第49話「誰かがここで食い止めねば」
増援は来ないと言う事は、これまで敵と死闘を繰り広げてきたゼニス大尉達にとって、絶望的な知らせであった。
ゼニス達は1個中隊に過ぎない小勢力だが、今押し寄せてきている敵はその百倍以上の1個師団相当だ。これまで良く持ちこたえていたが、負傷者が増え弾薬も尽き欠けている現状から、これ以上戦うのは不可能に思えてくる。
ここまで理不尽な扱いを受けると、最早祖国を裏切ってしまおうかという気にすらなって来る。元々ゴダール共和国とトスケール帝国は同じ国が相続により分裂したものだ。主導権争いで遥か昔から戦争を繰り返してきてはいるが、それ以外の時期には交流も多く互いに帰化する者は多い。
今はゴダール側が革命により王制から共和制に変わったことにより、過去にない大規模かつ長期の戦争になっているが、元々それぞれの勢力をコウモリの様に行き来する者は多いのだ。貴族階級の者達も、婚姻関係で密接なつながりのある者は多い。
だが、目の前の敵は、この地域の人間を民間人も含めて皆殺しにしようとしている。恐らく降伏したとしても、結局処刑されてしまう可能性が高い。
それにしても、何故ベネル市にいる第1師団司令部は出撃しないのか。
考えられる理由としては、今回最前線で戦っているのは、「カテゴリー5」と蔑まれる特別歩兵連隊の兵士だからだ。長きにわたる戦争により人材が払底したために徴兵対象となっているが、本来社会の枠組みの外にいる者達であり、義務教育等の国民としての扱いを受けた事がない。そして、徴兵後も弾除けや囮などで無駄死にし続けている。
この様な扱いは、実に不合理な事だとゼニス大尉は考えている。義務教育すら受けておらず、国民としての意識が無いために兵士として不適格とされているが、実際に彼らに適合した戦法を編み出したゼニス大尉はかなりの戦果を上げている。まあ、これは偶然にも類を見ない素質の者達が集まってくれたおかげもあるのだが、他にもそういった光る人材がいたとしてもおかしくは無い。
弾除けなどで無駄死にさせたりするくらいなら、まともに訓練をして有効活用した方がましである。
その様に軍の中でまかり通る不合理が、今回火を噴いたのであろうか。本来この状況で出撃する事は、絶対的に有利な事であり、まともな軍事教育を受けた者なら出撃を命じるだろう。しかも、この長きにわたる戦争を勝利に導く立役者となれるのだ。これを逃さない手は無い。
だが、ここに「カテゴリー5」という要素が混じっていたため、目が曇ってしまったのかもしれない。
実際のところは全く分からない。そして何よりも、上層部の事情など関係なしに死が迫っていると言う事が重要なのだ。
「怒鳴ってすまなかったな。村人たちは、今どの辺りを進んでいる?」
「峠の下り坂の半ばを過ぎました。後四時間程歩けば、ベネル市に到着出来るでしょう」
「四時間で到着か……いや、到着しなくてもベネル市に近づけば敵も警戒するだろうから、後三時間敵を防げば何とかなるかもしれないが……」
ロール少尉から得たアスミタ村の住人達の位置を元に稼ぐべき時間を見積もってみるが、どうにも上手くいかない。
現在地は峠の頂きであり、これ以上後退すると敵に高所から勢いをつけた突撃を食らう事になる。なので、この場に留まって戦うしかない。だが、三時間も一か所で戦えば確実に全滅するだろう。
「中隊長、意見具申があります」
悩んでいる中、かけられた声に反応してその方向を見ると、第1小隊長のトム少尉の姿があった。彼は、いつも飄々としており、丁寧ながら皮肉が混じった言動をするが、いつになく真剣な顔つきだ。
「ここから五百メートルほどベネル市側に下ったところに、傾斜が急な上にきつい屈曲部があります。そこは道を外れて進む事も出来ない地形です。ここを爆破すれば、敵は復旧するまで進んで来れなくなると考えます」
「なるほど、確かにそれは名案だ。敵は今騎兵主体で攻めてきている。工兵はウラン鉱石の埋まっている坑道を掘り返すために出払っているのだろう。この状況で確実に道を閉塞できれば、三時間以上時間を稼げるかもしれない」
「そうでしょう。もう察しているでしょうが、私はこの辺りの出身でしてね。最後の手段として元々考えていました」
「そうか、ありがたい。トム少尉の提案に乗ったぞ。では、第1中隊はこれより後退し、道の閉塞作業を……」
「お待ち下さい」
気力を回復させ、中隊を率いて後退を開始しようとしたゼニス大尉の言葉を、トム少尉が手を差し出して押しとどめた。
「下がるのは中隊全員ではいけません。爆破準備をするのに、何分かかると思っていますか?」
「……道を閉塞するのであれば、十分はかかるだろうな」
「でしょう。十分もあれば、敵の追撃部隊が来るでしょう。誰かがここで食い止めねば」
「トム少尉が、ここに留まると言うのか?」
「そうです。うちの小隊全員とは言いません。十名ほどいれば、十分は押しとどめてみせます」
トム少尉の率いる第1小隊には、トム少尉が窃盗団を率いて暴れまわっていた頃からの子分が十名いる。トム少尉はある意味子飼いの部下達と、危険な任務に赴くと言っているのだ。
ゼニス大尉は、「それならば俺が残る」と言いたかった。部下の命を守るのは、指揮官の役目である。ならばこの様な危険な役目は、中隊長である自分自身が負いたかった。
だが、それを言う事は許されない。この場を脱したとしても、まだ生き残った過半数の部下達は危険に晒されたままだ。これを導くのが指揮官の本当の役目である。また、民間人も責任をもって最後まで守らねばならない。
一時的な感情で、死に直結する役割を負う事は出来ないのである。
「そんな顔をしないで下さい。爆発の音がしたら、すぐに離脱しますよ。道は塞がれてしまうのですぐに合流する事は出来ませんが、この辺りは私の庭みたいなものです。私と子分達だけなら隠れて生き延びる事は可能なんです」
トム少尉は、ゼニス大尉が何を考えているのか分かっているのだろう。努めて明るい口調で言った。言う程簡単な事ではないと、自分でも理解しているはずなのだが、それは一切表情や声に出さなかった。
「分かった。それでは皆聞いたな? トム少尉の選んだものはこの場で防御、それ以外の者は後退して道を爆破する。それが終わったら村人たちに追いつき、ベネル市まで逃げるぞ!」
迷いを振り切るように、ゼニス大尉は勢いよく部下に指示を下した。この決断が正しいのか、ゼニス大尉にも自信を持つことが出来ない。だが、決心して部下に命令を下した以上、信じて突き進むしかなかった。




