第46話「科学の力を悪い事に利用しようとするからですよ」
「これはどういう事だ? 例のモノを隠した穴は、ここにあるのではなかったのか?」
アスミタ村にほど近い山の中、トスケール帝国軍の軍服に身を包んだ男達が数百名集まっていた。彼らを率いているらしい人物が、部下達に怒号を発している。
彼らがいる辺りは、木々に包まれた山中でも拓けた場所だ。不思議な事に周囲の木々は何かに薙ぎ払われたかのようにへし折れている。
「ヘンゾ大佐、確かにここなんです。ほら、そこにある山肌に、坑道を掘って隠したはずなんです」
「確かに何か穴があった様にも見えるが、完全に埋まっているではないか。お前の話では、入り口は簡易的に埋設しただけだと言う事だったが、これはどう見ても完全に埋まっている。これを掘り出すのに一体どれだけかかると思っているのだ!」
この山に進軍しているトスケール帝国軍の指揮官であるヘンゾ大佐は、予想外の事態に関して思索を巡らせた。
単に坑道の作りが甘かったので、崩落してしまったのだろうか。それならばまだ良い。時間をかければ掘り出すことが出来る。厄介なのは敵がこの地域の奪回に出撃して来ることだが、味方は1個師団規模が控えている。元々聞いていた坑道の奥までの距離から工事量を見積もった場合、何とか防御可能である。
最悪の可能性としては、中に保管した合った物を敵に持ち去られてしまっていると言う事だ。ここまで穴が塞がれてしまっていると言う事は、人為的なものを感じる。敵があれの価値に気付いて運び出していたとすれば、今後の共和国軍との戦いにおいて味方に致命的な損害を受ける可能性があるのだ。
「仕方がない。とりあえず掘り返せ! 時間が惜しい。交代しながら作業し、全力であたれ!」
「すみません。少しよろしいですか?」
「?」
ヘンゾ大佐達に不意に声がかけられた。戦場には不似合いな、どことなくのんびりとした雰囲気の声である。そしてあろうことか女性の声である。トスケール帝国軍には女性の兵士は存在しない。人材不足の共和国軍には存在するとは聞いているのだが、その絶対数は少ない。
声の主がどこにいるのかと周囲を見回すと、すぐに見つかった。崩落した穴のある山肌の上方に、人が立てるだけの平らなスペースがある。そこに共和国軍の士官の制服を着た女性が立っていた。
「ここに、何が埋まっているか、分かってきているのですか?」
「知れた事だ。ウラン鉱石だろう。そんな事も知らずにわざわざこんな所に来るものか」
律儀に答えながらヘンゾ大佐は、この状況について整理していた。
声をかけてきた女性兵士は、その服装からするに敵軍の兵士である事は間違いが無い。そして、今の様な問いかけをしてきたと言う事は、ウラン鉱石の存在を知っている。
つまり、敵軍にウラン鉱石に関して知られてしまっているのだ。これは良くない状況だ。
「と言う事は、ウラン鉱石の価値についても知っていると?」
「当然だ。あれが実用化されたなら、この世界がひっくり返るぞ」
ヘンゾ大佐は言葉を慎重に選びながら答えた。ウラン鉱石の活用方法については、帝国内においても秘密裏に研究が進められている。共和国側の研究状況も正確なところは不明である。
だが、実用化可能な理論が発見されたという情報もある。その情報も、今回の作戦の理由のひとつであった。
ウラン鉱石は、ただそこにあるだけで放射線を発する危険な存在だ。ここまでは科学に通暁した者には広く知られている。だが、その活用方法として、あれがあると共和国側も気づいているのだろうか。
「世界がひっくり返る……。私としては、核分裂で新たなエネルギー革命をもたらすならともかく、兵器などには使ってほしくないんですけどね。あなただっていやでしょう? 自分が全く対処できない距離から爆発に巻き込まれて死ぬなんて」
「はは、ウラン鉱石は我が国の産出品だ。ここにある鉱石さえ回収してしまえば、一方的に使用できるのだよ」
笑いながらヘンゾ大佐は答えたが、内心焦っていた。
この女の口ぶりから、共和国側も核兵器という存在に辿り着いている。これは、研究を促進させて早く実戦投入せねば、壊滅的な被害を受ける可能性がある。
「そうでしょうか? 確かにウラン鉱石はトスケール帝国で多く産出されてますが、海を越えたアルセイド共和国やイムゾ皇国からも輸入は可能ですよ。確かに戦略物資になり得ますから輸出に制限を賭けるも知れませんが、共和国の研究成果を提供するならば許可が下りるでしょうね。あちらの国にもメッソン教授やバルタザール教授みたいに優秀な方はいますが、研究施設や予算は共和国の方が上ですし、そもそもあの方々は共和国のダヴー教授の弟子ですしね。本当に帝国側が核兵器を開発出来るんですか?」
いきなり大量の情報を浴びせられたヘンゾ大佐は、目の前にいる女は一体何者なのだろうかと混乱した。この場に派遣されていると言う事は、ある程度ウラン鉱石について情報を与えられている事は予想出来ていた。存在自体が秘密事項にあたる様な物だからだ。
だが、いくら何でも詳しすぎる。
「ところで、核兵器を使用するには、起爆させるための爆薬が必要な事を知ってますか?」
「ん? なんだそれは?」
「ああ、失礼。最近は戦争のせいで帝国側の研究者との交流が無いので、そちら側の研究の進捗状況について知りたかっただけです。一応解説しておきますが、核兵器を起爆させるためにはニトロ基が六個あるヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンみたいな威力の爆薬が必要なんですけど、どうやら知らないようですね。あなたが知らないだけなのか、まだ研究が進んでいないのか知りませんが」
「そのヘキサなんとかが一体何だと言うんだ」
ヘンゾ大佐は部下にこの女を捕獲させるため、部下に指示をしようと手を振り上げようとした。女はかなり高い所にいるため、捕獲するにはかなり骨が折れそうだ。だが、かなりの知識を有している様であり、情報収集にはもってこいの対象だ。
だが、ヘンゾ大佐が指示をしようとした瞬間、女は片手を上げると指を鳴らした。
いや、あまり指を鳴らすのに慣れていないのか、ぷしゅっと小さな音が鳴るだけであった。
何度か指を鳴らそうとしていたのだが、残念ながらそれは徒労に終わった。眉をしかめた女は、諦めた様に両手を出し、手を打ち鳴らした。
次の瞬間、轟音が鳴り響き辺りは舞い上がった土煙に覆われ、衝撃波が広がって周囲の木々を薙ぎ倒した。
「えっと、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンをそこら辺に仕掛けておいたんで、覚悟してくださいと言おうと思ったんですが……」
辺りの煙が薄まった時、集まっていた兵士達は最早存在していなかった。山中では人間が行動できる範囲は限定されてしまう。そこに新型の爆薬を起爆されていたのだ。ひとたまりも無い。もちろんいつもの戦場ならこうはいかないだろうが、今回の兵士達は単なる輸送作業をするために来ていたのだ。警戒が全くできていなかったのである。
「もう、誰もいないみたいですね。科学の力を悪い事に利用しようとするからですよ」
たった今科学の力で敵兵を全滅させたばかりであるが、その所業を棚に上げる様にしてジェシカ少尉はつぶやくと、その場を後にした。




