニス大尉の真意は、ここまで共に戦ってきた部下達はある程度理解していた。そして、一緒に死ぬ覚悟は出来ている。
「あ、中隊長! あれ!」
部下の一人が指をさす方向を見て、ゼニス大尉は驚愕した。今まで戦ってきた騎兵の、更にその向こうから、数百はあろうかという騎兵の集団が向かって来ていたのだ。
数百騎の新手には、流石に抗う術がない。最早絶望的かと思われた。
だが、
「目標! 前方トスケール帝国騎兵数十! 突撃! 共和国軍の勇敢なる同胞を救え!」
遥か遠くから聞こえてきたのは、敵騎兵への攻撃を命じる声だった。かなり遠くだと言うのに、まるで近くにいるかの様にはっきりと聞こえる。恐るべき蛮声だ。
敵騎兵にとっては、この声に恐怖を感じているだろう。
そして突撃が始まる。
これまで少人数の第1中隊にすら手こずっていたトスケール騎兵が、何倍もの相手にかなうはずが無かった。鎧袖一触といった感じであっという間に切り伏せられていく。また、急遽現れた援軍の騎兵隊は、ゼニス大尉の目から見ても精鋭部隊だと明言できる動きであった。
そしてまだ戦いが終わらぬ内から、増援部隊からゼニス大尉に近づいてくるものがいた。
「久しぶりだな。ゼニス大尉。よくここまで市民を守って戦ったものだ。見事である」
ゼニス大尉に近づいて来た人物は、大将の階級章をつけた仕立ての良い軍服に身を包んだ人物で、見事に禿げ上がった頭をしている。もう夕日すら隠れてしまいそうになっているために目立たないが、もしも昼間だったら眩しい位だろう。
この人物を、ゼニス大尉は知っている。
「アンリ中……大将、こちらこそお久しぶりです」
増援として現れたのは、ゼニス大尉のかつての上司である、元第1師団長のアンリ大将であった。




