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第50話「彼の姿が見えんようですが」

 ゼニス大尉達第1中隊の主力は、ベネル市に向かう峠道の一部を爆破し、敵の追撃経路を塞ぐことに成功した。


 これにより、敵は道を通行可能にするための工事が必要になり、おそらく数時間を稼ぐことが出来たはずだ。これだけ時間を稼げれば、ベネル市に到着する事も可能である。


 この成功は、簡単に得られたものではない。


 道の爆破作業の時間を稼ぐため、トム少尉以下十名の部下が敵を防ぐために留まった。彼らは道が塞がれているため、合流する事は出来ない。また、塞がれた道の向こう側には、一万を超える敵が迫っている。トム少尉は爆破後すぐに身を隠すと言っていたのだが、その様な幸運を信じれるほどゼニス大尉は楽観的な性格ではない。


 だが、今は部下達とアスミタ村の住人の安全が最優先だ。何とかベネル市までたどり着かなければならない。


 峠道を急いで下った第1中隊は、しばらく進むと前を進んでいた村人たちに追いついた。大体予想通り位置を進んでおり、ゼニス大尉の見積では後二時間も進めばベネル市の近傍まで到着する。そこまで進めば、敵も反撃を警戒して追撃する事は出来まい。


 村人達は、老人や女子供ばかりで足が遅い。これ以上早く進むのは難しい。また、第1中隊の兵士達も、昼前から続く戦闘により疲労困憊だ。これ以上急げないのは、兵士達も同じことである。重傷の兵士を背負っている者だっているのだ。


「おお! 隊長さん、無事でしたか。こちらも何とか生きとります」


 村人達の集団に追いついたところ、ゼニス大尉の顔を認めた村長が声をかけて来た。


「何とか生きてはおりますが……ベネル市からの援軍はまだですかいのう?」


「……」


「そうですか。仕方ありません。何にせよ急ぐとしましょう。ところでトム少尉……いや、ジャンポールはどうしたのですか? 彼の姿が見えんようですが」


 トム少尉は、複雑な事情により本名を捨て、盗賊団を率いて暴れまわった男だが、この地域の出身である。彼は地域の諍いにより家族を失っているので、その争いに参加していたアスミタ村の村長としては、やはり気になるようだ。


「彼は特別な任務を果たしています」


「……そうですか」


 村長は何かを察したようで、それ以上何も言わなくなった。


 救援が来なかったり、命を危険に晒すような事態に直面したりと、様々な理不尽には彼らも慣れているのだろう。長閑な農村の様に見えるが、庶民の生活はそれだけでは済まないのだ。諦めの境地に居るのかもしれない。


 だが、他人が諦めを感じているのを見たゼニス大尉は、逆に反骨心が湧いてくる。諦めて死が迫って来た時に大人しく受け入れるのも良いのかもしれない。だが、ゼニス大尉は、最後まで生きるためにあがく決意をした。それが、第1特別歩兵連隊第1中隊のやり方なのだ。トム少尉だって完全に諦めてはいなかったはずだ。


 決意を新たにしたゼニス大尉は、部下達を村人を守るように周囲に配置させ、ベネル市に向かって進み続けた。


 疲労と戦いながら歩き続けると、ベネル市の街並みが見えてくる。日も傾きかけており、もうすぐ夜だ。気温の変化による強い風が辺りに吹き付けている。もうそろそろ敵も追撃が出来ない地域に到達しているはずだ。


 兵士や村人達に、安堵の空気が広まっていく。


 そんな時、それは起きた。


「何か、音が聞こえてこないか?」


 兵士の一人がそう口にした。その言葉を聞いたゼニス大尉も耳を澄ませてみると、風の音に混じって何かが聞こえて来る。


 これは、戦場で聞きなれた音――馬蹄の響きだ。


「総員、戦闘準備!」


「婆ぁ! 伏せろ! グアッ」


 ゼニス大尉が部下達に命令を下した時には、すでに敵に接近されていた。


 最大速度で迫りくる騎兵の一団が、馬上から小銃を発射する。村人達に警戒を呼び掛けた兵士の一人がその弾丸を食らい、そのまま地面に崩れ落ちた。


 被弾したのはガストン二等兵だった。


「ガストン! てめえ、よくも!」


 激昂したゲオルグ少尉が、即座に撃ち返す。その弾は騎兵の一騎に命中し、それを見た残りの騎兵は馬首を返して走り去った。


 今襲撃してきたのはほんの十騎程度だが、これだけで済むとは思えない。恐らく本体に報告しに戻ったのだ。


 峠道は確実に塞いでおり、復旧作業はまだかかるはずだ。なのに、何故ここまで敵が追いついてきたのだろうか。


 それを考えたゼニス大尉は、すぐにある結論に思い至る。


 峠を迂回してきたのである。


 アスミタ村からベネル市への最短経路は峠を通過する事だが、大きく迂回すれば峠を通らずともベネル市に至る事が出来る。峠を迂回しようとした場合、片方は大規模な湿地帯で通行困難だが、もう片方は小規模な河川が流れているだけだ。場所を選べば馬で渡河する事も可能である。


 このアスミタ地方は、ゴダール側とトスケール側の支配が行ったり来たりした地域だ。そのためトスケール側にも地形に関する正確な資料や地図があるのだろう。迂回路を探すぐらい、問題なく行えたのだ。


「いいか野郎ども! よく聞け!」


 自分達が置かれている状況を整理したゼニス大尉は、部下達に威勢の良い大声で指示を出すことにした。この様な危地だからこそ、勢いを失ったら負けである。


「我々はこれから、最後の戦いに突入する。負ければそれで終わりだし、勝てばこの戦争自体に勝利できる。休戦期間に無理をして攻め込んだ敵を撃退する事になるんだ。停戦交渉が格段に有利になるだろう。俺達の戦いに、この国の全員の運命がかかるんだ。おもしれえだろ?」


「はい! 面白いっす!」


「そりゃあ痛快だぜ!」


「こいつは楽しくなって来たぜ。何だかよう分からんけど」


 第1中隊の兵士達の反応は、ゼニス大尉の期待以上だった。誰もが諦めておらず、最後まで戦い抜く覚悟を持っている。


「それじゃあ戦闘配置につけ! 迎え撃つぞ!」


 新たな敵がすぐに迫っていた。数はそれ程でもないが、この様な何も準備をしていない平地で相手をするには厳しい敵である。


 それでも、第1中隊の兵士達は怯むことなく、戦闘を開始した。

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