第4話「あいつ、時計が読めないんじゃ?」
進軍中の砲兵隊を撃破したゼニス大尉率いる第1中隊は、高所から降りて道に出た。砲兵隊の多くが手榴弾の爆発で死んで無残な屍を晒し、大砲が残地されている状況だ。生き残った者は逃亡してしまったが、このまま大砲を放置しては、救援部隊が駆けつけて来て回収されてしまうだろう。それは面白くない。
道に到着して確認してみると、残された大砲は10門であった。牽引していた駄馬が、傍に転がっている。これらの大砲が戦場に到着していたら、かなり手こずる事になっていただろう。進軍途中に撃破出来たのは幸いである。
これならば十分戦果として報告出来るはずだ。
部下達に大砲を崖の下に叩き落とす事を命じたゼニス大尉は、予想以上の戦果に内心ほくそ笑んでいた。
中隊規模の勢力で敵方深く入り込み、敵の弱点を突ける部隊など他にはいない。これならば十分価値を示していると言えよう。他の「カテゴリー5」の部隊の様に使い捨てにされる事は無いはずだ。
前途が見えてほっとしたので、部下達がひゃっはーなどと品の無いと言うよりは野蛮な叫び声を上げていても、特に気にならなかった。それにしてもやはり「カテゴリー5」の兵士たちは育ちが悪過ぎる。
そんな事を考えていた時に、高所で見張りに残していた部下から警告が入る。
「増援がやって来るぞ! 歩兵で100人はいる!」
予想よりも早く敵が救援にやって来た。恐らく砲兵隊のすぐ後ろを歩兵隊が進軍していたのだろう。
数なら同等であるし、待ち受ける利点がある。しかも手榴弾はまだ余っているので、狭い山道で使用すれば一気に敵を撃破出来るかもしれない。
しかし、更なる増援が到着するかもしれないし、道の逆方向からも来るかもしれない。そうなったら挟み撃ちになってしまう。ゼニス大尉は、速やかに撤収の判断を下した。
「各員、7時の方向へ移動せよ!」
この襲撃ポイントに到着した時に地点指示をした際に、既に時計回りの要領で方向は示している。士官学校で教わった要領で方向を示し、速やかに元居た高所に帰還した。敵の増援部隊はまだまだ到着しておらず、これなら逃げ切る事は可能だろう。
部下が全員いる事を小隊長に確認させ、離脱の命令を下そうとした。
「やべえ、ガストンがいない!」
「あいつ、まだあんなとこに居るぞ!」
第2小隊の連中が騒いでいる。その方向を見ると、まだ道の上に第1中隊の兵士が残っているのが確認できる。第2小隊のガストン二等兵だ。
ガストン二等兵はあたりをキョロキョロしており、どちらに逃げれば良いのか分かっていないようだ。
「なんで逃げなかったんだ?」
「あいつ、時計が読めないんじゃ?」
「あ……」
ここでゼニス大尉は、自分のミスに気が付いた。
時計はまだ普及の途上にあり、国民全員が持っているようなものではない。
しかし、学校には時計が備え付けられているし、その読み方は学校で教わるし毎日見ていれば覚えてしまうものだ。
だが、それは一般国民の話だ。「カテゴリー5」の兵士たちは国民として国から把握されておらず、義務教育など受けていない。時計の読み方など知らないので、時計回りで方向を示しても理解が出来なかったのだ。
単純明快に「撤退する」と命じなかったのは、「退却」や「撤退」等の後ろ向きな単語は、恐怖の渦巻く戦場において士気を崩壊させる呼び水となるため避けたのだ。この判断自体は妥当である。
しかし、部下の理解度を考慮せず命令を下したのは、ゼニス大尉のミスである。
もっと簡明な命令にするか、事前に方向を理解しているか確認するべきであった。
そのミスのツケは、部隊に降りかかる事になる。仲間が道から高所に撤退しているのを確認したガストン二等兵が追いつこうとした瞬間、接近してきた敵に射撃されその場に倒れてしまったのだ。
「ガストン!」
負傷したガストンは、倒れたまま呻いている。まだ命はあるようだが、救護しなければその内失血死するだろう。
助けに行くべきか?
しかし、敵は一定の距離を保ったまま隊列を組み、銃を構えている。もしも救護のために近づいたら一斉射撃を受ける事になるだろう。
また、敵がこれ以上すぐに接近して来る様子は見られないが、これはこちらとの撃ち合いになる事を警戒しているのだろう。高低差があるため、相手が近寄って来てから射撃戦になれば、第1中隊の方が断然有利だ。しかし、それを待っていてはガストン二等兵は死亡するだろうし、撃ち合いになれば負傷者は更に増える。敵はその様に判断して第1中隊が降りてくるのを待ち構えているのだ。
助けに行く事も、待ち構える事もリスクがある。これは手詰まりに陥ったと言っても良い。
一番リスクを低く抑えられるのは、ガストン二等兵の事は気にせず、とっとと撤退する事だ。敵は深追いしてこないはずなので、交戦による危険は全くない。
砲兵隊を多数殺傷し、10門の大砲を破壊したのだ。一人の兵卒が死んだとしても、十分お釣りは来る。
と言うよりも、戦場では兵士の命の価値など、鴻毛の様に軽い。一般的な指揮官はその様に判断するだろう。ましてや「カテゴリー5」など国民としてカウントされていないのだ。
だが、そんな事をして、本当に良いものか?
ゼニス大尉の指揮官としての判断は、冷徹な戦術的価値を重視すべきか、士官としての矜持を重視すべきか、その狭間で揺れていた。
その時、
「おうおうおうおうおう!」
第2小隊長のゲオルグ少尉が蛮声を張り上げた。皆何があったのかと驚き、視線が集中する。
「ガストンのやつぁ、俺んとこと舎弟だぁ。ここは一つ、俺がケジメをつけさせていただきやす」
そうゼニス大尉に言ったゲオルグ少尉は、急な坂を堂々と下って行った。




