第48話「増援は……来ません!」
トスケール帝国軍による攻撃は、熾烈を極めるものとなった。
ゼニス大尉が率いる第1中隊は、ベネル市に向かう峠道に細長く布陣している。峠道は狭いため、いかに敵が大軍とはいえ、その戦力を一挙に投入する事は出来ない。そのため1個中隊に過ぎない戦力であっても、戦い方を工夫すれば敵を食い止める事が出来る。
特に第1中隊は単なる歩兵部隊ではない。最新の研究機関との伝手があるジェシカ少尉により、手榴弾を入手している。また、ジェシカ少尉自身も優れた科学者であり、軍では一般化していない最新の強力な爆薬を作成している。
この狭い峠道においては、範囲ごと制圧できる兵器を保有している事は有利だ。範囲を制圧できる兵器としては砲兵が保有している大口径の大砲があるのだが、狭く曲がりくねった峠道では有効活用しづらい。それに対してコンパクトであり歩兵でも範囲を制圧できる新兵器の存在は、この様な戦場で非常に有効なのだ。
そのため、帝国軍の先陣を切って突入してきた騎兵部隊を、道の屈曲部でスピードが落ち視界が悪くなった弱点を突き、少数の兵力で次々と撃退した。狭い道において馬が死傷して倒れると、道を塞いてしまう事になる。こうなると帝国軍の侵攻が遅滞する事になるので、第1中隊による攻撃がより有効に発揮される事になる。その結果、たった百人の部隊とは思えない程大量の敵を次々と死傷させていく。
普通なら、この様な状況になったら攻撃をいったん中止する。砲兵を前に押し出して火力により制圧するとか、道の両脇の森林地域に歩兵を展開し、道を前進する騎兵と連携させるなどの手段をとるためだ。
だが、敵はその様にすることは無い。ただひらすらに、騎兵の突撃を繰り返す。例え前方に仲間の屍骸が転がっていようと、それを踏み越えて次々と突進する。恐るべき戦い方だ。
この損害度外視の戦い方は、被害は多くとも確実に第1中隊を押し込んでいく。第1中隊の強みは、峠道の地形の活用と新兵器の威力だ。そして、時間さえ稼げばベネル市から増援がやって来るのである。
それがこうも突撃を繰り返されると、敵に迫られて陣地を後退させざるを得ない。峠道はその縦深を活用して防御出来るのであるが、その縦深がどんどんと浸食されて行くのだ。そして、今はまだ敵を撃退しているが、それには手榴弾や爆薬を活用しなければならない。そうなると、弾薬の残りが異様な早さで無くなっていくのだ。例え地形が有利であろうと、単なる小銃や銃剣で防御出来るものではない。
結果、後退を繰り返して来た結果、峠の頂上部分まで押し込められてしまう。十度ほど敵の一斉突撃を撃退したのだが、勢いに負けて後退せざるを得なかった。
(いかんな)
ゼニス大尉は心の中で焦りを感じていた。もう、これ以上下がる事は出来ない。敵よりも上方の有利な位置で防御していたため、これまでは有利に戦えていたのである。だが、これより後ろは下り坂だ。これよりも後ろで戦うと、これまでとは逆に敵が上方から勢いをつけて突撃して来ることになる。
これを押しとどめるのは至難の業だ。
それに、これまでの戦いで既に十人ほど重傷者が出ていた。彼らはもう戦闘する事は敵わない。それどころか、本当に生きているのかも分からない状況だ。応急処置だけは完了させているが、それ以上の事を出来る技能は誰も持っていない。また、一見戦闘不能なのは十人に過ぎない様に思えるが、百人の中隊の中の十人である。十分の一の戦力が失われたのは、相当の痛手である。それに軽傷を負っている者は最早過半数に達している。
(だが、もうそろそろだ。もう到着してもおかしくはない)
それでもゼニス大尉には希望があった。ゼニス大尉の計算では、後二十分ほど時間を稼げば増援が来るはずだ。二十分はかなり微妙なラインだが、これまでの戦いを見てきた経験からすれば、不可能ではない。
そして、その時馬蹄の音が近づいて来た。敵軍の方からではない、ベネル市のある方向からだ。
勝った。
ゼニス大尉達はそう思った。ベネル市の師団主力が、騎兵部隊を先遣部隊として派遣したのだろう。増援が来れば最早敵が早期に峠道を突破するのは不可能だ。後は師団の主力が到着するのを待つばかりである。
だが、到着した騎兵を見た時、希望は絶望に変わった。現れたのはたった一騎、それも師団の騎兵部隊の一員ではなく、特選遊撃隊のロール少尉だったのである。
「ロール少尉、ベネル市への連絡を感謝する。それで、増援の増強は?」
嫌な予感に包まれながら、それでもゼニス大尉は到着したばかりのロール少尉に問いかける。伝令として増援部隊に先駆けて駆けつけた可能性があるからだ。
しかし、
「増援は……来ません!」
「馬鹿な! 待機中の部隊を派遣するだけで、勝利が掴めるんだぞ? しかも、この戦争を終わらせた立役者としての功績もついてくるんだ。それが、なんでだ!」
ゼニス大尉は思わず怒声を放つ。ロール少尉に八つ当たりしても、状況は改善される事は無い。しかし、それを押しとどめる事は出来なかった。




