第47話「二時間防御出来れば俺達の勝ちだ」
遠くで轟音が響いたのを確認し、ゼニス大尉は作戦の一つが成功したのを感じ取った。
ジェシカ少尉の進言により、敵の狙いがアスミタ村の近くに隠されたウラン鉱石である事を予想し、そこに罠を張っていたのである。
アスミタ村は、何の変哲もない田舎の村である。その村に対して、歴史上始まって以来の聖戦月の祭の休戦破りという、後世に汚名を残すような事をしてまで攻撃してくるのは本来割に合わない。
ならば何か価値があるのかと考えてみると、裏山に隠されたウラン鉱石の存在があったのだ。
ウラン鉱石は、大変危険な存在である。ただそこにあるだけで、人体に悪影響をもたらす放射線と言うものを発する。ゼニス大尉は実のところよく知らないのだが、ジェシカ少尉によるとそういう事らしい。
しかも、これを原料にする事により町一つを壊滅させられる爆弾を製造する事が出来るのだ。これは、戦略的に重要な物資だ。例え休戦協定を破ると言う大罪を犯したとしても、奇襲により確実かつ一挙に奪取する価値は十分にある。
そして敵がこれを重視しているとなると、アスミタ村の住人を皆殺しにしようとしている理由も予想がつくと言うものだ。要は、口封じなのである。
ウラン鉱石が隠されていた坑道の掘削に、アスミタ村の住人たちは関わっていなかった。だが、坑道の存在は知っており、これは周辺の村にも知れ渡っていた可能性がある。そのために、アスミタ村の近傍にあったペネループ村の住人は虐殺され、今こうしてアスミタ村の住人達も危機に陥っているのだ。
だが、これにより敵の行動に予想がついた。
ジェシカ少尉に数人の部下をつけてウラン鉱石の隠された坑道に派遣し、罠を仕掛けさせた。敵が確実にここに来ることが分かり切っているからだ。
敵の目的がはっきりしなかった時は、ベネル市に所在する共和国軍の師団司令部への奇襲が狙いなのかと考えていたが、そうではなかった。となると、敵の本隊はウラン鉱石の回収とその運搬であるため、ここに打撃を与える事で敵の行動を鈍らせる事が出来る。
そうして坑道にやって来た敵の部隊を爆弾で伏撃し、敵のウラン鉱石の回収を妨害する事が出来たはずだ。敵の関心は、今は坑道に向かっているだろう。坑道に向かった部隊が撃退されたなら、再度部隊を派遣しなければならない。しかも、罠を警戒しながらだ。これは時間を要するとになり、時間稼ぎになる。そして、敵の目がそちらに逸らされると言う事は、ベネル市に向かうアスミタ村の住人やゼニス大尉達第1中隊への追撃が疎かになるのだ。
ベネル市に向かう峠道に到着したゼニス大尉は、すぐに部下を配置しながら進んで行った。この長い峠道の隘路を活用し、敵の追撃を食い止めるためだ。この様な地形では固まって戦っても戦力を十分に発揮する事が難しい。だから、分散配置である。
この分散配置というのは、この時代の軍隊としては中々に難しい。なぜなら、一般の兵卒は指揮官の命令が無ければ何をすればいいのか判断する事が出来ない。今回ゼニス大尉が立てた防御構想では、長い道の各所で防御させ、ある程度抵抗したら退却させる事になる。このような退却の判断や、敵を待ち伏せての攻撃を兵卒が判断するのは難しい。例え、一般社会で高い教育を受けているものであったとしても、この様な軍事的な見識が必要となる決心は、容易に下せるものではない。
だが、ゼニス大尉は部下達が自ら判断して行動できると信じている。ゼニス大尉の率いる第1特別歩兵連隊第1中隊は、「カテゴリー5」と呼ばれる社会の枠の外で生きてきた者ばかりで、元々国民と認識されていなかったために義務教育すら受けていない。だが、その様な厳しい環境で生き抜いてきたため、個人で判断する力は高いとゼニス大尉は認識している。
実際、かつて部隊を散開させて敵の後方に奇襲をかけた時、普通の兵士なら出来ないその作戦を第1中隊の兵士達は苦もなくやってのけた。
問題なのは、勇敢に戦う事が出来るかどうかである。第1中隊の兵士達は、共和国に対して帰属意識が低いため、命をかけて戦う義務感が薄い。そのため、かつては敵に攻撃された時、あっさりと逃げ出してしまった。少し守るだけで勝てる状況だっというのにだ。
今回の戦況は、その時よりも遥かに劣悪だ。全部が攻めてくることは無いだろうが、百倍上の1個師団が相手なのだ。この様な相手を前にしたなら、共和国に対して忠誠を誓った職業軍人であっても逃げ出してもおかしくは無い。
「中隊長、ジェシカ少尉達が合流しました。全員無事です。それに他の者達は全員配置に就いたようです。罠も仕掛け終わっています」
「そうか、帰還したジェシカ少尉達は、俺のところまで来るように伝えろ。他の者はそのまま戦闘態勢を維持したまま待機だ。交戦と退却のタイミングは、各人の判断に任せる。二時間だ。二時間防御出来れば俺達の勝ちだ」
「了解です。伝えてきます」
ゼニス大尉に報告をしたユーベル曹長は、ゼニス大尉の言葉を伝えるべく再度前方まで走っていった。
勝ち目が全くない戦いではない。増援さえ来れば、敗北は確実に回避できるのだ。だが、それまでどれだけの損害が出るのか予想もつかない。
敵がウラン鉱石の回収に全力を注いでおり、追撃に兵士を割かなければ余裕で生きながらえる事が出来る。反対に、追撃に全力を尽くしていたのなら、どれだけ完璧な守りを固めていたとしても、全滅は免れないだろう。こればかりは完全に読むことは出来ない。何処まで行っても運が影響する。
これからの戦いでの幸運を、ゼニス大尉は祈った。




