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第45話「愛のこくは……いや、ねえな」

 1個中隊で1個師団を相手する事になってしまった第1中隊であるが、ここで作戦地域についてまとめて記述する。


 アスミタ村から見て前方の地域には平原が広がっており、その先にはトスケール帝国の領土が存在する。この地域は、今回の戦争だけでなく、かつてゴダールとトスケールに国が分裂した時代から領有を巡って争いが絶えない。


 村の後方の地域には峠道が続いており、この道はこの地方の中心的役割のベネル市に通じている。このベネル市にはゼニス大尉が率いる第1特別歩兵連隊第1中隊の親部隊である第1軍団第1師団が駐留している。師団長のハンザ中将は愚か者であるが、部隊は極めて普通、いや、前任の師団長であるアンリ中将が鍛えに鍛えていたため、練度はかなり高い方だ。今回敵の師団は無理な侵攻をしている。第1師団の兵士なら、迎撃態勢さえ整えれば勝利は間違いない。


 このベネル市にアスミタ村の村人たちを逃がすことが、ゼニス大尉達の目的である。


 また、峠に向かう道には分かれ道があり、その先は裏山に通じている。ここはかつて謎の集団がウランという鉱石を隠していた坑道が存在する。科学に疎いゼニス大尉は詳しく知らないのだが、ジェシカ少尉によるとウランと言う鉱石は放射線なる目に見えない危険な毒気を発しているのだと言う。しかも、使い方によっては町を一つ消し飛ばすだけの破壊兵器の原料となるのだ。


 一体どういう事情でその様なものがこの村の近傍に隠されたのか、知る由はない。一応坑道は爆破により封印したのだが、不気味な存在である。


 村の左側にしばらく行った所には、小さな川が流れている。ここから引かれた用水路は村の農業に大いに役立っている。この川から引く事のできる水量は、周囲の村との争いの火種となる事もある、重要な事項である。ただし、水深はそれほど深くなく、徒歩の兵士でも渡れる位の流れであるため、軍事的にはさほど意味は無い。このため、敵は渡河する事により回り込んで攻撃してくる可能性が十分にある。


 また、この川の向こうはゼニス大尉が所属する第1軍団や第1師団の作戦地域ではない。川を境界線として、向こう岸は隣接部隊である第2軍団の作戦地域となっている。


 最後に村の右側には、湿地帯が広がっている。軍事行動には向かない地域であるため、この地域から進軍される可能性は非常に少ない。これは作戦を立てる上でありがたい話だ。現在は冬であるため、夏は生い茂っている湿地帯特有の植物も枯れてしまっており、視界を遮る物が無い。もしも今が夏であったなら、村人をこの湿地帯に隠す事ができたのだが。


 これらの地域の特性を考慮して、ゼニス大尉は敵の侵攻を遅滞させねばならない。


 とは言っても最早決まった様なものだ。


 先ほど敵の連隊を撃退した前方の草原では、抗戦するのは困難だろう。穴に身を隠しながらの戦いは、防御力が高く敵に見つかりにくいため、多数を相手取るには魅力的だ。だが、もう穴を掘るだけの時間の余裕がないため、もしもその様な戦いをしたければ前の戦いと同じ穴に戻るしかない。


 しかしすでに敵にはその穴のある大まかな位置はバレている。先程の戦いでは敵を撤退させたのであり、全滅させたのではない。となると、穴に隠れる魅力が半減する。そしてそれだけではない。今回の敵は大砲を何門も持ってきており、穴に隠れていたところで砲弾を防ぎきる事は出来ない。もちろん被害は軽減できるが、百倍の敵を相手にすると言う事は、多少被害を軽減出来た所であっという間にやられてしまうだろう。


 この様な理由から前方で戦うのは難しいし、右や左の地域では敵を止める事が出来ない。


 自然と後方の地域で戦う事になる。


 ベネル市に通じる峠道はあまり広くなく、馬車がすれ違える程度でしかない。そのため、大軍をもってここを突破しようとしても、それを十分に活用する事は難しい。また、道の両側には森林が広がっているため、ここを一気に通過する事も困難だ。特に騎兵の運用は困難である。


 また、峠の登り道で待ち構え、高所から手榴弾等を投げつけるのは、非常に有効な戦法である事は想像に難くない。


 ゼニス大尉の見積もりでは、二時間相手を食い止める事が出来れば、味方の増援部隊の第一波が到着すると考えている。そしてそれよりも早く敵が第1中隊の防御を破砕したのなら、逃げる村人達は追いつかれ、皆殺しの目に遭うだろう。


「中隊長、少しお話が……」


 手短に作戦構想を部下達に伝え終わった時、第3小隊長のジェシカ少尉が挙手をした。一体何の要件であろうか。


「ヒューッ! 隊長、隅に置けないっすねー。愛のこくは……いや、ねえな」


「そりゃそうだぜ。ロベルト」


「敵が迫って来て頭が頭が沸いたか?」


 一瞬だけロベルト二等兵が囃し立てようとしたが、すぐに冷静に戻った。周囲も同様である。


 ジェシカ少尉は眼鏡をかけて知的な印象を与える美人である。かつて大学の研究室に所属していた時は、大学院生達のアイドルであり、彼女が軍に入隊したために、国の未来を担う若き大学院生達がこぞって軍に志願してしまったほどだ。


 若いとは恐ろしい事である。


 だが、その本性はかなりのマッドサイエンティストであり、入隊する羽目になったのもそれが原因である。


 基本的に温厚で良識のある人物なのだが、こと実験となると周囲をあまり顧みない傾向がある。そして厄介な事に彼女の専門分野は爆発物なのである。


 第1中隊の兵士達は、もう彼女との付き合いが長いため、恋愛とかの浮ついた話とは縁が遠い事を理解している。そのため、死が迫る中で女性が男性に話しかけるという状況から、短絡的に恋愛に結び付けようとしたのだが、よく考えてみれば全く有り得ない事に即座に気が付いたのである。


「はい静かに。で、なんだ? ジェシカ少尉」


「今、中隊長の話を聞いていて気になったのですが……」


 ジェシカ少尉は今回の戦いに関する自分の推論について述べた。それは、ゼニス大尉にとって色々な疑問が氷解するものであった。


「それならば、もう一工夫加える事で作戦の効果が上がるな。よし作戦を伝える。地図の見える所まで来てくれ」


 あまり詳細な作戦を立案している時間の余裕はない。即座に大まかな作戦を思いついたゼニス大尉は、各小隊長をはじめとする部下を呼び集め、今後の行動について命令を下した。


 その作戦の成否は、彼らがすぐに身をもって知る事となる。

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